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社会という名の牢獄

 誰しも一度は考えたことがあるのではないだろうか?

 この世界は人間によって作られたシュミレーション世界で、似たような世界がいくつもあって、その中にはラノベで見かけるような世界があるのでは?と。

 実際この世界は人によって作られたシュミレーション世界だという説を、有名な科学者が唱えている。

 とあるラノベを読んで、俺はその説が拭えずにいる。

 そのラノベでは、科学者によって作られた世界で、人工知能が身体を持って、人間のような暮らしをしていた。

 この世界の人々はそうではないと、笑い飛ばせる人がどれほどいるだろうか?

 少なくとも俺は、この世界がそういう世界であるかもしれないと思っている。

 もし別の世界が存在するのならきっと、俺が適合できる世界も一つはあるのではないだろうか。

 俺は産まれる世界を間違えたのだと、つくづくそう思う。


 俺、夏月候嘉(かづきこうか)が眼を覚ますと、まずいつもと同じ天井が目に飛び込んでくる。今日もいつもと同じ時間だ。

 俺はいつも通りに起きると、いつも通りに外出する。うちは共働きで、兄弟もいない。

 誰にも止められることはなく、まだ暑さの残る中、パーカーを目深に被り外へ出る。

 厚着をしているのは、どうせ今日も同じことが起きると、分かっているからだ。

 受験で全落ちした俺は浪人しているのだが、塾にはほとんど通わず毎日街をぶらぶらと目的もなく彷徨(さまよ)っている。

 都会はどこも人、人、人。見渡せば人がいて、見渡さなくても人がいる。

 俺にとって多くの人は“人”という物としか映らず、それらは一様に社会というものを演じるための小道具に過ぎない。

 そういった物たちに変化はなく、どこを見てもつまらないと思えてしまう、そんな世界。

 やれ受験しろだの、やれ働けだの、なぜみんなひとまとめにしようとするのか。

「おい、お前」

 今日も今日とて目をつけられる。

「ちょっとツラ貸せよ」

 不良五人組だ。ちなみに全員男。

 こいつらも俺と同じで、社会からあぶれたのだろう。

 俺はそいつらに従って、誰も通らない、建物の陰となる暗い路地へと連れてかれる。

「おいテメェ!金出せよ!」

 高圧的な態度で迫る不良たち。

 制服からして、近くの公立校の生徒だ。

「持ってねー」

 そう答えると、男の一人がナイフを突きつけてくる。

 この男を仮に『ナイフ』と呼ぶことにする。

「さっさと出せって!」

 苛立っているようだが、この程度で苛立つのは、さすがに短気すぎやしないか?

「こいつッ!」

 ナイフとは別のやつが、胸ぐらを掴んで拳を握る。

 こいつは『胸ぐら』と呼ぼう。

 俺は懐に忍ばせていた折り畳みナイフを広げ、胸ぐらの腕に突き立てる。

 胸ぐらからナイフを引き抜くと、傷を押さえながら地面を転げ回っているので、そのままナイフが持つナイフを蹴り飛ばし、その頭を空いてる方の手で掴み、壁に思い切り叩きつける。

 胸ぐらが叫び続けているので、うるさいと顔面を踵で勢いよく踏んづけてやる。

「そこのナイフと胸ぐらのようになりたいやつからかかってこい」

 返り血が少し顔にかかったので、袖で拭う。

 ただ人数で脅してただけかよ。つまらん。

 俺は大嫌いな世界に刺激を求めてこうしている。しかし、大嫌いな世界の法律で捕まり、大嫌いな世界の基準で裁かれるのは嫌だ。

 誰もかかってくる様子がないので、暑くて少し気が立っていたこともあり、気絶してる胸ぐらの腕にナイフを突き立てる。

 引き抜くと噴き出す血液は、いつ見ても嫌な色彩をあてがわれている。

 こいつはじきに死ぬな。


 こうしていることが一番気楽だ。

 そう気付いたのはいつだっただろう。

 社会とは人によって構成されており、俺は人との付き合いがひどく退屈に感じる。

 ある時人を殺した。

 それからというもの、何事にもやる気が湧かず、受験は失敗、友人とも縁が切れて、人との関わりを極力避けるようになった。

 しかし『ひと』とは不思議なもので、人と関わり続けなければ生きていけないようだ。

 俺はそのせいで、こうした下卑たことを繰り返している。

 他人と関わり合うことにはなんらかの意味があるようで、やはり社交は重要なファクターである。

 仕方がないので俺も関わり合いをしようと、様々なコミュニティに顔を出した。

 そのどのコミュニティにも合わなかった。

 騒ぐ人の集まりにも、静かな人の集まりにも、ネットの集いも、不良の集まりも、他にも様々なコミュニティに属したことがあるが、やはりそのどれにも、俺は属し続けることができなかった。

 しかし人との関わりは必要だ。

 とあるゲームにも、人の欲求に社交というものが存在する。そうすることが当然であるかのように。

 しかしそれは俺にも当てはまるらしく、こうして街に繰り出すのはそういった欲求が根底に存在するのではと思われる。

 誰かと話せば満たされる。どんな会話でも満たされる。俺のはその程度にまで衰退しているようだが、いや、衰退なのだろうか?それは特定の他者を必要としない、一種の進化のようなものではないだろうか?

 何人かに致命傷を与えて、俺はパルクールで建物の壁を登り、そこから姿を消す。

 きっと彼らは死ぬだろう。

 誰かが救急車を呼んでいれば別だが。

 それでもいいか。俺の欲求は満たされた。殺し欲求ではなく社交欲求が。

 そもそも殺しを楽しむ趣味はない。そんな欲求はない。しかし殺しているのも事実。やはり俺はこの社会に適していない。


 折り畳みナイフに付着した血液をハンカチで拭う。

 警察の調査が及ばないのは、不良たちが周囲の目を遠ざけてくれるからだろう。そして彼ら自身に後ろめたいことがあるから、正直に全部話せないのも要因の一つだろう。

 死者も出ているはずだが、複数人が同時に危害を与えられているからか、警察は犯人が組織だと考えているらしく、そう報道されていた。

 その報道の真意はどうかわからない。本当に警察がそう考えているのかもしれないし、犯人がわかってないように演じることで油断させることが目的かもしれない。

 どうあれ、加害者と被害者の二極でしか考えられないのだから、俺はそのシステムが嫌いだし捕まってやる気はない。

 街の中、建物の屋上から屋上へと飛び移り、人通りの少ない道で建物の壁を素早く降りる。

 人が来ないことを確認して、あらかじめ用意しておいたカバンから服を取り出し、今着ている返り血ベッタリの服から着替えて、着ていた服はカバンに詰めてどこかで燃やす。

 少し郊外へ出れば、ちらほらと畑がある。そこではたまに藁等燃やしていることがある。管理者は火をつけたままどこかに行ってしまうことがほとんどなので、そこに放り込んでおく。

 血が付いているのだから燃やす以上の対処法はない。

 さっきの不良達から財布をスッてきた。

 財布から金を取り出し、あとはカバンに入れておく。

 どこかで捨てたりしたら、財布に付いた皮脂から足がつきかねない。

 カバンからひどく臭うので、移動する際には周囲に気をつけなければならない。

 一般市民なら大丈夫なんじゃないかと思うかもしれないが、警察は非番の日でも現行犯できるように警察手帳を持っているので、安直な判断は危険だ。

 しかし、警戒しすぎると不審がられてしまうかもしれない。そこのところの塩梅が難しい。が、俺はもう慣れた。

 俺が違和感なく馴染める社会だったのなら、こんなことをせずに済んだろう。しかし、それは叶わない。叶うはずがないのだ。

 俺がすでに社会に溶け込むつもりがないからだ。


 つまらない世界だ。くだらない世界だ。退屈な世界だ。窮屈な世界だ。複雑な世界だ。面倒な世界だ。

 ある時から急激に色褪せて行き、やがては完全に色を失った。

 様々な色彩をあてがわれた世界。しかし、その色は変化することがなく、色が一定なら白と黒だけで色をつけても何も違いなんてない。どの色もいずれは褪せていくのだから。

 白黒でも魅力のあるものは輝いて映る。

 世界は広いとよく言われるが、輝いて映るものがないからか、どこを見ても変わらない景色が続いているように見える。

 それこそが俺の見るこの世界であり、ひどく退屈で窮屈な社会とそれを構築する何事も複雑化しようとする面倒な人間たちが織り成してきたものだ。

 電気屋の前にはテレビが並べられており、退屈な番組が放送されている。こんなものをなぜ放送するのか。

 芸能人が社会問題について語り合うという番組。

 先日ニュースではいじめや引きこもり等を問題として取り上げられているのを見た。それに影響を受けたのか、そういった番組を放送しているのだろう。

「くだらないな」

 そう呟きその場を去る。

 いじめをなくそうなんて話し合い?引きこもりや不良の更生手段の話し合い?そんなものはどれだけしたところで無意味で生産性がない。

 いじめはどんな世界でも起こるし、引きこもりや不良は社会に適応できなかったからそうなったのだ。そんな彼らを問題視するのは的外れだ。

 社会に適応しているものでは、社会に問題があるとは考えないだろうな。

「くだらない」

 再度呟くことで自分の意志を身体に刻む。

 働かないと非難される社会。社会不適合者を問題として扱う社会。

 だから俺は知らしめてやらなくてはならない。俺は社会に見せてやらなければならない。俺という存在を生み出したのは、この複雑で面倒で退屈で窮屈で、魅力を一つとして挙げられない世界だと。


 退屈で退屈で仕方がない。

 親のいない家に帰った俺は、やることもないのでテレビをつける。するとニュースがやっており、誘拐された女の子が遺体で見つかったとか、俺の住む町の近辺で不良が刺殺されたとか、そんなことが報道されている。

 親にインタビューなどをして、親は泣きながらコメントをする。どんな内容だろうと親の反応は大体同じだ。

 そんな親たちは決まって同じことを言う。

 『早く犯人が捕まってほしいです』

 とか、

 『こんなことが二度とないようになってほしいです』

 とか。

 犯人?二度とないように?笑わせるな!犯人って何だ⁉︎そうさせたのはお前らが作り出した社会だろうが!二度とないようにだと⁉︎ならお前たち社会が変わる努力をしろよ!

 犯罪というものを定めているが、それは社会の内で()()適応されるべきことだ!

 社会不適合者なんだから、社会のルールに適応できなかったのだから、お前らの価値観を押し付けるな、と。

 コミュニティに属させなかったくせにルールには従えなんて、虫が良すぎるとは思わないか?

 できることなら別の世界に生まれたかった。俺が馴染めるような、そんな世界に。

 この世界に生まれたことを後悔しているのなら死んでしまえばいいじゃないかって?さすがの俺も死ぬのは怖い。だからそれはできない。

 そう。死ぬのは怖い。しかし俺はそれを他者に強要した。それはこの世界で俺が社会にされたことを、不良たちにしているだけに過ぎない。

 テレビを消して部屋に戻り、PCを起動する。

 ゲームというコミュニティも嫌いだ。集まることを強要される。時間を他者に縛りつけられる。

 社会に従うだけの者は社会の奴隷。ゲームに縛りつけられる者はゲームの奴隷だ。

 この国は制度としての奴隷は存在しないが、社会の奴隷や社畜のように、実状としては存在する。外国人労働者もパスポートを取り上げられて、奴隷のように働かされている。

 誰かが残した言葉で、奴隷道徳というものがあった。それは言い得て妙だな。

 ゲームをアンインストールして、夏月候嘉(かづきこうか)宛のメール、つまりは俺宛のメールを読まずに全部削除すると、PCの電源を落とす。

 退屈だ。そう思って眠りに落ちる。


 翌日も変わらず街に出かける。

 俺は変化を求めているわけではない。寧ろ変化なんてするなとすら思っている。

 変化を求める人は多いが、変化なんてロクなもんじゃない。それを俺はよく知っている。

 少しでも変だなと感じたなら、すぐにでもそこに駆けつけなければ、全力で変化を阻止しなければ、幸せなんて掴めやしない。

 まるで俺が幸せを掴めなかったような言い方だな。実際逃した訳だが。

 変わったことが起きるなら、俺の好きだったあの子を生き返してほしい。

 そんなことは起こりっこない。それは十分に理解している。

 もしも変わったことが起きるなら、という話だ。

 テロリストから学校を救って一躍有名になる。そんなくだらない妄想はしない。まず、テロリストが来て自分一人でどうにかできるはずもないしな。それならもっと身近な人の蘇生を望む。

 どちらも起こりはしないことだ。

 街中をなんの気なしにぶらついていると、女性の甲高い悲鳴が前方から聞こえる。

 なんだろうと目を向けると、ナイフを持った男がふらふらと立っていた。焦点の合ってないそいつは、きっと薬のせいだろう。

 その男が真っ直ぐに俺に向かってくる。

 怖いとか、そういった感情を、男に抱くことはない。不良に何度も向けられているから。

 しかし、死ぬのは怖いと思っている。

 逃げるよりは対処する方が無難だな。

 ふらふらとした足取りで向かってきた男の手を蹴り上げ、ナイフを手から落とさせる。不良を相手にしていた成果をこんなところで実感するなんてな。

 しかし男の勢いは残り、俺にそのまま突っ込んでくる。

 これが地味に痛い。死ぬのは怖いし痛いのもいや。避けておけばよかったかも。生きていたいとも思わないけど。

 駆けつけた警察に犯人の身柄を渡す。周りが俺を囃し立てるが、殺人犯の俺が目立ってどうする。俺は取られた写真を公開しないように言って、その場から逃げるように去る。

 これだから俺は社会に属せない。

 ちょっと活躍すればすぐに写真を撮られ、ネットでは好奇の視線に晒されて、新聞や雑誌で取り上げられればそれは加速する。

 要するにみんな飢えているのだ。新しいこと面白いこと楽しいことに飢えているのだ。そして、何かそういうことがあれば、その動物(人含む)や植物、あらゆるものを見世物にする。

 俺は見世物なんて御免だ。

 整備されたアスファルトの道を行くと、街頭インタビューに出くわす。

 これも街ではよくあることだ。

 インタビューやアンケートは基本的には街で行われ地方では行われないため、テレビで見られる日本人の何割しか知らないは正確なデータとは到底呼べるものではない。

 そんなくだらないことに協力してやるつもりはない。

 そもそも殺人犯が撮影許可なんか出すかよ。

 無視して進もうとすると、相手は食い下がって質問してくる。

「やめてくんないっすか」

 心底嫌という意思を滲ませた言葉に、相手も引っ込んでくれた。

 これで食い下がってきたらもうお手上げだったよ。そこまでの胆力がなくて助かった。


 俺はこの国が嫌いだ。その原因は人にある。

 祖父は戦争経験者で、その祖父が言うには、戦後の日本は国民で団結して国の復興に力を入れていたそうだ。

 そして今は、復興が終わって人々のやる気は減退。今を保つことに必死。これ以上状況を好転させようとしない。経済的なことだって国際的な立場だって、まるで変えようとしない。

 政治が国民を語っている。

 変わろうとしないのに変化を求めるなんて、おかしなことばかり言う。そしてそんな自分たちの姿を見つめようともしない。

 そんな人たちがあまりにも無様で、俺は嫌いだ。

 だからこそこの国が嫌いで、俺の嫌いなこの国が大国として存在するこの世界も嫌いだ。

 そんなことを考えながら歩いていると、子供連れで歩く人とすれ違う。

 父母とまだ小学校にも通ってないぐらいの子供。

 学校に通っていないからか、曜日感覚が狂っていたようだな。今日は土曜日か。

 毎日が休日だとやっぱり曜日は分からなくなる。

 幸せそうな家族を目で追う。

 俺もああいう人生があったのかな?そう思って虚しくなり、考えるのをやめる。


 家族で食卓を囲むことはない。両親が休日だというのに帰ってきやしないからだ、。

 昔はこんなではなかったのだが、仕事が軌道に乗ると休むことなく働き出して、俺のことを忘れたように来る日も来る日も仕事仕事仕事だ。そんなだから息子が殺人なんてするんだよ。

 一人でカップ麺を食べて、自室に戻る。

 着替えを持って風呂へ行き、服を脱いでシャワーを浴びる。

 湯船に浸かって一日の終わりを実感する。

 はあ〜

 俺はよく湯船で一日を思い返す。

 今日もクソみたいな一日だったな。俺はただ他人を嫌い嫌いと言っていただけで、一日が終わってしまったのだから。

 他人を嫌いと言っているが、一番嫌いなのは自分だ。

 なんの進歩もない、向上心がかけらもない。俺は俺を理解しているからこそ、俺という人物が嫌いなのだ。

「こんな世界、消えて無くなればいいのに」

 それは俺の心からの言葉。

 嫌いなものしかない世界なら、この世界に意味はない。俺が生きる意味も、俺が死ぬ意味も、俺がこうして日々を過ごす意味も、ない。


 本日もつまらない毎日を消費するため街に来た。

 今日は特にこれといったことはなく、というか、連日何かあるのはおかしい。

 塾には模試の結果が届いているだろう。それを受け取りたくないので、避けて通る。

 俺から何か悪事を働くことはないので、俺は食事を摂るために、近くのイタリアンのチェーン店にはいる。ここはコスパがいいからな。俺は頻繁に利用している。

 特に何事もなく食べ終え、美味しかったと後味を満喫する。実は食事は好きだったりするのだ。

 明日は何を食べようかと今から考え出す。

 店を出て、歩道を歩き、横断歩道を歩いている時も、ずっと思考に耽る。それで周囲が見えなくなることなんてない。信号が青の間に渡りきり、そのままゆっくり駅に向かう。

 予備校の前を通るのは避け、交番の前を通る。普通にしてれば殺人犯だとバレないものだ。あいつらの仕事は止まれのラインの引かれた道路でしっかり止まらない車両から金を巻き上げることだからな。

 そう思って前を通ると、警察官に呼び止められる。

 不思議に思って立ち止まると、ここらで殺人犯らしき人物を見てないかとのこと。

 だろうな。俺がその殺人犯だとは微塵も思っていないようだ。どうやら報道は正直に伝えられているらしい。


 駅へ向かう途中でばったり不良と遭遇した。

「借りを返しに来たぜ」

 十数人の不良に囲まれ、完全に逃げ場はない。そう不良は思っているだろう。

 というか、借りを返しに来たってことは一度会ったことあるの?こいつら?見覚えはないんだけどなぁ。まあ、今まで殺したやつの顔も覚えてないのに、そいつらの金魚のフンなんて覚えてるわけがないか。

 流石にこの人数は相手にしきれないので逃げる選択をとる。ここは道路沿いの道で、俺の横にはガードレールと交通標識がある。少し先には電灯が。

 やることは決まった。

 俺はおもむろにガードレールの上に立ち、飛びついてきた不良の腕を躱しながら標識に掴まって、高くまで上ると、そこから電灯に飛び移る。

 間近でパルクールを見た不良たちは呆気にとられている。

 そこから地面に降りて包囲を脱出すると、不良たちは慌てて走って追いかけてくる。その時にはすでに俺は走って建物の横道に入ったところだった。

 誰かが通報したらしく、警察も追いかけてくる。

 俺は気にせず壁をゴミ箱、窓枠、排気口、二階の窓の庇と、次々と飛び上がって、警察が下から危ないから降りなさいと声をかけてくるが、降りたら不良に殴られんだよ!と心の中だけで思い、建物とパイプを繋ぐ金属に足を乗せた時、ガタンと嫌な音がする。

「あ……」

 人間って死を悟ると頭が真っ白になるって聞くけど、唖然としたような声を上げると頭が逆に冴えてきた。

 ここはコンクリートで固められた場所だから、どこに頭をぶつけても、きっと死ぬだろうな。

 死ななかったら、痛いだけだから嫌だなぁ。

 落下中にあちこちで頭をぶつけ、背中を建物の出っ張り打ち付け、顔を壁で引きずり皮膚が剥がれるような感覚。

 痛い。それ以外何も考えられない。

 警察が電話して救急車を呼んでいる。それはちゃんとした言葉が紡げずに、順序が滅茶苦茶で焦りが目に見える。

 痛い。

 落下している時、それは世界がスローモーションに映り、その時間は永遠のようにも感じられた。

 痛い。

 やがて思考は痛みに支配され、しかし痛みに転がり回すことさえできず、叫び声も上げれず、次第に痛みすら遠のいていく。


 目を覚ます。

 体は……なんともない。

 ここはどこだろうと辺りを見回すと、見覚えのない景色がそこには広がっていた。

 見たことない木。見たことない虫。見たことない鳥。まったく見覚えのない世界。

 夢、だよな?

 思考が追いつかない。

 どうすればいい?いや、考えろ。まず俺はどうなったんだ?

 たしか……そう、俺はパルクールで逃げてる最中に事故って落下して、警察が救急車を呼んでいたようだし、おそらく今は病院のベットの上。夢を見ているのだろう。だとすると……ここらにある木のリアリティが説明できない。

 某人気ラノベのように、人の作り出した仮想の世界の可能性はありえるが、俺にそれを使う必要はない。メリットもないだろうしな。

 ではなぜ俺はこんな世界にいるんだ?

 ここまでリアリティがあるのに夢だなんて信じられない。しかし、夢でなければ一体なんだというのか。

 説明もなしにこんなところに送られても困る。

 とりあえずは状況把握と落ち着いて考えられる場所を探すべきだ。

 俺は道路でもあればと思い、木に登って上から探すが、それらしきところは見当たらない。というか、鬱蒼と茂る木々が邪魔で確認できない。虫も多くて嫌になる。

 木から降りると手の甲に虫が乗っていることに気付く。

 都会育ちで虫なんて触ったこともなく、慌てて振り払うが、その感触が手の甲にいつまでも残っているような気がして、ああ、手を洗いたい。

 しかし確認できたこともある。草木が伸び放題で、人間の手が加わってないということがわかった。そうなると、ここは人里離れた場所にあるようだな。

 一部踏みならされた道、おそらく獣が通っているのであろう道を見つけ、そこを身を屈めて進む。

 足跡は小さい。おそらく危険な動物の通り道ではないだろう。

 川さえ見つかれば、それに沿って下って行けば人里があるはずなんだがな。動物がいるのだから水場はあるはず。そして、そこは川か湖の可能性が高い。

 喉も渇いてきたし早く水場を見つけたいが、川の水をそのまま飲んで大丈夫なのか?キャンプとかしたことないから、そういった知識はない。

 歩いてて思ったが、目印も何も残してなかったな。木々のせいで真っ直ぐに進めている気もしないし、これからは残しておこう。獣道通っているから戻ってくることはないだろうけと、一応広い森のようだしな。

 なぜか持ってる折り畳みナイフで木の幹に矢印を記して、その方向へと進む。


 しばらく進むと道路のような場所を見つける。

 舗装されていないが、森の中の道でも重要な道なら日本だったら舗装されているはずだ。とすると、ここは日本じゃない?

 この道を重要な道だと判断したのは、道幅の広さだ。四車線ほどの広さはある。

 よく見ると、まだ新しい轍のようなものがある。タイヤの跡ではなく、もっと細くて……そう、汽車の車輪のようなものが通った跡だ。

 急ごう。そう思って走ろうとすると、今更ながらに足の痛みに気付く。

 慣れない森を歩いたのだから、当然だ。

 無理は禁物だと、今日は諦める。幸い、荷物はなぜか持っている。いつも家から持ってくる水筒が入っていて良かったよ。これでも少しは足しになる。

 ここの道を見つけられたのは大きい。

 大きな道で、轍も古いの含めればかなりの数だ。つまり、ここは頻繁に利用される。通行人に事情を話せば人里までは送ってくれるだろう。

 しかし、頻繁と言っても、轍だけではいつ通るのか予想すらできない。それまでどう食いつなぐか……

 歩いたからだろう、腹の虫が鳴いた。

 この空腹感は現実のそれと同じ。これは現実なのか?

 現実だろうとなかろうと、苦しいのは嫌だ。

 食料を探しに森へって、そんな体力あるわけがない。しかし森に入らなければ、食料にありつくことはできないだろうな。

 ん?

 今何やら声が聞こえたような気がしたんだが?

 木に登って息を潜める。

 その声の主は、森道を通って来たので俺の視界に収まる。

 頭に巻いたバンダナが印象的な大きな刃物を持った男たち。おそらくは賊だな。何かを詰めた袋を持っているので、それはおそらく食料や金なんだろう。

 …………

 奪うか。

 しかし、こんな開けた場所で戦っても、簡単にやられておしまいだ。

 俺は彼らを追跡し、そのアジトにまで辿り着く。俺の予想通り、人から見つけ辛い場所で、隠れるには適するが戦うには向かない場所だった。要するに洞窟。

 こういった穴は熊の巣穴かもしれないので、迂闊に入ると殺されるかもしれない。そう人は考える。

 さて、食料を分けてもらうにはどうしたらいいのか。

 誰にも見つからないように侵入する。中には所々松明が設置されているが、暗く視界が悪い。

 壁の凹凸を使い上へとよじ登り、人が来るのを待つ。

 袋を運び終えた賊が、外の空気でも吸いに来たのだろう、俺の下を通る。他に賊はいないので、俺はそいつに上から奇襲をかける。首を捕まえ喉を潰して終いには首をへし折る。なるべく血は出したくなかった。暗がりに運び身ぐるみを剥ぐ。俺は服を着替えて、自分の着ていた服をカバンにしまう。

 たまたまそいつがもっていた水、瓢箪のようなものに入れられたそれを貰っておく。

 食料は持ってないのか。

 さて、これで見つかっても誤魔化せる可能性が出てきたわけだが、それでも心配性な俺は、やっぱり暗がりを移動する。

 しばらく進むと分かれ道が。さて、どちらに進むべきか。

 そこで人の声が聞こえ、迷わずそっちを選択。数人の賊が休んでいる部屋がいくつかある。ここはこいつらの寝室か。

 まずは一人でいるやつから狙おう。堂々と接近してしまえば怪しまれない。

「お前、見ない顔だな」

 すぐにバレた。

 口を押さえて首をへし折る。よしクリア。

 前方へと投げ捨てると、ゴツンッと音を立てる。

「な、なんの音だ!」

 ガタガタと集まり出したので壁を登って天井に張り付く。

 賊たちは俺の下を通って、倒れてるそいつに駆け寄る。俺はそいつらの後ろに降り立ち、背後から一人、また一人と、首をへし折っていく。流石に行動しすぎると気付かれる。それなら気付かれる前に隠れる。

 殺した男の腰から剣を抜いて、適当な位置へと投げ捨てる。

 そうして注意を逸らし、俺は再び天井に張り付く。剣が飛んできた方に注意を向けられた時には、すでにそこにはいない。

 お腹空いたなぁ。警戒態勢に入ってしまったか。どうしようか。一気に暴れ回って殺してしまおうか?そんなことを思いながらそんな危険なことはできないと否定。しかし腹が減っては力が入らないもので、足が滑って落ちていく。

 ヤベッ!

 滑って落ちたからこのままだと怪我をしてしまう。こんな場所でそんなことになったら、傷口から菌が入って病気になってしまう。

 咄嗟の判断でそれぞれの手で別々の賊の頭を掴みそれをクッション代わりに地面に叩きつけて衝撃を減らし、着地までの時間を稼ぐことで態勢を整え綺麗に降り立つ。

 危なかった。

「おい!お前!」

 俺を指差して叫ぶ賊。

 俺の着地に使われ気絶している賊の腰から剣を抜く。

 指差している暇があったら俺を殺す行動を起こせよ。

 狭い場所ででかい得物は扱い辛い。だから剣はそのまま突き刺して使うのが扱いやすい。

 前方の賊を刺し殺して、そいつを盾にして包囲を突破する。左右は壁だから蹴り上がって抜けてもよかったな。

 人数はあと数人だ。全員殺した方が早そうだ。そのために敵の位置を一方向に絞った。そして殺すのは容易い。

 盾として利用した賊から剣を引き抜く。天井が高くないので腕を伸ばして振ればぶつかってしまう。そう判断して振り返り肘から先で剣を投げる。

 賊の一人に命中し、倒れる。賊が剣を抜いて振り回すが壁や天井にぶつかり、その衝撃で落としている。その様子を見ていると、やはり冷静さを欠いたらダメなんだなぁと思う。


 サクッと全員殺したところで、分かれ道のもう一方へと向かう。ここのリーダーとかいないのかと思ってその角から様子を見ると、なんだいるじゃないか。

 洞窟内は音が響くから、何かあったのはわかっているはずだ。それでも動かないのは部下を信用しているからか怖くて動けなかったのか……

 まあいい。どうせ殺すし。

 先に水飲んどこ。

 自分で持ってきていた方の水を飲む。疲れた身体に染み渡るな。

 壁を登って天井に張り付く。俺は今日何度張り付いただろう?どれだけの時間張り付いていただろう?元々足を痛めているのにこんなことばっかしてる。

 足より腕に力を入れて足の負担を減らしていたが、腕にも痛みが走ってきやがった。これは長くは持たないな。この一撃で決めないとな。

 そいつが下を通りがかったところで、上からそいつに奇襲を仕掛ける。

 がたいはいいが、喉笛掻っ切るならどんなに力があろうと関係ない。

 空中で折り畳みナイフを展開して、そいつの喉に力強く突き立てる。横に傷口を広げながら引き抜くと、血がドバドバと溢れ出す。

 中身は見ない。何度か見てるけど背筋が凍るからな。あんなもの見て興奮するやつは末期だ。

 ナイフの血を賊の服で拭い、道のその先へと進む。

 そこには積み上げられた袋があり、その中には食料が詰まっていた。

 よしよし。かなりの量があるし、結構な日数過ごせる。水もふんだんに使用できる。これで街まで行ける。

 とりあえずは食事だ。

 俺は賊から入手した水で手を洗い、食料の一部に手を伸ばす。

 果物はそのまま食べても大丈夫なはずだ。りんごのような果実を手にとって匂いを嗅いでみる。やはり変な臭みとかはなく、俺も食べたことのあるりんごと同じ匂いだ。正しく言うならそれに非常に類似した匂いだ。嗅ぎ分けられるほど鼻はよくない。

 丸かじりしてみると、やはり味もりんごそのものだ。

 この洞窟は暗く涼しいので、保存状態もいい。

 あまり持ち出さずにいた方がいいか、と思ったが、ここでたくさん人を殺したんだった。これは衛生上良くなさそうだ。持てるだけ持って移動しよう。ついでにここにある硬貨だと思われるものも持っていこう。


 開けた場所を見つけて、そこでようやく一息つく。

 それにしてもここはどこだろう。夢にしては痛みや感触がリアルだ。しかし、こんなことは夢でもないと起こり得ない。そもそも俺はあれだけの大怪我をした。だから夢じゃないとありえないんだよなぁ。

 保留にしていた考えに頭を巡らせ、しかし答えはわからない。

 とりあえず今は死なないようにしていればいいと、そう結論付けておこう。ここがどこか別の世界で、これが現実だとは思わないが、痛いのは嫌だし死ぬのは怖いからな。

 もし別の世界だとするなら、俺の属せる社会というものはあるのだろうか?俺が価値を見出せるような、そんな社会が存在するのだろうか?

 これが俺の見ている夢なら、それを期待しても良いだろう。しかし、これが現実だとしたら……いや、現実だとしても、死んでいたかもしれない俺がここにいるんだ。あいつがここにいてもおかしくはない。

 よし、これからの方針は決定した。

 冒険開始だ!

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