因縁の相手
メリスは普段穏やかな性格かつ、基本的に誰かに突っかかるような性質ではないため訓練でも頼まれたのかと相手に視線を送ったら……原因がはっきりとわかった。
「……彼女も来ていたのか」
小さく声を発した後、俺は外に出るべく歩き始める。建物の上階からでもはっきり聞こえる金属音。先ほど窓から見たところ人だかりができていたくらいなので、結構良い勝負なのかもしれない。
程なくして下に到達し中庭へ。そこではメリスがなおも戦っていた。
「はは、やるじゃないか!」
その声は相手からのもの。メリスと比べやや大振りな長剣を振るのは女性。赤い髪を後ろで束ね、美人ではあるけれどその顔には鬼気迫った様子が窺え、男の人は寄ってこないだろうなあ、となんとなく思う。
そんな彼女は、以前マーシャと話し合った時に話題に出した魔族……チェルシーだった。
「だがメリス! 防戦一方ではあたしに勝てないぞ!」
そんな声を発しながら彼女は剣を叩き込み続ける。状況は一目瞭然であり、メリスが完全に押し込まれている。
技量などを含めたものはチェルシーが上なのか……と最初思ったのだが、どうやら少し違うようだ。
というのも、メリスはいつもと動きが違う。どうもチェルシーの力押しに真っ向から対抗するように戦っている……つまり、相手のテリトリーにあえて踏み込んでいるわけだ。
これでは当然不利になる……のだが、メリスとしては引けない所なんだろう。たぶん「相手の陣地で勝利し、鼻を明かす」というのを目論んでいるのか。メリスにとってチェルシーは城にいた時から因縁を持っていて、完全に犬猿の仲だったからな。真正面から戦って勝ちたいという欲求があるのだろう。
それはいいのだが……というか相手に有利な戦況で勝とうとする必要はどこにもないと思うんだけど……自分に有利とまではいかなくとも、互角の勝負にできれば今まで積み重なった経験から勝てそうだよな。
と、そんなことを思っている間に勝負が決まる。メリスの剣にチェルシーが容赦のない一撃を加える。それに当のメリスはどうやら耐えきれなかった……結果、剣が弾き飛ばされ地面に落ちる。
そして首筋に突きつけられる刃。勝負あり――勇者メリスの名声はそれなりに響き渡っているようで、この結末に周囲の人々からは驚きの声が漏れる。
まあメリス本人は勇者の肩書きをあまり気にしていないので、敗北を見せてしまっても大して気にしないと思うけど……少しの間沈黙した後、メリスはゆっくりと剣を拾い上げた。
「私の負けね」
「冷静になっているように見えるが、はらわた煮えくりかえっているだろ?」
チェルシーの問い掛けにメリスの体に力が入ったのがわかる。けれど彼女はあくまで冷静に、
「ともあれ、あなたと手を組めて心強い」
「へえ、そんなことを言われるとは思わなかった。社交辞令かな?」
どことなくけんか腰。しかしメリスとしてはここで怒ってはさすがに周囲から不審の目を注がれる。よってぐっと堪え、
「ともかく、よろしく」
「ああ、よろしく」
笑うチェルシー。そこでメリスは俺に気付いたらしく視線を向ける。
「フィス……」
「知り合いか?」
問い掛けると彼女は首肯。そこでチェルシーが反応し、
「お、メリスの仲間かい?」
「そうです。フィス=レフジェルといいます」
俺の名は知っているのか……と、彼女は即座に目を見開いた。どうやら理解できたらしい。
また周囲の人々もざわつき始める。以前、魔王ガルアスとの戦いでも似たようなことがあったし特に感想も抱かないが、明日以降こちらに向けてくる視線が増えそうだな。
そうした中でチェルシーは別の意味合いで驚いているに違いない。レフジェルという姓名は彼女も把握していた様子。つまり、俺が主君であった魔王ヴィルデアルを打ち破った勇者の息子であると理解している……まあ、その息子が魔王の意思を持っているんだけど。
「へえ、あんたが……」
品定めでもするかのように俺のことを見据えるチェルシー。とりあえず殺気はない。魔王を倒した勇者の息子に対し、純然たる興味を抱いている様子。
ただこの場合、メリスが一緒にいることで関心を持っている可能性が高そうだな。勇者の息子であるのにメリスが傍にいる……何か理由があると察したことだろう。それが何なのか……聞いてみたい、という欲求が根底にあるような気がする。
「と、挨拶をしないとね」
彼女はそこで我に返り、自身の胸に手を当てた。
「あたしの名はチェルシー=マーレッド。勇者と呼ばれるような身分ではないけれど、まあそこそこ魔族を討ってるし、剣についても自信はあるよ」
「そうですか……メリスとはどういう関係ですか?」
「敬語はくすぐったいから勘弁してくれないか?」
男勝りな声音で要求してくる。それに対し俺は「なら」と答え、
「遠慮無く普通に話をさせてもらうけど……友人、ってことでいいのか?」
「友人とはまた違った関係だな。言ってみれば……腐れ縁ってところかな」
腐れ縁、ねえ。まあ確かに魔王ヴィルデアルが滅んで以降もこうして遭遇したわけだ。彼女がそういう言葉を選ぶのも無理はない。
「――この人には、私の事情は伝えてある」
ここでメリスが口を挟む。するとチェルシーは驚いた様子を示し、
「事情……ってことは、もしや――」
「うん」
主語のない問い掛けではあったが、チェルシーは理解した様子。
「なるほど、これは面白い……つまり彼と共に行動する明確な理由があるわけだ」
「私は現在、彼に色々と技術を教えてもらってる」
「なるほどねえ……でも、私と戦っている時、そうした技術を見せていなかったけれど?」
「必要ない」
ピシャリとしたメリスの物言い。それにチェルシーは苦笑した後、周囲を一瞥し、
「ここだと余計な人間がいて、まともに話もできないな……場所を移そうか。あたしとしても勇者フィスに興味が湧いた。たっぷり話をしようじゃないか」
にこやかにチェルシーは告げる……その瞳には、俺に対する興味が確実に注がれ、またどこか楽しんでいる様子さえあった。




