従者と魔王
城は城壁に囲われているが俺は魔法でそれを飛び越える。ただし正面入口は開いており、非常に無防備な感じだった。
「警戒感がなさすぎだな……」
そんな評価を下した後、俺は入口へと近づいていく。何の問題もなく城内に入ったのだが……内装は白で統一されており、下手な人間の城よりも荘厳かつ、張り詰めた空気で満ちていた。
陽の光を入れる構造になっているのか、魔法の光を利用しているのかわからないが、室内はとても明るい……現在入口には誰もいないが、たぶんここで立っていたら誰かが気付いてやってくるだろう。
その相手がディリオンの側近であった場合は面倒なことになるけど……そう考えていると、
「――侵入者、ですか」
ピンと張り詰めた声。それは真正面からのもので、足音もなく廊下から現われる人影が一つ。
その格好は……一言で表すと、メイド。黒い髪を結い上げ厳しい視線を投げてくるその女性は、見た目は二十歳手前ほど。背丈はそれなりにあるが顔立ちはどこかあどけなさが見え隠れするくらいで、険しい表情であってもあんまり威圧感はない。
で、目の前に現われた彼女は――うん、ディリオンの側近である。
「島内に入っていたのは既に捕捉していましたよ、人間。単なる島内調査で終わるのであれば干渉はしないと思っていましたが……どうやら、この世から消え去る覚悟がおありのようですね」
ヒュン、と風を切る音。気付けばメイドの手には短剣が一つ。
確か音もなく相手の首を斬るという暗殺術の使い手だったか。一応彼女も魔族なのだがずいぶんとまあ人間味のある技能を持っている。
彼女の名前はメル=バウア。魔王ディリオンの側近にしてお目付役。前に城を訪れた時は彼女に付き従うメイドやら兵士やらがごまんといたのだが、現在は彼女一人……いや、どこかに隠れているのかもしれないけど。
そして一番会いたくなかった存在……というのも穏やかなディリオンに対しメルは相当苛烈な性格をしている――いや、違うな。主君を守るべく常に警戒を怠らない守護者としての立ち位置を確保している。見た目はメイドそのものだが、その戦闘技能は並の魔族では対抗できないほど。技量や武器の特性などを考慮に入れれば……メリスやチェルシーを打ち破るかもしれないほどだ。
「しかも単独で……よほど自信があるのか、それとも迷い込んだのですか?」
……さて、どうするかな。
ディリオンからどう命令を受けているのかわからないが、このまま引き下がればたぶん彼女は追わずに見逃してくれるとは思う……つまり専守防衛の構え。しかし「魔王と話がしたい」などと言おうものなら烈火の如く怒り攻撃してくる可能性大だ。
ディリオンが穏やかな性格であるが故に、彼女が盾となっている節があるからな……つまり彼女は自分が魔王を守らなければと考えており、だからこそ信用できない存在に魔王を近づけさせないようにする。仮に俺が魔王の魔力を発して「以前ディリオンと会話をした者だ」と表明しても、たぶん話し合いたいなどと主張した時と同じ結末を迎えるだろう。
つまり――彼女は話を聞いてくれないのだ。
「何も言わない……こちらの気配に圧されましたか?」
問い掛けるメル。俺はなおも口を閉ざす。
「……この城に立ち入ったこと、理由はわかりませんが何もしないのであれば見逃しましょう。しかし二度目はありません。この城を出て、再び足を踏み入れるのであれば……今度は一切の話をせず、私があなたの首を狩ります」
冷たい声音。うん、これは説得できないな。
ふむ、どうしよう。強行突破は――彼女と戦う場合はそれなりに力を出さないといけないからな……少なからず派手な戦闘音を撒き散らすことになり、当然仲間達も他に目もくれずこちらへ突き進んでくるだろう。
幸い俺が消えたこともあって相当警戒しているらしく、森を抜けて周囲の散策をしているくらいなのだが……あの様子だと城の調査よりも地形について調べるかもしれない。なら多少なりとも時間はあるし、できることならその時間を有効活用してディリオンと話をしたい。
けど、メルを説得できる要素がないんだよなあ……どうすべきか思案していると、メルはこちらに一歩近づいた。
「無言で敵意がないとはいえ、この場所はみだりに足を踏み入れてはならない場所です。返答がないのならこちらの忠告を聞かないと認識し、仕留めさせていただきます」
あー、これは無理か……仕方がない。一度城を脱して出直すとするか――
「おーい、メル。待ってくれよ」
その時、メルの後方からずいぶんと間延びした声が聞こえてきた。あ、これは――
「なっ……!?」
そしてメルが驚く。その声が聞こえたのは彼女にとって予想外だったのだろう。
奥から現われたのは……城の内装とは一線を画する青い衣装に身を包んだ男性。髪もまた青く、その出で立ちは王族のような風格すら感じられる。
見た目は二十代半ばといったところだろうか……ただ顔つきは垂れ目かつ笑みを絶やさないような非常に愛嬌溢れたもので、ここが魔王の城であることを一瞬忘れてしまうほど、空気を柔らかくする御仁だった。
「まあまあ、剣を抜くことすらしないわけだし、まずは話を聞いてみようよ」
そして提案する――うん、彼こそこの城の主、魔王ディリオンである。
で、そんな彼の提案に対しメルが慌て始める。
「な、何を仰いますか!? 侵入者ですよ!?」
「けれど彼に敵意はない。どういう目的でここに来たのかまずは話をしようよ」
「あり得ません!! すぐにこの場から離れてください!! 彼は囮で別所に人間が潜んでいるかもしれないのですよ!?」
「彼以外に気配はない。侵入した者達は捕捉できている……だろ?」
ディリオンの問い掛けにメルは言葉を失う。穏やかな口調とは裏腹に、メルへ投げる言葉には少なからず力強さがある。
魔王として、部下には舐められていないということ……彼もまた資質はあるというわけだ。
「さて、侵入者……いや、この表現はあんまりだな。来訪者、この城には何の用で来たんだい?」
そしてメルを半ば無視して一方的に問い掛けてくる。対するメルは俺と魔王を見て右往左往している。短剣は握りっぱなしだが、動揺してどうするのか迷っている感じか。
思わぬ魔王の登場だが、これはこれでやりやすくなったか……そんな風に内心思いながら、俺は口を開くことにした。




