島への侵入
斥候の話が来てから数日後、俺達はいよいよ魔王の島へ入り込むことになった。俺達と共に行動するのは数名の魔術師。彼らによって飛行魔法を使用し、島へ潜入することになる。
「よろしくお願いします」
魔術師達が告げる。それにチェルシーは「おう!」と威勢良く答え、俺達は砦を出発した。
魔王の島について距離はわかっているらしく、飛行魔法を全速力で飛ばせば数時間で辿り着くらしい……まあこのくらいの距離だからこそ脅威だと考えているわけだ。
「お気を付けて」
クリューグが砦の入口付近で声を掛けてくる。こちらは「ああ」と返事をすると、魔術師が飛行魔法を行使。飛翔した。
俺達は基本的に何もしない。飛行魔法には種類があるのだが、今回の場合は泡のような結界を構成し移動すると言えばいいだろうか。俺達は若干浮遊感に包まれながら、魔術師達の魔法によって高速移動を行う。何もせず景色が変わっていく光景は、少々奇妙にも思える。
そのまま海岸線を越えて、海上に出た。周辺には俺達と同様に複数人で行動する隊がいる。魔王がどのような攻撃を仕掛けてくるか不明ではあるが、ひとまず散らばり海中からの攻撃などを警戒しながら進んでいく。
「人数が結構多いな」
「犠牲者を想定しての編成だろうねえ」
と、チェルシーはあっさりと応じる。
「さすがに隊が一つだけだと、敵に集中的に狙われる危険性もあるしね」
「……いいのか? そんなことを言って」
「私達は覚悟ができていますよ」
そう述べたのは魔法を制御する魔術師。
「非常に危険な任務であり、戦闘に入ればどうなるかわかりません……しかし、この作戦が成功しなければ、おそらく勝ち目はないでしょう」
悲壮感が漂うコメント……俺は沈黙を守ることにする。
そうして会話を行いながら飛行魔法によって海上をひたすら進んでいくのだが……やがて、前方に島が見えてきた。
「あれが……」
「はい、目的の島です」
俺はじっと島を見据える。うーん、外観は以前出現した時とまったく変わっていないな。
これは……頭の中で算段を立てている間に、島がぐんぐんと近づいてくる。そして真正面に海岸があるのを発見。
「海岸があるけど、あそこへ行くのかい?」
チェルシーが問い掛けると、魔術師の一人は目を細め、
「まずは海岸線の地形を調べる必要がありますね……」
そう語りながら近づいていく。ちなみに現在まで魔物の気配はない。なおかつ出現しそうな雰囲気でもない。
やがて魔王の島へと辿り着いた。俺達の隊は海岸へと降り立ち、他の隊は別所から入れないかどうかを調べているようだ。
ただ、俺の予想ではここに来ると思う。その理由は――
「ずいぶんと魔力が濃いねえ」
チェルシーが感想を述べ、横にいるメリスが同意するような頷いた。
「うん、木々から魔力が発せられている……魔物の気配をつかむのは難しそう」
彼女の言う通り、森林全体に魔力が滞留している。これは魔王ディリオンが保有する島全体が魔力で形作られているため、とにかく魔力濃度が高いのだ。
「……ん?」
魔術師の一人が後方を見やる。そこで別所から入り込もうとした隊が海岸へやって来た。
「すまない、私達は島の東側から入るつもりだったのだが……断崖絶壁かつ、森から多大な魔力を感じるため、引き返す他なかった」
うん、俺の予想通りだ。海岸以外には魔力が常に存在しているので、近寄ることすら躊躇われるのだ。
こうなると入口はここしかなく……ただまあ、これはディリオンの策略というわけではない。魔王の中でディリオンはかなり特徴的な存在で、自然や大地と非常に親和性の高い魔力を保有していた。自然に優しい魔王というわけだが……そんなもの普通は想像できないよな。
ともかく、その特性により彼の魔力を保有するこの大地は木々などの生育がずいぶんと早い。その結果、森では木々が勢いよく育って密集し、なおかつ魔力すら発しているというわけだ。
魔術師達からすればどこに魔物がいるかわからないような形……さすがにそれで入り込むわけにはいかないよな。
「海岸から進むしかなさそうですね……森に多大な魔力を注ぎ、進入路を限定する。これが魔王に狙いでしょうか」
警戒感をあらわにして魔術師は呟く……魔物や悪魔は存在していても、メリスが語ったように敵の気配を捕捉するのは難しい。
ただ……現時点で魔物の介入などがないことを踏まえると、戦意がない確率の方が高そうだよな。そうであったらこっちとしても嬉しいのだが……。
「真正面を進み開けた場所に出たなら分かれることにしよう」
そう魔術師は提案し、他の者も同意。警戒しながら進んでいくこととなった。
さて、いよいよ魔王の島の探索が始まったが……ここで仲間の顔つきを窺う。メリス、チェルシー共に戦闘モードに入っており、いつ何時敵が来てもいいように構えている。
俺は少し脱力して様子を窺う形なんだけど……まあ二人からすればこの島にいる魔王は強大で、なおかつ暴虐の限りを尽くした存在だからな。表情を厳しくするのは当然か。
実際、そういう気配はなさそうだけど……いや、ここで気を緩めるのはまずいか。俺は一度気持ちを切り替えて、仲間達と共に先へ進むこととなった。
海岸を離れ森へと入り、肌にまとわりつくような魔力を感じ取る。気配探知を大きく阻害し、魔術師は魔王の策略だと発言した。
「こちらの探知魔法を完全に封じ込め、奇襲を前提とした戦いを仕掛ける……そのような形みたいですね」
いや、実際は単なる自然現象なんだけどね……魔王ディリオンの恐ろしさを想像し言及しているみたいだけど、現時点でまだ魔物の気配はない。やっぱりこれは――
そうこうする内に前方に森の出口を発見した。場合によっては森の出口に魔物が大量にいる……そんな可能性を危惧したか、魔術師は「警戒を」と短く呟いた。
「これだけの魔力がある以上、魔王はこちらの動向に気付いているはずです。この状況下でまだ手を出してこないのは、奥までわざと誘い込む気なのでしょう」
うん、そういう風に解釈するのも無理はないよな……けど、たぶん真実は違うだろう。
というより俺はこの状況がどういうものであるかをにわかに理解し始めた。色々と想定したわけだが、おそらくこれは――
頭の中で推測をしている間に、とうとう森を抜ける……その先の光景を見据え、魔術師達は立ち止まった。




