表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/33

第八話 値崩れしないマンションとは

値崩れしないマンション? 

そりゃあ、もう、買うしかないよね!!

あっ、先立つものが……(泣)

 まだ5月の半ばなのに、毎日のように雨が続く今日この頃。もう梅雨入りしてしまうのだろうか。

 雨の中を通勤で20分歩くのが嫌にならないように、可愛い傘とレインシューズを新調した。クリーム色の初夏らしい色合いのレインシューズに足を入れ、大きな花柄の傘を開くと、途端に雨続きで暗くなる気持ちもパッと明るくなる。


「おはようございます!」

「「おはよう」」


 私がオフィスに着いたとき、先に来ていた桜木さんと尾根川さんは何かの本を見ながら話していた。挨拶すると2人とも笑顔で挨拶を返し、また何かを話し始める。向かい側の席からちらりと覗くと、その本は何かのテキストのように見えた。


「お2人とも何か勉強してるんですか?」

「僕が資格を取るのに勉強してるんだ。桜木さんにわかんないところを聞いてた」

「へえ……。何の資格?」

「宅建だよ」

「宅建?」


 私は聞き返す。宅建とは正式名称を『宅地建物取引士』と言う、国家資格だ。宅地建物取引を行う上で必要な知識をもつ専門家であり、宅地建物取引業を営む事業所にはこの宅地建物取引士を配置する義務がある。私も一応、不動産屋の窓口をしていたのでそれくらいは知っていた。


「すごーい。難しいですよね?」

「例年、合格率が15パーセント位みたいだね」


 尾根川さんはそう言いながら、顔を顰めた。15パーセントってことは、100人受けても15人しか受からないってことだ。やっぱり難しい。


「宅地建物取引士には設置義務があって、事業所の規模に応じて必要な人数がいるんだ。今は社長と板沢さん、伊東さん、俺の4人居るんだけど、これから人を増やしたり事業所が増える可能性を考えると尾根川にも取って貰った方がいいと思ってね。藤堂さんもどう?」


 桜木さんに宅建の案内を手渡されて、私はそれを読んだ。試験の内容がおおまかに書かれており、不動産取引に関わる法律関係が多いようだ。


「出来る仕事の幅も広がるし、合格すれば試験にかかった通信教育のお金とかも会社が負担してくれるよ」

「あはは…」


見るからに難しそうなそれを見て、私は乾いた笑いを洩らしたのだった。



 ***



 バスを降りて顔を上げると、見たことがないくらいに東京タワーが大きく見えた。建ち並ぶビルの中にエッフェル塔みたいにそびえ立つ姿が私の中では定番なだけに、少し見上げないと頂上が見えないこの近さは初体験だ。


「藤堂さん、行くよ。こっち」


 桜木さんに声を掛けられて、私は慌ててその後を追いかけた。今日は、リノベーションを施して転売するのに適した物件探しをするのに同行している。

 イマディール不動産ではお客様から売却を依頼されて、高く売るためにリノベーションを施すパターンの他に、自社で高く転売できそうな物件を探し出して購入し、リノベーションを施してから転売することもある。

 今日は後者の物件探しだ。


「藤堂さん。マンションの価値は何で決まるか知ってる?」

「うーん、分譲会社とかですか?」


 歩きながら桜木さんに問いかけられ、私は少し考えてからそう答えた。大手の不動産会社が分譲するマンションはブランド名が付いていて、知名度も高い。結果的に高く売れるのは間違いないと思った。


「確かに、隣り合わせで大手不動産会社のブランドシリーズと中堅不動産会社の分譲マンションが並んでいたら、前者の方が高く売れるね」と桜木さんは頷いた。

「でも、最も不動産価値に効いてくるのは、なんといっても場所なんだ。『不動産』って言うくらいだから、動かせないからね」

「場所?」

「うん、そう。ここは東京都港区だけど、港区は日本では最も不動産価値が下がりにくい場所の1つなんだ。都心地区は不景気でも一定のニーズが絶えないから不動産価値が下がりにくい。同じ築年数のマンションの価格変動を見ても、それは明らかだ」


 桜木さんは私の顔を見ながら説明を続ける。


「ブランド力のある地域のマンションは値下がりしにくい。うーん、そうだな……例えば今いる港区、中央区、千代田区とかは『都心3区』と言って、固いね。港区、中央区、千代田区の都心3区に新宿区、渋谷区、文京区を加えた『都心6区』と言われる地域は昔から値崩れしにくいと言われているんだ。あとは、東京23区を出ても、スポット的に安定して人気な地域もある。例えば、吉祥寺駅や三鷹駅のあたりとかだよ」


 桜木さんの説明によると、土地にはこれまでの取引実績の傾向から明らかに値下がりしにくい地域というものがあり、それらの地域を『ブランド力が高い地域』と呼んでいるようだ。都心6区と言うのは初めて聞いたが、今後のために覚えておこうと私は小さく復唱した。

 桜木さんはさらに説明を続けた。


「あと、駅からの距離もマンションの資産価値には大きく影響する。境界は徒歩5分だね。都心地区で人気の駅から徒歩5分以内マンションは大きな値崩れはしないと言い切れる。むしろ、値上がりすることも少なくない」

「でも、値崩れしなくてもうちの会社はすぐに売っちゃうから意味ないですよね?」 


 私は首をかしげた。例えば5000万円でマンションを買い、何年か住んでまた5000万円で売れるのなら儲けものだけど、イマディール不動産はリノベーションを施してすぐに転売しているのだ。あまりその恩恵はないように感じた。


「うーん。そうなんだけど、それは逆に言えばそれだけ市場で需要があるって事なんだ。手を出した時に、失敗するリスクが低い。資産価値がしっかりしたマンションをリノベーションして適正価格で売り出せば、売れ残って負債になる可能性は限りなく低い。うちみたいに大きくない会社では、とても大事な事だ」


 真面目な顔で説明する桜木さんを見上げ、私は頷いた。イマディール不動産は決して大きな不動産会社ではない。マンションは取引価格も高いので、1件の売れ残りが会社の業績に与える影響も大きいことは容易に想像できた。


「今日見に行くところ3件あるよ。築22年が2件と築21年が1件。この築年数は大事なんだ。マンションっていうのは入居した瞬間に中古になる。中古は一般的に新築より安価で、築年数が経てば経つほど値が下がる。一方、大体築20年を超えると値下がりが止まり、価値は横ばいになる。それに、多くのマンションでは築20年を迎える前に大規模修繕を実施する。築20年を超えたマンションは管理体制で雲泥の差が出るから、ひと目見ればだいたいどんな管理体制か想像がつく。管理体制がしっかりしたマンションを選ぶことも大事なんだ」


 築20年──確かに、私の入居したマンションも築24年だった。けれど、とても築20年以上経っているとは思えない位、手入れは行き届いている。きっと、そういうところを気にしながらあの物件を選んだのだろう。

 

「ただ、あまり築年数が経っているとデメリットもある。例えば住宅ローン控除は築25年以下って縛りがあるし、築40年以上経つとせっかくリノベーションしても、すぐに建替えの話がでたりする。築20年過ぎが1番狙い目。まあ、億ションともなると住宅ローン控除がそもそも使えない富裕層の人達が購買層になるから、また変わってくるんだけどね。あとは、最近多いのは外国人の投資家。この人達も住宅ローン控除は関係ないことが多い」


 桜木さんの説明を聞きながら、私はなるほどと頷いた。いつか私も、1人で購入物件の選定を手掛けることになるかもしれないから、こういう知識はしっかりと覚えておく必要がある。


「あ、築年数にはもう1つ大事な節目がある」

「もう1つ大事な節目?」

「うん。1981年に建築基準法が変わって、耐震設計の基準が変わったんだ。それ以前の設計のものは旧耐震、それ以降の設計のものは新耐震と呼ばれている。日本は地震が多いからね。耐震基準を満たしているか調べるのも手間だし、物件を選ぶときは1981年以降に建ったものがいいよ」

「はい。わかりました」


 私は信号で立ち止まったタイミングで鞄から手帳を取り出し、今聞いたことをしっかりとメモに残した。


本日2話目の投稿です。

読む順番にご注意下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ