第十三話 新旧彼女対決
まさか、ここまで屑だとは!
でも、付き合っていた当時は素敵な人に見えたのよ。
あぁ、自分の見る目の無さが恨めしい。
7月も半ばになり、暖かいと言うよりは灼熱に近くなってきた今日この頃。私は1人、カフェで時間を潰していた。
プラチナ通りのカフェの前からは、おめかしして通りを歩く人達の姿がよく見える。私はお洒落なグラスに注がれたアイスカフェラテを飲みながら、道行く人達をぼんやりと眺めていた。
「美雪、ごめーん」
カフェの扉がウィーンと開き、入ってきた真理子が私を見つけて手を振る。私も真理子に向かって、片手を挙げて見せた。
「終わったらすぐ出てこられると思ってたら、意外と時間取られてさぁ」
真理子は遅れた理由をぼやきながら、私の前の席へと腰掛けた。パーティードレスに合わせてセットされた髪の毛は緩い編み込みにされて可愛らしく結い上げられていた。
「全然大丈夫だよ。結婚式どうだった?」
「すっごい素敵だったよ。式場の庭園が広くてさー、ああ言うのいいね。ウエディングドレスに憧れてたのに、一気に和装派になった」
真理子は答えながら、引き出物の紙袋に手持ちのハンドバッグをまとめて1つにする。それを椅子の下にある籠に入れて、顔を上げた。
「緑さん、すっごい綺麗だったよ」
「そっかぁ。見たかったな」
「写真撮ったよ。ちょっと待ってね」
真理子は自分のスマホを鞄から取り出すと、画面をタップし始める。しばらくして、「はい」と私にスマホを手渡した。
私は画面を見た。
液晶画面には、色打ち掛け姿の女性と、紋付き袴を着た男性が映っていた。赤い色打ち掛けには全体的に刺繍が施されているのか、とても豪華だ。こちらを見つめて微笑む2人はとても幸せそうに見える。
「ほんと。緑さん綺麗」
「ね。やっぱり花嫁姿は特別だよ」
私からスマホを受け取ると、真理子はふふっと笑った。
今日、前の会社の同僚の結婚式があったらしい。緑さんは私と一緒に賃貸物件をお客様にご案内する窓口業務をしていた。私はもう辞めてしまったのでその結婚式に招待されなかったが、小さな会社だったので社員の半分以上が招待されたと言う。
「幸せのお裾分けだね。元気になった」
「だね」
「美雪が辞めてさ、新しい子が1人入ってきたんだけど、窓口業務中も竹井さんとずっと2人で喋ってるの。だから、みんな私と緑さんが対応しててさー。注意しても、『わかりましたー』って言って、結局喋ってるんだよ」
運ばれてきた自家製レモンスカッシュをストローでかき混ぜながら、真理子は少し口を尖らせた。ちなみに、真理子の言う『竹井さん』とは、私から英二を取った後輩のことだ。私が前の会社のを辞めてまだ4ヶ月程度しか経っていないけれど、社内はだいぶ雰囲気が変わったのかもしれない。
真理子はその後も、会社の話を沢山話してくれた。
「もうそろそろ行かないとかな? ここって遠い?」
1時間位話しただろうか。真理子は鞄から1枚の紙を取り出すと、それを私に差し出した。紙にはレストランの名前と地図、受け付け時間などが書かれている。これから、結婚式の2次会のある場所のようだ。偶然だが、その店は以前、私が白金台を散歩をしたときに結婚式パーティーをしているのを見かけたあの店だった。
「すぐ近くだよ。帰り道だし、店の前まで一緒に行くよ」
「本当?」
「うん。真理子ともっと話したいし」
「ありがとう」
少しはにかんだ真理子は、手に持った大きな紙袋を怨めしげに見つめた。
「あーあ。こんな格好じゃ無くて、荷物も無ければ美雪のうちに泊まるんだけどな」
口を尖らせた真理子を見て、私は苦笑した。真理子には今日の2次会が終わった後、うちに泊まりに来ないかと誘った。明日は日曜日だし、積もる話も沢山ある。だけど、格好がパーティードレスだし、荷物が多いし、ということで泣く泣くお泊まりは無しになった。
「またいつでも来てよ」
「うん、絶対行くね!」
真理子は嬉しそうににこっと笑った。
プラチナ通りを青山方面に少しだけ歩くと、目的のレストランにはすぐ着いた。入り口にはウェルカムボードが飾られて、すでに何人かパーティードレスやスーツを着た男女が集まり始めていた。
「あれぇ? 藤堂さん??」
聞き覚えのある甘ったるい声がして、私はピクリと肩を震わせた。視線を向けると、既に到着して店の前にいた女性の二人組が私を見ている。1人は私の知らない人だ。私の名前を読んだ後輩は、こちらを見てへらリと笑った。
「やだぁ、先輩! 元気でした??」
近づいてくるその人に、私は表情を強張らせた。
たっぷりとマスカラを塗った睫毛をバサバサさせながら2、3度瞬きすると、竹井さんはニンマリと笑った。
「もー、先輩! 突然辞めちゃったから心配してたんですよぉ? 今、どうしてるんですかぁ?」
鼻にかかったような舌っ足らずな喋り方が耳に障る。私は引き攣った作り笑いを浮かべた。
「あの時は、ちょっと事情があって。今は別の会社で勤めてるよ」
「ふーん。今日はどうしてここに?」
竹井さんは右手の人差し指を口元に当てて、私の頭から足先までをジロジロと眺める。明らかに結婚式の2次会にはカジュアル過ぎる服装に怪訝な顔をしていた。
「私、今この近くに住んでるから」
「はぁ? こんな都心に??」
「うん。会社が半額を家賃補助で出してくれるから、会社の近くに住んでるの。ちょっと古いマンションだけど……」
「ああ」
『ちょっと古い』って言った辺りで竹井さんが鼻で笑う。少しバカにしたような、嫌な笑い方。この子、私のことを内心で見下してるんだなってことをありありと感じた。
その時、竹井さんの後方から現れた人物を見て、私は顔を強張らせた。
「美雪? お前、会社辞めて、今何してんだよ??」
どこかで時間でも潰していたのか、竹井さんの後ろからひょっこりと現れたのは英二だった。結婚式用の白いネクタイを締めて黒のジャケットは腕に掛けていた。
「あ、英二。先輩はお仕事見つけて、今はこの辺に住んでるんだってー。古いマンション」
竹井さんは甘えるように英二の腕に絡みつき、こちらを見つめた。見せつけるように腕に絡み、わざわざ『古いマンション』って言う辺り、本当になかなかいい性格をしていらっしゃる。
「そうなの? お前、仕事見つかったのか??」
それを聞いた英二はぱっと顔を明るくして私を見た。心から喜んでいるような表情に、私は少し毒気を抜かれた。
「うん。また不動産屋さんなの。前よりももっと小さな会社だけど、いいとこだよ」
「そうか、よかったな」
「うん」
英二はにこにこしながら私を見下ろしたので、私も頬を緩めた。
「いや、お前さぁ、俺と別れた直後に仕事辞めただろ? すげー後味わりぃからさ、仕事見つかったならよかったよ。これでニートにでもなられて俺のせいだって言われたら、最悪だしな」
ホッとしたように英二が笑う。
私は頭から冷水を浴びせられたような気分だった。
この人は、一体何を言っているんだろう?
英二があの時仕事辞めるなと止めてくれたのも、私が新しい仕事を見つけてこうして喜んでるのも、たぶん、全部自分のためなんだ。私のことを心配なんて全くしてなくて、自分が後味悪い気分を味わいたくないからだったんだ。
そう察したとき、私は言いようのない虚無感に襲われた。
「うちよりももっと小さい不動産屋って、大丈夫なんですかぁ? ある日潰れたりしそう」
竹井さんが小首を傾げて心配そうにそう言った。いかにも私が心配ってふりをして。こっちを見る目は私を小馬鹿にしてて。
「ちょっと、あんた達──」
見かねた真理子が何かを言おうと口を挟んだとき、私は後ろから「藤堂さん!」と呼びかける声で振り返った。
そこにはランニングウェアを着た桜木さんがいた。




