第二十八話 恋人の作り方
この歳になって告白とか、ちょっと恥ずかしすぎるんです。
12月に入ると、日中でも気温はかなり下がってきた。特に朝晩は冷え込みが激しく、コートが手放せない。退社時間の6時半頃でも数ヶ月前まではまだ明るかったのに、いつの間にか日は短くなり、今ではその時間には真っ暗になっていた。そんな季節になると、毎年のような風物詩が見られるようになる。
「綺麗だなぁ」
私は通りに飾られたイルミネーションを見て、ほぅっと息を吐いた。
この季節、街はどこもかしこもクリスマスイルミネーションに彩られる。広尾商店街では大規模なクリスマスイルミネーションは行わなれないが、ちょっとした電光は飾られる。帰り道、途中で通りかかる明治通りの入口にある商業施設──広尾プラザでも可愛らしくスノーマンの置き物とイルミネーションが飾られていた。あたり一面のイルミネーションでは無いけれど、かえってそのこじんまりした雰囲気がほっこりとした気分にさせる。
今の生活圏の周辺には、クリスマスイルミネーションで有名な地域が沢山ある。
歩いていける範囲なら白金のプラチナ通りや恵比寿ガーデンプレイス、日比谷線に乗れば一駅の六本木駅では六本木ヒルズや、東京ミッドタウンのイルミネーションも有名だ。銀座だって日比谷線に乗ればすぐだし、バスに乗って北上すれば表参道もあっという間に行ける。
おしゃれで美味しいレストランも目移りするほど沢山あるし、人生においてこんなにもクリスマスを過ごすのに適した地域に住むのは初めてだ。
しかしながら、現実は厳しい。
つい先日、無事に誕生日を迎えてまた1つ歳を重ねた藤堂美雪、現在28歳。なんと、この絶好の機会に、クリスマスを一緒に過ごす人がいない。本当に、なんということだ!
桜木さんは、誰かと過ごすのかなぁ……なんて思っても、当然ながらそれを本人に聞く勇気もない。キラキラと光る電飾を眺めながら、私ははぁっと息を吐いた。
私と桜木さんの関係は、相変わらずの『会社の先輩と後輩』の域を全く出ない。どんな大波にも耐えてぴったりとそこに貼りつき頑として動かないフジツボの如く、後退も無ければ前進もないのだ。
一体世の中の男女はどうやって恋人同士になるんだっけ? と私は片手で数えられる程しか無い自分の過去の恋愛遍歴の記憶を辿った。
一番最近の彼氏は、英二だ。
たしか、英二の時は会社の飲み会がきっかけだった。当時流行っていたお笑い芸人の真似をして宴会を盛り上げていた英二が、私にはとっても輝いて見えたっけ。やっていたのは、テクノ系サウンドを組み合わせた音楽ネタで当時大流行したものだ。その後に隣に座った英二と好きな音楽の話で盛り上がりすっかり意気投合して、帰り道に次回は2人で飲もうと約束をした。
つまり、これは『自然の流れで付き合いだした』というやつだ。うん、参考にならない。
ちなみにラインと電話をブロックしたおかげで、英二からその後はコンタクトは無い。なんで急にあんなことを言い出したのかと少しだけ気になりはしたけれど、すぐに私には関係のない事だと思い直した。
その前はどうだったっけ、と私はさらに記憶を辿る。
英二の前の彼氏は大学3年生から卒業して離れ離れになるまで付き合っていた人だ。
大学生の時のその彼氏は、同じ学科の友人だった。授業のグループ課題で、同じグループにになった男の子で、普段はしっかりしてるのに2人になると途端に弟キャラの甘えん坊になる人だった。2人きりだと、よくお腹のあたりに抱き付いてきて頭をぐりぐりして甘えてきたのを思い出した。
付き合い出したきっかけは……たしか、向こうから告られたような気がする。大学の教室で2人きりになった時に、「好きです」って。彼のことを内心でいいなと思っていた私は、彼に想いを打ち明けられて舞い上がるような気分だった。
この彼氏とは、お互いの就職で離れ離れになって最後は電話でさようならになった。
その前の彼氏は……大学のサークルの先輩だった。これも向こうから告られた気がする。
こうやって改めて考えると、誰かと恋人になるって凄いことだ。
誰かに好きだと想いを伝えて、尚且つ相手も自分に好意を持ってないといけない。この広い世界には何億人もの異性がいるのに、その中で自分を好きだと好きな相手が思ってくれる。それはもの凄い奇跡に思えた。
桜木さんは私に好意を持ってくれているだろうか?
嫌われてはいないと思う。けれど、異性として好かれているかと聞かれると、正直自信が無い。
桜木さんは仕事終わりにたまたま一緒に外出していれば食事に誘ってくれるし、飲み会で帰りの方向が一緒だと一緒に帰ろうと声を掛けてくれる。でも、なんでもない日に2人きりで飲みに行こうと誘ってくれたことは1度もないし、休日に会う約束をしたこともない。だから、あくまでも後輩としてしか見られていない可能性は十分にあり得る。
「どうしようかなぁ……」
思わず弱気な言葉が口から漏れた。
いつかこの思いを伝えたいけれど、伝えて駄目だったら? 小さなオフィスなので、万が一にも気まずい雰囲気を作ってしまうと、周りの人たちにも迷惑をかけてしまうかもしれない。そう思うと、やっとむくむくと沸き起こってきた勇気が、強力な掃除機で吸い取られたごとく、たちまち掻き消えてしまう。
でも、そんなことを気にしていたら、この気持ちは一生伝えられない。桜木さんに彼女が出来て、最悪の場合結婚してしまう可能性だってある。
「どうしようかなぁ……」
またもや同じ言葉が口から漏れた。
私は桜木さんの人となりを考えた。
私が想いを伝えて断られた場合──悪い方に考えるのは私の悪い癖だけど、ここは許して欲しい──桜木さんはどういうリアクションをとるだろうか? 多少、気まずくなる可能性はある。2人きりになるのは避けられるかもしれない。でも、そのせいで仕事に支障をきたすような、あからさまなことはしない人だと思った。
むしろ、問題は私のほうだと思った。断られた事で卑屈になって、会社に行きたくないなんて思わないだろうか。なにせ、私には振られて辞表を出した前科がある。
イマディール不動産の仕事は、楽しい。会社の人達もいい人ばかりだ。もちろん、佐伯様のようなストレスフルなどお客様もいるけれど、それ以上に楽しかった。今の気持ちとしては辞めるなんて、とても考えられなかった。
色々と考えていたら、徒歩20分弱の自宅まではあっという間に到着してしまった。
私は玄関の鍵を開け、暗い部屋の電気をつけた。コートをハンガーにかけて玄関横に引っ掛けると、鞄をドサリとローテーブルに置く。弾みでロ―テーブルの上に置きっぱなしにしていた宅建の受験票がハラリと床に落ちた。
「あー、落ちた。縁起悪い!」
私は慌てて床に落ちた受験票を拾う。シール式のはがきが3面綴りになったそれを開くと、合格発表の日は今月上旬の日にちが書かれていた。カレンダーを見ると、もう数日後だ。
──これに受かってたら、伝えようかな。
そんな考えがふと頭を過ぎった。
でも、受かっているだろうか。試験当日に解答速報を見ながら行った自己採点ではぎりぎり合格ラインだったけれど、採点ミスの可能性だってある。そもそも合格率だって15%しかないのだ。
またもや耳元で強力な掃除機の音がし始めたのを感じた。この音はモーターヘッドを備えたサイクロン式の、某超高級掃除機に違いない。
「受かってたら、伝える!」
私は慌てて自分に言い聞かせるように、そう言った。掃除機の音を掻き消すごとく、大きな声で。
落ちていたら?
それはまた後々考えるとしよう。




