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第5話 埋まる悪漢

「ふざけやがって……。

 もう勘弁してやらねぇぞ……」


 男達は腰に下げていた短刀を抜きはなった。

 

「!!」


 彼らの目は据わっており、完全にブチ切れている。

 

「さすがにそれは……冗談では済まなくなりますよ……?」


最初(ハナ)っから冗談で済ますつもりなんか、()ぇんだよっ!」

 

 男達は獣じみた怒声を発しながら、青年に斬りかかる。

 

「危ないっ!」

 

 サリアは青年が斬り殺される場面を想像して、悲鳴じみた声を上げた。

 しかしそんな彼女の心配は、杞憂に終わる。

 青年は男達の斬撃からまたもやヒョイヒョイと、逃れてしまったのだ。


 それを見たサリアは目を丸くする。

 

「確かに逃げることは上手いみたいだけど……だからって……」

 

 サリアは青年が一体何者なのか、分からなくなった。

 先ほどまでのやりとりを見ている限り、彼は単なる大馬鹿者にしか思えないが、素人が刃物の攻撃を易々と回避できるものではない。

 拳とはリーチが違うというのもあるが、多くの人間は命中すれば即死に繋がりかねないという恐怖心によって、その体に無用な緊張を生じさせて大幅に動きを鈍らせるからだ。

 

 だが、青年は拳のそれと大差無い調子で、短刀の攻撃を回避していた。

 全く刃物に対する恐れを感じさせない彼の動きは、それだけ多くの修羅場をくぐってきたことの証明なのではなかろうか。

 

「だけど……やっぱり反撃はしないんだよね……」

 

 青年はまだ男達へ説得を試みていた。

 これでは先ほどまでと、全く同じパターンの繰り返しだ。

 とてもではないが、現状の好転は期待できなかった。

 

(あの人には悪いけど……誘拐犯が気を取られている内に、逃げちゃおうかしら……)

 

 と、サリアはソロソロとその場から後退(あとずさ)り、この場からの離脱を試みる。

 彼女が逃げた後に、万が一のことが青年にあったとしたら後味が悪いどころの話ではないが、このままでは2人とも助からない可能性もあるのだ。

 

 いかに青年の回避能力が高かったとしても、いつまでも避け続けられるはずもない。

 いつかは必ず疲れ、その動きを鈍らせるだろう。

 勿論それは誘拐犯の男達にも言えるが、青年は見るからに男達よりも体力が無いように見えた。

 

 ならば一刻も早くこの場から逃げ延び、領主である父に報告して騎士団の出動を求めた方が良いだろう。

 おそらく、それが今のサリアにできる最良の手段であった。

 

 それに青年が男達の説得を行っているのは、サリアの安全を気にしてのことであろう。

 そうでなければ、彼ほどの身のこなしなら、とっくにこの場から逃走していてもおかしくない。

 この場からサリアが消えた方が、青年もサリアのことを気にせずに逃げることができるはずだ。

 

(やっぱり、今逃げたほうがいいよね。

 ね、キャム!)

 

 と、サリアは自らの肩に乗るペットへと視線を送った。

 当然明確な答えは返ってこないのだが、キャムは「ミャ」と小さく鳴き、サリアはそれを賛同の声だと勝手に決めつけた。

 そして、賛同者を得たことで自己正当化を図り、躊躇(ためら)う自身の心を奮い立たせる。

 

(……ゴメンね、お兄さん)

 

 サリアは若干の後味の悪さを感じながら、その場から駆け出した。

 

 そして約1分後。

 

 周囲に轟音が轟く。

 それに驚いたのか、森から無数の鳥達が飛び上がった。

 

「な、何っ!?」

 

 サリアは慌てて振り返る。

 轟音は、彼女が先ほどまでいた崖の辺りから発生したようだ。

 しかし、振り向いた先は土煙で何も見えない。

 

「…………崖崩れ!?」

 

 サリアは茫然と呟いた。

 たぶんその推測は正しいのだろう。

 

(それじゃあ……あの人は……?)

 

 サリアは慌てて青年の安否を確認する為に、土煙の中へと駆けこんだ。

 まだ誘拐犯に対する危険性は消えていなかったが、もしも青年が土砂に巻き込まれていたとしたら、さすがにこのまま放ってはおけない。

 1分、1秒の救出の遅れが、命取りになりかねないのだ。

 

 まあ、先程も自力で地中から脱出してきたあの青年のことだ。

 慌てずとも自力でどうにかできるのかもしれないが、その時はたまたま運が良かっただけ、という可能性もある。

 

 ともかくサリアは土煙で視界が悪い中、必死で青年の姿を捜した。

 が、視界ゼロも同然の中では何も見えない。

 

 仕方無しにサリアが、土煙の外に一旦出ようとしたその時である。

 彼女の手が何者かに掴まれた。

 

「いっ……嫌ぁ~っ!? 

 (さら)われるぅぅぅぅぅぅぅーっ!?」

 

「あ、暴れないでください。

 私は誘拐犯ではありませんから」

 

 と、暴れるサリアを宥めつつ、青年は全く無傷の様子で姿を現した。

 

「お、お兄さん無事だったんだ!」

 

「ええ、とりあえずは。

 でも、また崖が崩れないとも限りませんから、もう少し崖から離れましょう」

 

「うん……でも誘拐犯の人たちはどうなったんだろう……?」

 

「さあ……土砂に巻き込まれていたようなので、少なくとも襲ってくることはもう無いと思いますけど……」

 

「そ、それじゃあ、早く助けてやらないと! 

 いくら誘拐犯でも、生き埋めになって死なれたら寝覚めが悪いよ」

 

 慌てて誘拐犯の救出に向かうサリアを、これまた慌てて青年が引き止める。

 

「まだ危ないですってば! 

 それに……どうやら助ける必要もなさそうですよ」

 

「あっ!?」

 

 土煙が晴れてきた崖下にサリアが目を向けてみると、そこには誘拐犯の2人が仰向けになって倒れていた。

 ただし、その下半身は土砂に埋まっている。

 そんな2人に青年は慎重に近寄り、脈を取るなど、何やら検診を始めた。

 

「どれどれ……。

 ふむ、脈も呼吸も正常ですし、内臓や骨に損傷は無いようですね。

 気絶しているだけで命には別状無いですよ。

 これなら目覚めさえすれば、自力で脱出できるでしょうから、まあ放っておいても大丈夫でしょう」

 

「へ~、お兄さん凄いね。

 もしかしてお医者さんだったりするの?」

 

 感心するサリアに対して、青年は照れたように首を左右に振る。

 

「いえいえ、私は都で学者の真似ごとをしているだけで、そんな大層なものではありませんよ」

 

「ふ~ん」

 

 青年は謙遜するが、それでもサリアは凄いと思った。

 実のところ、素人は脈拍を計ることすら正確にできていない場合が多いのだ。

 それなのに青年は、内臓の損傷の有無まで見抜いてしまった。


 彼の言葉が全て真実だとは限らないが、誘拐犯の2人の顔色はそれほど悪くないところを見ると、そう間違った見解ではないようである。

 

「よーし、それじゃあこの人達が目覚める前に、早いところ騎士団に連絡しようか……ん?」

 

 サリアが誘拐犯の様子を観察していると、不自然な点があることに気がついた。

 いや、不自然というよりは「有り得ない」ことが目の前で起こっている。

 

(……なんだろう? 

 この人達、腰から上は全く土がかかっていない……? 

 まるで何か壁みたい物が土を遮っていたみたい)

 

 実際、周囲の崩れ落ちた土砂の散乱具合を見ると、男達は完全に土砂に埋まっていてもおかしくない位置に転がっているのだが、その身体(からだ)の腰から上は何かで覆われていたかのように、土どころか埃すら殆どついていなかった。

 

 もしも全身を土砂で埋めつくされていたとしたら、この2人は命を失っていたかもしれない。

 そう考えると、彼らは何者かに救われたようにしか見えなかった。

 

(変だよ……偶然でこんな風になるはず無いって……)

 

 サリアは青年の方に視線を向けた。

 仮にこの不可思議な現象が人為的なものであるのならば、それをあの状況でできたのはこの青年だけであろう。

 そもそも、彼だけが崖崩れに巻き込まれなかったというのも、少し変な話だ。


「何か?」

 

 しかし青年は、疑わしげなサリアの視線の意味が分からないとでもいうように、きょとんとした表情を浮かべた。

 

「ううん……なんでも無い……」


 サリアもそんな青年の表情を見ると、何か勘違いをしているのだろうか、という気分になってきた。

 事実、いくら考えても一体何が起こったのか、それはよく分からなかったからだ。

 

(そうよね……。

 人間に崖崩れの流れを止めるなんて、できるはずないもの。

 そんなことできたら、まるで「魔法」みたいじゃない……。

 ……「魔法」かぁ……)

 

「まっさかあ」

 

 サリアは思わず吹き出した。

 そんなこと有り得るはずがない。

 「この大陸では魔法は使えない」──それは学校の教科書にも記されている当たり前のことだ。

 

「あ、こんな馬鹿なこと考えている場合じゃない。

 早く騎士団に知らせなくちゃ。

 お兄さんも事情聴取とかあると思うから、あたしの家まできてくれる? 

 それに助けてくれたお礼もしたいしさ」


「ハイハイ。

 ついでに、他の誘拐犯が現れないとも限りませんから、護衛しましょう」

 

 と、青年はまるでお姫様を相手にするかのように――実際にサリアは貴族の令嬢だが――(うやうや)しく片手を胸の辺りに添えながらお辞儀をする。

 そんな彼の態度がどことなく似合っていなかったので、サリアは思わず声をたてて笑う。

 

「あはは、ありがとう。

 あたし、サリア・カーネルソンって言うの。

 お兄さんは?」

 

「私は……エルミ」

 

 そして、何故か青年は一瞬考え込むように視線を上に向け、

 

「エルミ……エルミ・ルーファスと申します。

 以後お見知り置きを、サリアちゃん」


 と、エルミは再び深々とお辞儀をした。

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