任務と資料
――数日後、俺は騎士クリューグに呼ばれ会議室へ赴いた。ちなみにメリスも一緒で、チェルシーもいる。
「お三方で共に戦うと約束したとのことで、こうしてお集まり頂きました。そして依頼したいと思います……斥候の役目を、引き受けてもらえないでしょうか」
俺達が採用されたらしい……のだが、クリューグの話には続きがあった。
「といっても皆さんだけではありません。複数の隊が一度に魔王の島へと潜入する……その目的は、地形などの確認です。島の中がどのような構造になっているのか……その調査を行って欲しい」
はー、なるほどなあ。まずは現地調査をして作戦を立てるのか。
「数人地形などを確認し記録する騎士が帯同します。皆様にはその護衛任務を行って欲しいのです」
「どうやって島へ?」
俺の問い掛けにクリューグは説明を行う。
「海を調査したところ、大型の魔物が複数確認されました。おそらく魔王が用意した敵……船が来たら沈没させるつもりで用意したものでしょう」
実際は単なる威嚇のためだったけどね。
「しかしそうした大型の魔物以外、使役しているような存在は見当たりません……大型の船が航行すれば被害は免れませんが、少人数による飛行魔法ならば、おそらく捉えられるようなことはなく侵入できると思われます」
「空に魔物はいないのかい?」
尋ねたのはチェルシー。それにクリューグは首を左右に振り、
「現時点では確認できていません。しかし魔王の島にいる可能性は十分あります」
「そうなったら厄介だねえ……でもまあ、島の地理などを把握していないと、島を攻略するのはかなり大変なのは確か。危険でもやるしかないか」
「非常に厳しい仕事であるのは確かです。場合によっては命も……しかし得られる見返りは大きい。護衛の役目、引き受けてもらえないでしょうか」
「わかりました」
俺は承諾。他の二人も頷き、斥候役に任命された。
準備等については国側がやってくれるそうなので、俺達はなおも待機ということになったのだが……ここで俺は一つ思い立って砦の資料室に入った。室、といっても広さはずいぶんとあり、小さめな図書館くらいの本が置かれている。様々な書物――その多くが魔王や魔族に関する物なのだが、そういった書物がずいぶんとこの砦に持ち込まれており、研究員などもいる。
俺は魔王ティリオンに関する資料をいくつか手に取り、資料室の隅で読み始めた。魔族ボノンの情報を始めとして、マーシャやチェルシーの情報からも、ディリオンについては話に一貫性がない。どれもこれもでたらめで、正確にディリオンのことを記述されている情報がないのか、少し確かめたかったのだ。
その結果、
「うーん、これはひどいな……」
頭をかきながら俺は呟く。一通りめぼしい資料に目を通したのだが、ずいぶんとまあ暴虐的に書かれている。
これはディリオンの名前を利用した魔族の、悪逆の限りを尽くした行為が全て彼によるものだとされたってことであり、魔王ヴィルデアルとやはり同じ境遇だと再確認できたのだが……中には多数の生け贄を国に要求し、人間を犠牲にして魔力を高めていたなどという記述の文献まである。実際そんなことをやっていた魔族が当時いたのかもしれないが、それにしたって全てがディリオンのせいになっているのは異常だ。
「魔王だから悪く書かれるのは当然だが……いや、これはもしや……」
ヴァルトの仕業か? ヤツが何かしら介入して、ディリオンに関する事実をねじ曲げた? ただ滅んだ魔王の素性について色々と介入するというのは、動機が理解できないけど。
「そもそもアイツは俺を倒すことが目的としているはずだし、やる理由はないか……」
ただ、頭の隅に記憶しておく必要はあるかもしれない……ディリオンについての情報が資料によってまったく違う以上、何かしら介入があったと考えていいと思うし。
まあ人間が勘違いしまくったという可能性だって考えられるから、あくまで「かもしれない」くらいのつもりで解釈しておけばいいか。
「作戦については……島の中がどうなっているのかが問題かな」
以前は多少魔物がいたけれど基本的に戦意はなく、島内を巡回しているだけだった。よって何の障害もなく俺はディリオンの所まで向かうことができたのだが……。
島の構造が過去と同じの場合、陸地から直線的に進めば海岸にぶち当たる。その海岸以外は断崖絶壁に囲まれており侵入することは難しい。そしてディリオンからすればそこを観察していれば侵入者は見つけられるので、こっちの動きが気取られないように潜入するというのは基本無理だ。
まあ見つかって戦闘になっても俺なら押し通せるだろうけど、今回はあくまで調査だし同行者もいる。ここはまず無闇に戦わず作戦を遂行することを優先して騎士達に恩を売るのが得策……ただその間にディリオンと一度顔を合わせておきたいな。
「ここは出たとこ勝負かな……」
島内の状況によっていくらでも立ち回りが変化するからな。理想的な展開としては、調査中にはぐれて俺だけディリオンの根城へ向かうといったことか……そこで真意を聞くことができれば――
「もし戦意があるのなら……やるしかないか」
――ディリオンはそれこそ戦う意思のない、というより戦うことを嫌うといってもいいくらいの魔王だった。正直生まれ持った魔力が高かったために魔王認定されたようなもので、それがなければどんなに良かったことか……そんな風に思うくらいだ。
彼自身、手にしている魔力の大きさに戸惑っている節があった。自分には不相応な力……そうこぼすのを見たことがあるし、力を持つことで苦悩もあった。
その目的は決して語らなかったけれど……最後の最後まで人間との関係を模索していた。現在もその目的のために何かやろうとしているのだろうか?
「目的が同じだとしたら、方針も変わらないような気はするけど……」
いや、前回痛い目に遭っている以上は、目的が同じでもやり方を変える可能性があるな……と、色々と考える間に時間は経過していく。斥候の詳細についてはいずれチェルシーから聞くとして……他に俺がやっておくことは――
「ひとまずはないか。メリスとチェルシーがどこまで上手く立ち回れるかも、今回の作戦で確認したいところだが」
もし上手く連携がとれなかったら……そんな考えを抱き、ならばどうフォローするかなど、色々と思考をしている間に、日は暮れていった。




