死に際の抵抗
メリスの剣戟は今まで以上に魔力を乗せ――いや、これで決めることができると確信したか、全身全霊の魔力を注いだ切り札を投入し、刃が立て続けに魔王ゼルドマへと刻み込まれる。
相手は呻き、回避しようと身じろぎするくらいしかできない。単純な攻防ではもはや収拾がつかないとわかったようで、魔法を行使するべく魔力を溜め始めたが、メリスの斬撃はそれを見計らい腕へ一閃。結果として魔力は霧散する。
それはまさしく一方的な蹂躙であり、魔王ゼルドマに止める術はなかった……魔王側は最初から魔法などを駆使しメリスに仕掛ければ勝機はあったはずだが、それをしなかったのはあくまで魔物を生成するという本来の戦術に固執したからか……いや、メリスは絶えず刀身に魔力を注いでいた。つまりもし魔法を使われても今みたいに防ぐ手段があったはず。
ゼルドマはそれを察知していたかどうかは……まあたぶんわかっていたのだろうな。だからこそもし発動すれば一気に終わらせることができた魔物生成にこだわった。結果として罠にはまり、手遅れとなった。
メリスの斬撃を受け、魔王ゼルドマの魔力が弱まっていく。どうやらこれで終わりだと俺は内心確信すると共に、魔王も自覚しているのか顔に苦悶の表情が浮かぶ。
やがて――メリスの乱舞が途切れ、魔王はゆっくりと倒れていく。
「や、った……」
彼女はそう呟いた矢先、倒れかけていたその体は無理矢理体勢を立て直し、メリスと距離を置いた。
「まだだ、人間風情が……!」
さすがにここまで一方的な状況になれば悪態もつくか。魔王ゼルドマは挽回するべく魔力を高める。
とはいえメリスも即座に攻勢に転じ、駆ける。相当ダメージを受けた魔王は対応も遅く、彼が魔法を放つ前にメリスが剣戟が炸裂。魔力が相殺され、またも攻撃は不発だった。
ゼルドマとしてはどうにかしてメリスに反撃したいはず――その時、ギシリと謁見の間内にある魔力が揺らいだ。いや、それは軋みといっても差し支えないもの。ゼルドマがどうやら無理矢理魔力を発したことによるものみたいだが……果たして何をするのか。
けれどメリスがなおも追いすがる。窮地に陥っている魔王画だが、目はまだ死んでいない。
「――どういう理屈で妨害しているのかは知らないが」
そこでゼルドマは声を発する。
「この手法ならば、止めることはできまい!」
刹那、彼の胸部辺りが突如魔力に包まれた。さらに言えば黒い衣装に対しさらに黒で塗りつぶすような色合いの魔力を発したかと思うと――その胸部から、突如狼の頭部が出現し、メリスへ向け食らいつこうとした。
「っ……!?」
さすがにこれは予想外だったのか、メリスは急ブレーキを掛けて即座に後退する。俺もまた少々びっくりした……これはどうやら、身のうちに魔力を維持したまま、体の内部で魔物を形作り、それを表層に出したってことか。
「成功したな……どうやら快進撃もこれで終わりのようだ」
切り札が使えるようになったためか、窮地に陥っているにもかかわらずゼルドマは笑う――確かに俺の魔法は発した魔力が形にならないよう妨害しているだけなので、体の内で形を成した存在に対しては確かに効果がない。
ただ、ここまで使わなかったのには無論理由がある。あれは言ってみれば身の内に魔物を発生させるようなもので、体の内部にダメージが入るはずだ。
だからこそ、ゼルドマだって考えもしなかったはずだが……死を前にして、思いついたようだ。
また、これはゼルドマにとって相当メリットがある技法だ。どういうことかというと、自身にダメージがある技法ではあるが、自分の魔力と一心同体になっているため、魔物の生成が瞬間的であってもある程度強化することができるはず。
「なるほど、ようやくつかめてきたぞ」
そうしてゼルドマは声を発する。
「貴様は魔物の生成するための魔力に対し妨害を仕掛けている……よって身の内で魔力を溜めさえすれば、問題はないわけだ」
「確かにそうだが、時既に遅しじゃないか?」
俺の言葉にゼルドマは笑みを見せたまま。
「体の内にのたうつ蛇を飼うようなものだ。そうやって魔物を維持するだけでも、体に影響があるだろう?」
「小事だな。貴様らを殺せるのなら」
「確かに敗北イコール死ならば、やってもおかしくないな……それで、だ」
俺は右手をかざしながらゼルドマへ告げる。
「次の手法は思いつくよ。体の内部で魔物を形作り、それを外部に放出する……だろ?」
ゼルドマは普通、魔力を発して外部で魔物を作っていた。けれどそれは妨害されているので、やるとすれば内部で形成して外部に出す……まあこれしかないよな。
「警告しておくぞ」
だがそこで俺は、魔王ゼルドマへ告げる。
「もし俺が語った方法で魔物を作ったとしても、結局は同じことだ。無様な結末を迎えたくないのなら、やらない方がいい。死にざまは清々しい方がいいだろ?」
個人的には魔物を作ってくれた方が維持している魔法の真価を発揮するので仕込んだ甲斐があるのだが……それに対しゼルドマは笑う。
「愚かな。仕組みに気付いた魔法に何の意味がある……貴様の策は敗れた。ここから、逆転の時間だ」
ゼルドマの魔力が高まる。メリスの乱打を受け続け残る魔力も少ないはずだが、それでも良くやっている。
とはいえ、どうやら俺の魔法について本当の力が発揮されるようだ……メリスは剣を構え魔物が出現しても対応できるよう準備を整えている。いつのまにか切り札の魔力強化については解除しており、余力も残っている様子。
たぶん目の前の状況みたいなことを想定し、予め魔力を残していたのだろう……と、ゼルドマが魔物を生成し始めた。悪魔が胸部から出現し、一体、また一体と床へ降り立つ。
魔王の顔が歪んでいることからも、苦痛を伴う行為であることはわかる。しかし俺達を潰せるという恍惚感が上回っているのか、時折笑みを見せるくらいだった。
……正直頑張ったと評価したい。俺の予想を上回るような形で魔物を生成したことは、評価に値する。
だが、所詮そのくらいだ。
「残念だ……終わらせるとしようか」
俺はそう呟き、悪魔を生み出したゼルドマに対し、魔法を行使した。




