準備段階
「……俺の、勝ちみたいだな」
刃を突きつけた状態で、俺はチェルシーへ告げる。
「再戦してもいいけど、こっちはまだ余力がある。その気になったら剣を無理矢理押しのけて斬撃を加えることもできる……まだやるか?」
「いや、いいよ」
悔しさはない――むしろ勇者フィスの武勇を目の当たりにして、晴れ晴れとした様子だった。
あまりにあっけない結末に、周囲の人もどよめく。魔力技術の応酬であったため、事態を理解している人はどのくらいいるのか。傍から見れば力のぶつかり合いで俺が勝ったという感じではあるけど……。
「さすが、と言っておこうか。なるほど、メリスが教えを請うわけだ」
納得の声を上げ、チェルシーは笑みを作る。
「私が一緒に組む場合、足手まといにならないよう頑張らないとね?」
「……そういえば、勝手に決めていいのか?」
ふと、騎士とかに確認しないといけないのでは……と思っていると、
「ああ、その辺りは話を通しておくよ」
「通す?」
「そっちがどういう経緯でここに来たのかは知らないが、こっちは正式な依頼を受けている。そこそこ権限を持っているから、二人を帯同すること自体は簡単だと思うよ?」
つまり、この国でそれなりに実績を積んでいるってことか。俺は「わかった」と理解し、
「それじゃあ騎士との交渉はそっちに任せるよ」
「承った」
にこやかに――こっちが勝ったから指示に従うってことかな。
まあこれはこれでやりやすいからいいか……彼女に頼んで今後どうするかなど、情報をとってきてもらうとしようか。
そんな感じで色々と算段を立てつつ、俺達は中庭を後にすることとなった。
翌日以降、砦の周辺では大規模な軍事演習なども開始され、さらに傭兵や冒険者といった風体の者達が集まってくる。さすがに砦に全て入れることはできないので、砦周辺の町や村などに散らばっているみたいだが……着々と戦争準備が進んでいる。
チェルシーから聞いた情報によると、現在は準備における第二段階。第一段階は砦などの防衛拠点設置で、その次が兵力の確保。
そして第三段階が船などの輸送準備。現段階でも魔王が侵攻してきたら対応できる態勢みたいだが、攻めるとなると輸送手段が必要になってくるので、その準備というわけだ。ただ既に船などは複数が別所に用意されているらしく、周辺海域の安全が確保されたなら、こちらへ向かってくるらしい。
「海岸線に魔術師などが張り付いて、海中にいる魔物の動向などを窺っているらしい」
チェルシーは話す――時刻は朝。起床し身支度をして食堂に来ると、彼女が座っていたので対面に座り朝食をとりながら話を聞くことになった。
「現状、海に魔物はいるにしても魔王の島が発生する前くらいの数だって話だ。よって、近いうちに輸送船が到着するはず」
「着いたら侵攻開始……ってことか?」
「そのようだけど、ちょっと性急過ぎる気もするねえ」
パンをかじりながらチェルシーは言及。確かに砦の建造から始まり冒険者を文字通りかき集めるような
状況。さらに船を用意するのはいいが、この調子だと船が来たら即座に出撃という事態に発展しそうだ。
「ま、気持ちはわからなくもないけどね」
チェルシーはそうコメントして、解説を行う。
「この国は沿岸部の観光産業が主要産業の一つだからね。魔王が島を伴って出現した時点でその辺りに大打撃。お客さんがゼロになったわけではないし、島から遠い場所はまだ影響も少ないって話だけど、このまま放っておけば文字通り干上がってしまうからね」
「影響を懸念して、できるだけ早く決着をつけたいわけだな」
だとするならこの急ぎ足も理解はできるのだが……。
「なあチェルシー、もし船が到着してすぐさま魔王の島へ、となったら俺達はどうするんだ?」
「たぶん功績もあるから帯同するんじゃないかい? ただその前に、もしかすると一仕事あるかもしれないけどさ」
「……何だ?」
疑問で返すと彼女は意味深な笑みを浮かべ、
「斥候を出したいらしいんだよ」
「斥候……魔王の島に?」
「そうさ。船を用いて攻める前に、魔王の島がどういう状況なのか……それを確認したいと」
……少人数なら、飛行魔法を用いればまあ不可能ではない。島まで距離はあるにしても、それなりの使い手ならたぶん大丈夫。
ただし、非常に危険が伴う任務である……加え斥候ということなら普通は兵士や騎士など国に所属する人間がやるだろう。
「出番がありそうな話だけど、その斥候に俺達が候補に入っているのか?」
「あくまで可能性の一つだよ。調査するに当たって能力の高い護衛が必要になる……ただ非常に危険な任務だ。人選はしているみたいだけど、受けてくれる人がいるかどうか……そこについて騎士様は懸念を抱いているみたいだけどね」
なるほど……ただそういう名目で島に入れるのなら、魔王ディリオンと接触できるかもしれない。
俺としては彼がどう考えているのかなど、心境をまずは確認したい。ただもし敵意がなく攻めるつもりがないにしても、さすがにオルワード王国と交渉などということは無理だろう。国からしたら魔王を滅する以外に事態の解決手段はない。
ディリオンが味方になりそうなら、一計を案じ対処するか……そう決めると、チェルシーへ口を開く。
「もし騎士と斥候について話があるなら、こっちはやる気だとさりげなく推薦しておいてくれ」
「お、頑張るね」
「まあな……ちなみにだけど、チェルシーは今回現われた魔王についてどういった情報を知っている?」
「悪鬼悪辣の権化とでも言おうか。ずいぶんとまあ、派手に暴れたそうじゃないか」
……思わずそれは別の魔王じゃないかなどと問い掛けたくなってしまった。本当に、何一つとしてディリオンの真実が伝わっていないなあ。
まあ魔王というだけで人間はネガティブなイメージ持つからな……人間を滅ぼすという考えは魔王にとって当然であり、博愛主義者など存在しない……そう頭から決めつけているわけだ。
うーん、俺が本来の目的である同胞達にすみかを与えるという行動について、多少なりとも人間の認識を変える必要性があるのかな。その方法はまだ思い浮かばないけど……。
「話自体は通しておくよ。後は運だね」
チェルシーが告げる。そこで俺は「頼む」と告げ、朝食を平らげることにした。




