戦わない魔王
魔王ゼルドマを倒し、ついでに彼の配下であった魔族ボノンを引き連れ、俺達は一度マーシャの屋敷へと戻る。彼女は出迎えると「お疲れ様」と俺達を労い、
「さて、暖かいご飯でも食べましょうか……ちなみにその魔族は……」
ムスッ、とした魔族ボノンを見てマーシャは苦笑する。ちなみにここに至るまでに彼はただ俺達の後をついてくるだけ。俺がそんな感じに指示したからなのだが、魔法に抵抗する素振りなど一切無し。
最初は主君が滅び茫然自失となっていたようだが、次第にそれもなくなり残ったのは空虚な感情だけ。俺達に恨みはあるのかという質問に対しても「どうでもいい」という本音が飛び出すくらいに自暴自棄になっていた。
ただ、マーシャも前世の俺――魔王ヴィルデアルが滅んだ直後はそういう感情があったらしいので、こればかりは時が経過しなければ解決しないという結論に至った。基本的に俺の指示により人畜無害となっているし、ここに戻ってきた以上、魔法の権限をマーシャへ委譲するつもりなので、問題にはならないはずだ。
俺達はそのまま一度部屋に入って楽な格好となり、食事を行う。そうした中で、マーシャは次の魔王について言及した。
「メリス、次の魔王……というより、復活した魔王について情報があるのだけれど」
「それは?」
「大陸東の果て……海を隔てて無人島があるのだけれど、そこに魔王が復活した。七百年前に存在していた魔王……名はディリオン=ファザルト」
「その名は確か……人間に相当な被害をもたらした……」
メリスの言及にマーシャは「そうね」と答えながら俺を一瞥する。こっちはひとまずその解釈でいいと思ったので、無言を貫いた。
言わば七百年前の俺みたいな存在であるディリオン。顔を合わせると結構気さくで良い奴だったのだが、最終的に彼は様々な噂が立てられた結果、自ら滅ぶ道を選んだ。
元々人間と国交を開こうという意思もあった魔王だった。今考えても無茶だ、と言うべきところなのだが、それでも彼はやろうとした……目的はあるのだが、さすがにそれを言うことは憚られる。というのも、ひどく個人的な理由だからだ。
けれど彼はその目的のために頑張った……もっとも、結局望みは叶わないまま滅びの道へ進んだので、ある種俺より悲惨かもしれない。
「ああ、その魔王の名は知っているぞ」
どこか仰々しく、ボノンが口を開く。
「ずいぶんとまあ派手に暴れた魔王らしいな。何でも老若男女問わず人をさらい、奴隷にしていたそうじゃないか」
「……そんな話、あったっけ?」
眉をひそめるマーシャに対し、ボノンもまた眉をひそめ、
「私が陛下と共に活動していたのは三百年前だからな。その時の噂と現在とでは伝わっている内容が異なるのかもしれない」
かといって四百年ほど差があるからなあ……ちなみにそれも誤解である。確かに彼の名を利用して暴れていた魔族の誰かがそういうことをしていた、かもしれない。けれど大陸中というわけではなく、地方の惨劇が大陸中で起きた、と話が拡大した結果なのだろう。
魔王ヴィルデアルもこうした噂により、後々話に尾びれがついたりするのだろうか……などと考えていると、マーシャが言及。
「ま、ともかくそういう魔王が出現した。メリス、どうする?」
「他に活動している魔王はいないの?」
「現在、他に情報はないわ……というより、こんなにポンポン魔王が復活するなんて無茶苦茶もいいところよ。その時点で異常事態よね」
確かに……魔王ロウハルドに始まり、ゼルドマ、さらにディリオン……しかも徐々に年代が遡っている。
これはもしかすると……俺は口元に手を当てる。俺にとっても面倒な敵を、おそらくヴァルトと思しき敵は復活させようとしているのではないか。
深く考え込む俺を見てメリスやボノンなんかは、俺自身どうするのか考えているのだと認識したことだろう。けれどマーシャは違う。聞きたそうにしているのが丸わかりであり……ともあれ彼女と一度話をしなければ、と思った。
夜、俺はマーシャの部屋を訪れ作戦会議を開く。相変わらず丁寧な口調に戻り、俺へと説明を行う。
「現在ディリオンは何も行動しておりません。ただ、一つ問題点が」
「問題?」
「複数の魔族が、魔王復活の噂を聞きつけて島へと向かっています」
ほう、なるほどな。
「大方ロウハルドのように力をもらいたいがために移動しているな」
「これも陛下が仰っていた存在の作戦でしょうか?」
「どうだろうな。正直ディリオンは魔王にしては穏健で戦うことはしないからな……ともあれ、前回はあまりに平和主義的な動きによって自身が抱えていた目的も失敗した。今回目的を携え動き出すにしても、やり方を変えるかもしれない……それにつけ込み魔王を復活させた存在は、何か吹き込んだかもしれない」
「今回ディリオンは敵に回る可能性があると」
「そうだな。ともあれ俺は向かうことにするけど……他に情報はあるか? 俺が観察を頼んでいた場所については?」
「観測点については異常ありません」
「わかった。けれど引き続き観察は継続してくれよ」
「承知致しました」
――俺はディリオンのことを思い返す。正直人間を脅かすとは思えないけど……いや、俺が七百年前のディリオンをイメージしているだけで、実際は何か変調をきたしているか、あるいは考え方そのものが変わっている、かもしれない。
「ともかく行けばわかる……ちなみに神族や各国の動向はどうだ?」
「神族は新たな魔王が出現したことで警戒していますが、表立った動きはまだありません……これはもしや、ディリオンがどういう性格なのかを知っているためでしょうか?」
「だろうな。ディリオン自体を知っている神族は……過去の主神なら把握していたと思うが、今はわからない。資料か何かに残っているのかもしれないし、それに基づいて行動している可能性は高そうだ」
「なるほど……各国はひとまず注意するような形で騎士団の訓練などを活発化しています。なんだかきな臭くなってきましたが……」
「確かに。下手するとどこかの国が軍備拡大に対しいちゃもんを付けて人間同士で戦争、なんてことになりかねないな」
むしろそれがヴァルトの目的だろうか……?
「とにかく、まずはディリオンの真意を聞かなければ始まらないな。俺は島へ赴くことにする。マーシャは神族含め、大陸の情勢を引き続き調べてくれ」
「はい、わかりました」
返事を聞いた後、俺はゼルドマとの戦いで気になったことを思い返す。
「そういえば、マーシャ。俺の部下で……チェルシーはどうした?」
「チェルシー? 前線指揮官のチェルシーですか?」
「ああ。メリスが剣術を習う場合、彼女は候補に挙がらなかったのか……あるいは、少し動向を気になってさ」
その言葉に対し、マーシャは少し間を置き……やがて、話し始めた。




