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第九話 東京タワーと芝公園

不動産と結婚は、これだと思ったらすぐに行け! 

 私はこの日、あたかもモデルルームに遊びに行くかのような感覚で桜木さんのマンションの現地調査に同行した。けれど、実際は想像していたのと全然違った。


 まず、物件近くに到着したら、駅から物件までのルートを確認し、卑猥な店舗が立ち並ぶなどの査定マイナスポイントがないかを実際に目で見てチェックする。

 次に、マンション周囲を1周歩き、周囲に日照を遮る高層ビルはないか、ごみ屋敷や騒音屋敷などの問題のある住宅がないかを確認した。

 マンションに到着したら、オートロックはあるか、管理人は常駐か、ゴミ出しは24時間OKか、共用部の掃除が行き届いているか、建物のちょっとした修繕がきちんとされているかなどをくまなくチェックし、やっとのことで部屋に入る。

 部屋に入った後もやることは沢山。部屋では間取りを見ながら、各部屋を確認してゆく。リノベーションするので、ここでは、内装の良し悪しは問題にならない。代わりに、パイプシャフトの場所の確認や壁がコンクリート壁でないことを軽く叩いてチェックする。コンクリート壁だと、壁がマンションの構造を担っていることがあるため、壁を抜く大規模なリノベーションは出来ないのだ。窓からの景色、天井高さ、マンション規約の室内修繕規定などをくまなく確認し、やっと1件目の現調が終わる。それを3件分やるのだから、結構大変だ。


 3件目を見終わったとき、私はもうぐったりだった。もう、足が棒だ。

 そんな私を尻目に、桜木さんは鞄から会社支給のスマホを取り出すと、どこかに電話を始めた。物件案内を見ながら真剣な表情で話しているので、私は邪魔しては悪いかと思って、桜木さんとは別の部屋に移動し、窓から外を覗いた。

 リビングダイニングの窓からは、ちょうどビルとビルの隙間を縫うように東京タワーが大きく見える。その東京タワーのふもとのあたりには、緑が広がっているのが見えた。それをぼんやりとか眺めていると、電話を終わらせた桜木さんがひょこりと顔を出す。


「藤堂さん、待たせてごめん。社長のOK出たから、ここ行こう」

「ここ行こう?」

「ああ、ごめん。ここ、買おう」


 桜木さんの言葉を聞き、私は驚いた。まるで洋服を選ぶように「買おう」って言うけれど、そんな軽々しく買おうと言えるような価格ではない。

 私は物件データを見た。築22年、最寄りは東京メトロ日比谷線の神谷町駅と都営三田線の御成門の2駅利用可で、どちらも徒歩5分以内だ。つまり、都心地区の巨大ターミナルにはどこも30分以内に到着できる、極めて便のよい高級地である。

 私が今日見た限りでは、管理体制はしっかりしていた。マンションエントランスには壁面間接照明が使われ、観葉植物が飾られており、24時間の有人受付体制。

 見るからに高級そうという言葉がぴったりのこのマンションは、今日来るときに桜木さんから聞いた話から判断すると、『値崩れしにくいマンション』だ。でも、値崩れしにくいというだけあって、価格はかなりのものだった。私の年収何年分ですか?? っていう価格。


「ここ、売り主さんに事情があって売り急いでるみたいなんだ。俺の感覚的には安いと思う。早く決めないと売れちゃうから」


 桜木さんはすぐに売主さんの仲介業者と話を始めた。呆然と見守る私の横で、そのマンションはあれよあれよという間にイマディール不動産でお買い上げの手筈となったのだった。



 ***



 全てが終わったとき、私は両腕を上に伸ばしてうーんと伸びをした。


「藤堂さん、疲れた? お疲れさん」

「桜木さんもお疲れ様です。あの価格のマンションをあんなにあっさり決めちゃうなんて、びっくりしました」

「ははっ。不動産は結婚と一緒だから。これだと思ったらすぐに決めないと」


 桜木さんは切れ長の目を細めて楽しそうに笑った。不動産は結婚と一緒ですぐに決めないと、か。そういう話はよく聞くけど、どちらも私には縁がなさ過ぎて実感が沸かない。


「桜木さんは不動産同様に、結婚もすぐに決められる人ですか?」

「そうだといいんだけどねー。そうだったら、もう結婚してるでしょ」


 桜木さんは肩を竦めてみせる。確かに、桜木さんは独身だ。以前、綾乃さんと同じ歳と聞いた気がする。ということは、32歳だ。世間一般的には結婚していてもおかしくない年齢ではある。


「結婚しないんですか?」

「残念ながら、今は相手がいない」

「へえ、意外。モテそうなのに」

「それ、誉め言葉だよね?」


 目を丸くする私に、桜木さんは器用に片眉を上げて見せた。


「もちろん、誉め言葉です!」

「ありがと」


 桜木さんがはにかむ。


「もう5時だけど、ちょっと歩いて街散策マップのネタ集めする? もう疲れたなら直帰でもいいけど……」


 桜木さんは腕時計を確認してから、私の顔を見た。


「行きます!」


 私はさっきまでの疲れも忘れて勢いよく返事をした。最近は雨ばかりだったけれど、今日は珍しく晴れている。絶好の散策日和だ。桜木さんはそんな私を見てクスクスと笑った。


「じゃあ、行こう。ここだと、やっぱり東京タワーは外せないかな」

「ですね!」


 私達は並んで東京タワーを目指して歩き始めた。私はその赤と白の構造物を眺めながら、ふと思い付いた疑問を桜木さんに聞いた。


「東京タワーが見えると、やっぱり物件価格は上がるんですか?」

「そうだね。プラスにはなる」

「へえ! じゃあ、もっと背の高い、東京スカイツリーが見えるとすごく値が上がるんですか?」

「残念ながら、そういうわけでもない」


 桜木さんが首を振ったので、私は首をかしげた。


「今のところは東京タワーと東京スカイツリーなら、東京タワーの方が物件価格にプラスになるね。まあ、大した差じゃないけど。これはあくまでも俺の推測だけど……」


 桜木さんが一旦、言葉を切る。


「多分、東京スカイツリーはデカすぎるんだな。見える範囲が広すぎて、プレミア感がない。でも、将来的には変わるかもしれないけどね」


 肩を竦めて見せる桜木さんを見上げて、私は目をぱちくりとさせた。デカすぎることがマイナスになるとは、何とも不動産価値は難しい。

 2人で並んで歩くこと5分。目立つので迷子にもなりようがなく、私達は目的の東京タワーのふもとまで到着した。最後はアスファルトで舗装されたの坂道を上ると、入り口が見えてくる。


「せっかくだから展望台まで上ってみる?」

「はい」


 桜木さんに誘われて、私は頷いた。

 私達は正面チケットエントランスに向かい案内板を見ると、展望台は2つあり、上のトップデッキと下のメインデッキに別れていた。上の展望台に行くにはツアーを予約しなければならず、お値段も下の展望台の3倍近くする。

 ツアー時間がそれなりにかかると聞き、私達は泣く泣く下の展望台までのチケットを購入した。案内に出ている上の展望台はキラキラした内装をしており、とても素敵な演出をしてくれるらしい。それに、今日初めて知ったのだけど、東京タワーには色々と付帯施設もあるらしい。こちらも時間がないので行けないけれど、近いし今度リベンジしたいなと思った。


 下の展望台からでも、周辺の景色はとてもよく見えた。ビルの林がどこまでも広がっている。西の方には富士山が見えた。


「東京タワーの下って緑が、広がってますよね。あれは何なんでしょう?」


 東京湾の方角を見た時、私は東京タワーのすぐふもと、東京湾を臨む方向に緑が広がっているのを見つけた。下を覗き込むと、緑の中にはいくつか建物もあるようで、その敷地はとても広いようにに見える。


「ここに地図があるよ。えっと、芝公園と増上寺かな?」


 桜木さんは展望台に置いてあった案内板を見ながら呟いた。確かに、『芝公園』『増上寺』と書いてある。


 私はスマホで芝公園と増上寺について調べてみた。私が見たサイトには芝公園は増上寺を中心とする公園で、上野公園と並ぶほど古い歴史があると書かれていた。同一区画の中にホテルまであるらしい。


「おっきな公園ですねー」

「本当だね。降りたら歩いてみる?」

「いいですね!」


 私達はもう一度ぐるりと展望台を1周して都心の街並みを堪能してから、エレベーターで下に降りた。最後に見た景色は、夕焼けに空が染まってとてもロマンチックだ。こんなところ、デートで来たら楽しいだろうな。

 エレベーターを降りると、そこは飲食店とお土産売り場のフロアになっていた。私はたまたま目に入った東京タワーを模したプラスチックケースに入った金平糖を買った。


「甘いの好きなの?」

「甘すぎなければ。可愛いからオフィスの机の上に置いておいて、お腹が空いたら食べようかなと」

「確かに可愛いね」


 桜木さんはそのお菓子を見て、クスリと笑った。


 芝公園は本当に大きかった。

 花壇や広場、子供向け遊具などがあり、仕事終わりの休憩なのか、ベンチにはスーツ姿のサラリーマンがちらほらと見えた。 

 段々と日が暮れる。それに合わせるように、東京タワーはライトアップされる。赤と白の躯体がライトアップされた東京タワーは、色合いに温かみがあって、どれだけ見ていても飽きない。


「綺麗ですね」

「そうだね。いまスマホで調べたら、すぐ近くに人気のレストランがあるみたいだから行ってみない?」


 隣でスマホを弄っていた桜木さんが私を顔に視線を向ける。そこまで言って、桜木さんはハッとしたような顔をした。


「ごめん。軽々しく誘ったけど、男と2人で食事すると彼氏さんが怒るよね」

「いいえ! 私、彼氏いないですから」


 私があっけらかんと答えると、桜木さんはホッとしたような表情になった。


「よかった。あ、いや、藤堂さん的にはよくはないか」


 自分の言葉を慌てたように否定する。バツが悪そうな表情は、なんだか仕事モードの桜木さんでは見られない一面だ。


「とにかく、藤堂さんがよかったら、夕飯食べに行かない?」

「行きます!」


 どうせ家に帰っても、部屋で寂しく1人ご飯だ。私は喜んでそのお誘いに頷いた。

 桜木さんがスマホを確認しながら連れて行ってくれたレストランは東京タワーの夜景がよく見える、創作料理のレストランだった。飛び入りで入店したので窓際はすでに満席だった。


「あー、ごめん。窓際がよかったよね……」


 席に座ると、桜木さんは私を見て苦笑いした。


「いえ、大丈夫です。ほら、見えるし!」


 私は少し離れたところにある窓を指さす。そこからは東京タワーの胴体部分が見えた。残念ながら、ここの席からだと全体は見えない。


「そう言ってもらえてよかった。とにかく、お疲れさま」


 桜木さんがグラスを傾ける。私は軽くカツンとグラスをぶつけた。

 素敵な夜景に美味しい料理、それはとても楽しい時間だった。



 ***



 夜、家でパソコンを触っていた私はふと今朝のことを思い出して『宅地建物取引士』のことを調べた。

 国家資格なので、やっぱりそれなりに難しそうだ。更に調べてみると、今年の試験は10月にあるようだ。今は5月だから、ちょうどあと5ヶ月。検索して一緒に出てきた資格学校の講座は、まるで私が今日調べることを知っていたかのように、ちょうど6月開校になっている。受講料を確認すると、それなりの値段だ。安くはない。


「どうしようかな……」


 私はパソコンの画面を眺め、独り言ちる。

 脳裏には、テキパキと仕事をこなしてゆく桜木さんの姿が浮かんだ。この資格をとったからといってすぐに桜木さんみたいにバリバリ働けるようになるとは思わない。けれど、私も少しは近づけるだろうか。


「通信教育のお金も受かれば戻ってくるって言ってたよね……」


 私は少し迷ってから、マウスをポチっとクリックした。


 


リアルな東京タワーの水族館は今月末(2018年9月末)で閉館するようです。残念……( ノω-、)

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