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第2話 森

 森は100年以上昔から比べると、かなり安全な場所となった。

 しかし、それはあくまで昔と比べての話であり、実際にはまだまだ危険な領域である。

 何故ならば、狼などの野性の(けもの)は当然の如く生息していたし、魔物の存在も皆無ではない。

 

 なによりも森を切り開いて人間の生活圏となる街が広がり、そこで生活する者の数が増えるにつれて、街から追われる者もまた増えた。

 浮浪者や孤児、人種の違いにより迫害を受けた者、そして犯罪者達である。

 

 街の中に居場所を作れなかった彼らは、森の中に隠れ住んだ。

 そんな彼らの住まう森に一般人が安易に踏みこめば、強盗・誘拐・婦女暴行等々……と、あらゆる犯罪に巻き込まれかねない。

 最悪の場合、「殺人」に出会うことも、そう(まれ)なケースではなかった。

 

 だが、それも大都市近郊の森の話で、田舎の森は比較的安全な方だ。

 そもそも田舎の町では、そこに暮らす人間の数が少ないのだから、そこから追われる者の数は更に少ない。

 

 事実、この辺境の地方領「ファント」では、森においての犯罪件数は年に数件しか報告されていなかった。

 これは都市部で起こる犯罪の、数十分の一にも満たない件数だ。

 

 また、領主が定期的に騎士を連れ立って魔物の駆逐にあたっているので、魔物による被害はここ数年では皆無だった。

 だからこの地方の森は、少しやんちゃな子供達にとっては絶好の遊び場所となっていた。


 子供達は木に登ったり、小動物を追い回したり、果実を採って食べたり……と、森の自然は限り無い遊びの場と材料を子供達に与え、そして様々なことを教えてくれる。

 都会の子供達にはなかなか経験できない「自然の恵み」を実感することができる――それは子供達にとって、将来貴重な財産となるだろう。

 

 それを知っている親達は、多少の危険があったとしても、子供に「森へ行くな」とはあまりうるさく言わなかった。

 自分達も同じように育ってきたのだ。

 命に関わるような危険に遭遇するのは、本当に運が悪い時だけだということを、経験から学んでいる。

 

 そして、本当に運が悪いことは、場所なんて関係なく起こると言うことも。

 実際森の中で、どんなに危険な行為をしても大きな怪我をしなかった人間が、住み慣れた家の階段で転んで、あっさりと命を落とすことだってある。

 

 それにたとえ親から「森に行くな」と言われたところで、森に遊びに行く子供は後を絶たなかった。

 やはり純粋に、森の中は楽しいのだ。


 もっともそれは、ほんの2ヶ月前までの話だったが……。



「はあっ、はあっ」

 

 少女は必死に駆けていた。

 年の頃は11~12歳くらいだろうか。

 そのまだ幼い顔は脅えの感情に彩られており、目には涙――。

 

 走る少女の赤みのかかったポニーテールが、激しく揺れていた。

 それに合わせるかのように、毛並みの良い尻尾も揺れていた。

 少女のペットなのだろうか、彼女の肩には猫のようにしなやかな身体と、栗鼠(リス)のようにフサフサの尾と長い耳、そして虎のような模様をした明るい茶色がかった毛並みを持つ、小さな動物がしがみついている。


 仮に「虎縞リスネコ」と、見た目そのままの名前で呼ぶことにしよう。

 

(ああっ、もう! 

 こんなことなら、こんなヒラヒラした服なんか着てくるんじゃなかった。

 走りにくすぎっ!)


 少女は内心で毒づいた。

 彼女の下半身を覆う淡い水色のスカートは、シンプルなデザインではあるが生地の質は良かった。

 柔らかくてなめらかな薄い生地──夏場にはいくばくかの涼しさを提供してくれるだろう。

 しかしそれがむしろ少女の肌に吸い付いて足に絡みつき、走ることを酷く阻害していた。

 また、リボンのような形状をした大きな帯も、かなり邪魔だろう。


(このままじゃ、追いつかれちゃう! 

 ……ううん、地の理はこちらにあるっ! 

 この森はあたしの庭のようなものだもん。

 逃げ切ってみせるっ!)

 

 と、少女は走りながら、ガッツポーズを決めた。

 だが――、

 

「って……ゲェェっ!?」

 

 森が開けた──そう思った瞬間、少女の目の前には崖が立ちはだかっていた。

 その崖は左右に大きく広がり、しかも少女の小さな身体では登れそうにないほど高い。

 一見して先には進めそうになかった。

 

「道……間違えちゃったかな……?」


 少女の頬に大粒の汗が一筋流れる。

 言うまでもなく、絶望がたっぷりと溶け込んだ冷や汗であった。

 私の他の作品、『神殺しの聖者』や『鬼―逸話集―』もよろしくお願いします。

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