両者の関係
「ずいぶんと思い切ったことをしたねえ」
場所は食堂。運動の後におやつでも食べようかという雰囲気で俺達はここに来た。チェルシーはランチセットを注文したようで、席に着くなりガツガツと食べ始める。
ちなみに俺も軽食を頼んだ。食べてみると結構おいしい。兵の士気を上げるのに食事というのも効果的だからな。気を遣っているのだろう。
「メリス、剣の師匠以外に人と関わろうとしなかったあんたが、ずいぶんな変わり様だ。しかも勇者の息子とは」
「強さを得るために、必要なことだったから」
「あれ、いいのかい? そんな言い方をしたらフィスさんに利用されているだけだと思われるよ?」
「それについては了承しているよ」
俺は苦笑しながらパンを口に運ぶ。
「それはわかった上で俺達は共にいる……魔王討伐なんて目標を掲げた間柄だ。他にパートナーもいないし、彼女と組むのが良いと思ったし」
「なんだか変な関係だね。ま、二人が納得してるならいいか」
と、彼女は食事の手を止め、
「魔王ヴィルデアルの部下だった人間……そうした人物と手を組んでいるのは、理由があるのかい?」
「個人的な理由はもちろんある。けれどそれについて語ることはしないよ。メリスには伝えてあるけど……これは旅を続けて一定の信頼を持っているからだ」
「なるほどね。ま、メリスのことをどうにかするってわけではなさそうだし、二人が旅をしていることについてとやかく言うつもりはないさ」
「――意外ね」
と、メリスが口を開く。
「私のことなんかどうでもいいと思っていたけど――」
「馬鹿言っちゃいけない」
ほんの少しだけ――怒気を混ぜたチェルシーの言葉に、メリスは面食らった。
「確かに私とメリスは仲が悪かった。それは周知のことだったし私も認める。だがそうだからといって、陛下と共にあの城で過ごした以上、私達は立派な仲間だ。それを死ねと思ったことは一度もない」
はっきりとした物言いにメリスは目を丸くするしかない……情に厚い――確かチェルシーはそういった性格だったはずで、だからこそ仲の悪かったメリスについても多少ながら心配していたのだろう。
「ま、その様子だとメリスは私のことなんてどうでもよさそうな感じだけど」
「そんな……ことは……」
「ああ、別にその辺りはいいんだよ……というかまあ、私は実質わざとやってたところもあるからね」
にこやかに――立て続けに放たれる発言に、メリスは再び目を丸くした。
「わ、わざと?」
「だって、陛下の近くにいていっつもしかめっ面で仕事をしていたじゃないか。少しは顔をほぐさないと、固まってしまうと思ってね」
「余計なお世話」
「そうかい? 元来魔族というのは負の感情が表に出てくる種族だけれど、陛下だって笑って仕事してもらった方が気持ちよかったはずだよ?」
ああ、そこはとりあえず同意する。
思えば、メリスは鉄面皮とまでは言わないけど、あまり表情の変わらない部下だったな。それは意図したもの……魔王である俺に対し粗相がないようにしているからだと認識していたので、何も言わなかったけど……こちらとしてはもっとフランクに接してもらって良かったのだが、同胞を救い続けたことで積み上がった権威などにより、おいそれと軽い口調で物事が言えなくなったのは事実だな。
それが良かった悪かったについては……多少窮屈ではあったけれど、その内慣れたのであまり思うところはなかった――そういうところで色々と勘違いさせていたのかもしれない。
もう少し態度を軟化させていたら……と一瞬思ったけど、それだと助けた同胞がまとまることはなかったのかなあ。悩ましいところだ。
「そう、かな……? 私は忠実に仕事をする方が良かったと思うけど」
「笑いながら忠実に仕事すれば良かったじゃないか」
「いや、その……」
職務を忠実に遂行するというのと、楽しく仕事するのを両立とかは普通なら難しいよな。メリスが器用ならできたのかもしれないけど、さすがにそんな能力はないだろうし。
と、対応にメリスが困惑しているとチェルシーは破顔し、
「ま、その辺りのことはいいさ……で、だ。こうやって偶然にも出会ったわけだし、一緒に仕事をしないかい?」
……思わぬ提案。彼女の様子から、犬猿の仲といってもメリスが苦手としていたという感じに思えてくる。
俺としては仲がいいのは問題ないのでそこはいい……のだが、別の問題が出てくる。
組むこと自体はいいのだが、チェルシーの性格は元来好戦的。もし魔王の島へ入るということになったら、確実についてくるだろう。
そうなると俺は単独行動というのがしにくくなる……うーん、手を組むことが良いのか悪いのか。
肝心のディリオンがどう動くかについてまったくわからないわけだし、ひとまず一緒に戦ってもらった方がいい……かな?
「俺は構わないよ」
ということで承諾。チェルシーは「話がわかる」と手をパチンと鳴らし、
「といっても砦の中まで一緒に行動というわけではないが……そうだ、リーダーは決めておくか」
「リーダー?」
「ここは単純に誰が実力的に一番上か……それで決めようじゃないか」
――それを口実に単に俺と戦いたいだけだな、彼女。
まあ力を示せば従ってくれるのでわかりやすいと言えばわかりやすいけど……あ、これを利用してもし手を組み一緒に魔王の島へ向かうことになっても、色々と説得できるようになるかもしれない。
「ああ、わかった」
俺は返答。それでチェルシーは「なら」と小さく呟き、
「今からでもいいかい?」
「……さっき打ち合いをやって、なおかつ食事の後にやるのか?」
「あたしは別に構わないぞ?」
「……うんまあ、そっちが望むタイミングでいいよ」
こちらの言葉にチェルシーは満足そうな表情を見せ、
「そっちも軽食を頼んでいることだし、少しばかり時間を空けようか――場所はさっきと一緒で砦の中庭だ。ギャラリーが集まるだろうけど、別に構わないだろ?」
「ああ、こっちは問題ない」
「なら良し……音に聞こえしその実力、見せてもらおうじゃないか」
本当に、生き生きとしている……そんな態度に俺は内心で苦笑しつつ、決闘の約束をしたのだった。




