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第1話 発掘びより 

 (うら)らかな陽光が降り注ぐ晴れの日の午後――日差しはやや強く、そんな陽光から母なる大地を守るかのように木々が青葉を茂らせ、地面に影を落としている。

 もう夏も近い。

 森は1年の内で、最も清々しい季節を迎えていた。

 

 もっともこれが100年以上昔であれば、森には「清々しい」などという言葉は全く似合わなかったであろう。

 何故ならその当時の森は、魔物が無数に徘徊する魔境であったのだから。

 

 だが現在では開拓も進み、魔物も殆ど駆逐された。

 故に森は以前と比べれば、随分と安全な場所になっている。

 

 そんな森に面した崖の斜面を、ちくちくとスコップで突いている者がいた。

 その者は黒髪を腰の辺りまで伸ばし、多少上背はあるものの身体の線も細かったので、後ろ姿だけを見れば10人中7~8人は、「美しい女性だろう」と勝手に思い込んだかもしれない。

 

 しかし前方に回り込むと、淡い期待はあっさりと打ち破られることになる。

 なにせ、()は男性なのだから。

 

 彼の顔は中性的ではあったが、それでも明らかに男性のものだった。

 しかも分厚いレンズの眼鏡で顔面の何割かを覆っている所為で表情が読みにくく、何を考えているのかが判別しにくい。


 だから、整った顔立ちをしているのに、ちょっと残念な印象になる。

 

 また、勤勉一途な学者の如き印象もあり、良く言えば「真面目」だが、悪く言えば「面白味が無く、性格が暗い」ようにも見えてしまう。

 だからあまり女性から好かれたりするようなタイプではないが、不思議と人の良さそうな雰囲気を彼は醸し出しており、それ故に彼のことを無条件で一方的に毛嫌いする人間も、恐らくは少ないだろう。

 

 むしろ彼と長く付き合ってみれば、誰もが彼に好意を持つのではないかと思わせるような、人を安心させる柔和な雰囲気の持ち主だった。

 とはいえ、彼が友人や恋人として理想的な人材かと言うとそうとも言いきれず、彼の第一印象を他人に尋ねれば、「悪人には絶対に見えないが、でも普通とはちょっと違う」と、多くの者が答えるかもしれない。

 

 それは、彼の出で立ちに問題があったからだ。

 彼が着こんでいたのは、黒を基調としたコートのような服だった。

 何処となく教会の牧師が着る法衣にも似た印象があるそれは、この季節には少々暑苦しい服装である。


 彼が暑さに鈍いのか、それともその服装が彼のポリシーで、暑いのを我慢しているのかは定かではないが、いずれにせよ、その服装で崖の斜面をスコップで掘り起こしている姿は、傍目には変人以外の何者でもなかった。

 

 しかし、彼自身はそんな客観的な評価を知って知らずか、なんだか夢中で崖の斜面を彩る地層の縞模様を黙々と(つつ)いている。

 やがて彼は、土の中から何かを発見して表情を輝かせた。

 

「うわぁ~っ!」

 

 彼は嬉々とした歓声をあげた。

 彼が掘り出したのは「アンモナイト」と呼ばれる、蛸とも貝とも知れない太古の珍妙な生物の化石であった。

 その渦を巻いた殻の直径は50cmほどもあり、なかなか立派な部類に入る。

 売れば、金貨2~3枚くらいの収入にはなるのではなかろうか。

 

「は~っ、こんな立派な化石が見つかるとは……。

 休暇を利用して、わざわざこんな田舎まで出向いた甲斐がありましたよ」

 

 と、彼は嬉しそうに「うんうん」と腕組みをしながら頷いている。

 そんな彼には、眼前の化石の金銭的価値が云々よりも、珍しいものを発見できたことに対する純粋な喜びがあった。

 どうやら彼は、根っからの化石の収集家のようである。


 あるいは、本業として化石を研究しているのかもしれない。

 

「しかしこれだけの物を発掘するには、丸1日くらいかかりそうですね……。

 こんなことなら1週間と言わず、1ヵ月くらい休暇を取っておけば良かった……」

 

 彼は深く嘆息する。

 彼の住む(みやこ)から、この辺境の地方領まで往復する移動時間を考えると、この地の滞在期間はせいぜい2~3日がいいところだろう。

 とても化石採取に充分な時間とは、言い難かった。

 

 だが、そんなことを愚痴っていても仕方がない。

 本当は1週間も休暇が貰えただけでも幸運だったのだ。

 

 ただ、それによって支払った犠牲も小さくはない。

 休めばそれだけ仕事は溜まる。

 都に戻れば、1週間分の仕事量が上乗せされた膨大な量の仕事が待っている。

 それによって、忙殺は必至と言った感じだ。

 そんなことを考えて、彼は再び「はふぅ」と嘆息するのであった。

 

「いやいや、こんなことで滅入っていても時間の無駄。

 ここは楽しまなくては損ですね。楽に行きましょう。

 ハッハッハ」

 と、彼は無意味に明るく笑った。

 それはそれで前向きではあるが、エネルギーの無駄遣いのようにも見える。

 まあ、この場合は、そんな空しさを自覚しなかった者の方が勝ちであろうが。

 

 そして彼は再び熱心に、かつ慎重に崖の斜面を掘りはじめた。化石を破損させないように掘り出す為にも、時間はいくらかけてもかけ過ぎと言うことはない。

 彼と化石の長い戦いは、まだまだこれからなのである。

 その時──、

 

「いやぁあああーっ!」

 

「は?」

 

 彼の耳に女性――いや、声がまだ幼い。

 10歳前後の少女であろう――の悲鳴が飛び込んで来た。


 彼は慌てて悲鳴のした方に目を向ける。

 そのことに気をとられて、崖の斜面から小さな小石が転がり落ちてきたことに、彼は気づかなかった。


 更に不運なことに、転がる小石の数は、1つでは終わらなかった。

 シャベルとスコップは地域によって呼び方が違うのだけど、本作では子供でも使える小さな物を「スコップ」と呼称します。なお、私の地元だとシャベルです。

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