砦への帰還
『先ほども言っただろう? 我が大地を汚したくはないと。転移先は貴様らがいる大陸だ。後は自力で帰ればいい』
「ずいぶんと丁寧ね」
チェルシーの指摘に対し、魔王はくぐもった笑いを伴い、
『この場で殺すのも面倒だ……ああ、しかし他に動き回っている人間の内、少しは魔物の餌として捕獲するのもいいな』
「……すぐに他の隊に逃げるよう連絡しな」
チェルシーの言葉に魔術師は頷く。それと同時、魔王は風を発生させ、荒れ狂う魔力を演出する。
『そちらはまだ戦意を胸に秘めているようだが、さすがに分が悪いのではないか? 言って置くがこちらにも限度というものがある。今はまだ許してやろう。さっさと去れ』
「……仕方、ないみたいね」
メリスは剣を下げ、チェルシーに目配せ。それと共に全員退却を始めた。魔王はそれに対し反応を示さない。周囲にいる悪魔達は威嚇を行っているが、攻撃はしない。
そうしてメリス達はその場を去る。ある程度距離を置いたらディリオンは悪魔と共に、泥のように溶けて消え失せた。
ディリオン自身は姿が見えないように上手くやったみたいだな……さて、俺も戻るとしよう。
ひとまず今後の戦い方について伏線を張ることはできた。よって今後は怪しまれないよう行動するだけだ。
「それが一番難しいけど……あのディリオンの頑張りぶりだったらまあ、なんとかなるか」
そう言いながら俺は影をディリオンに追随させる。それに対し彼は、
「護衛はずっとつけてくれるのかい?」
「ああ、色々と機能を付けているし、この大地の魔力を利用すれば、俺が離れてもこうして会話ができる」
「ほう、それは興味深い……まあいつでも連絡が取り合えるようにしておくのはいいね……それでフィスはそのまま戻るだろ?」
「ああ、仲間に気付かれないように移動しないと……ディリオンが上手くやってくれたおかげで、俺は大陸に強制送還されているとメリス達も認識しているだろうし」
「怪しまれることはこれでないと思うし、後はこちらに任せてくれ」
頼もしい言葉。そういうわけで俺は「わかった」と応じ、島を離れることとなった。
俺は単独で魔法を行使して大陸へと舞い戻る。砦へ向かうと既に強制送還された者も戻ってきていたようだった。
「――フィス!」
そうした中、俺に気付いたメリスが駆け寄ってくる。
「大丈夫? 怪我は?」
「突然森からこっちに戻ってきたから平気だよ……けど、砦からずいぶんと距離があって戻るのが大変だった。土地勘がなくてさ」
俺の言葉にメリスは「そう」と声を上げ、
「ひとまず魔王に捕まっていなくて良かった」
「魔王に? 出会ったのか?」
「ええ、その辺りについてはきちんと説明するよ」
「いやあ、さすが暴虐の限りを尽くした魔王だ。迫力が半端じゃなかったねえ」
と、メリスの後方からチェルシーがやって来てコメントする。
「あたしとしてはさすがに面子も足りないから挑んでも厳しいとは思っていたんだけど……正直、メリスが攻撃しないかとハラハラしていたよ」
「あの場では魔術師の方々もいたから、さすがに戦うつもりはなかったよ」
「逆に言えば単独かあたしと二人だったら戦っていたのかい?」
「……さすがに今まで遭遇してきた魔王とは雰囲気が違っていた。撤退していたと思う」
――ディリオンの実力が相当高いのは間違いない。加え、島における戦いでは大地に備わっている自らの魔力を活用もできるため、その能力に拍車が掛かる。
メリスとしても今まで戦ってきた魔王とはひと味もふた味も違うと考えているのだろう……ディリオンが見せた濃密な気配は半分くらい見せかけの部分もあるが、過去に出会った時に見せた実力は相当だったし、メリスとチェルシーだけで勝てたかはわからない。
「これから対策会議をしないといけないが……悠長にこっちの戦力が整うのを相手は待つのかわからないねえ」
「私は待つと思う……というより、次はしっかり準備して対応すると思う」
メリスの言葉。それにチェルシーは「かもね」と答え、
「とにかく、色々と情報は持ち帰った。後は騎士クリューグがどうするか決めるだけだ」
「大規模な作戦になりそうだね」
「そうだね。船を用いて……だけど、果たして上陸することができるのかもわからないね」
懸念を色々と呟き始めるメリス達。さて、騎士達はどうするのか。こればかりはこちらの一存では決められないので、判断を待つしかない。
「ま、今は悩んでも仕方がない。メリス、訓練でもするかい?」
「そうだね」
「元気だな二人は……俺はひとまず部屋に戻っているよ」
二人を残して俺はあてがわれた自室へ。そこでディリオンの声が聞こえた。
『そっちはどうだい?』
「あー、砦に戻ってきたところだ」
距離があるためさすがに正常通りにはいかないようで、少しばかり声が響いているが会話はできるので問題はないな。
ちなみにディリオンの声は俺の頭に直接届くようになっているので、聞き咎められることはない。そして俺の返答も頭の中で、傍からはぼーっとしているように見える。
『ん、やっぱり少し声が遠いな……まあいい、国側はすぐさま動くのかい?』
「そこは現在進行形で会議中みたいだな。ただまあ、何もしないって選択肢はないよ。放置するのが悪手であることはわかっているだろうし」
『そうか……こちらは準備作業を進めていく。海中にも魔物を仕込んでおくけれど、何か要望はあるかい?』
「いや、そっちの自由で構わないよ」
『なら適当な魔物を生み出して用意しておくとしよう……フィス、よろしく頼むよ』
会話が途切れる。どうやら俺が無事に戻れたかの確認らしい。
さて、いよいよ作戦が本格的に開始ということになりそうだな……これからの戦いに際し、色々と仕込みはしたので俺が魔王の協力者であることなどはよほどのことがない限りバレないだろう。ただ、
「もし露見したら今までやってきたことが一巻の終わりかもしれないし……細心の注意は払うべきだな」
そういうわけで、俺は今後自分がどう立ち回っていくかを思考し始める――そんな風にして帰還した日は穏やかに流れていくことなった。




