奇襲一閃
「ボノン、何をしている? その人間共をどうする気だ?」
疑義の眼差しを向ける魔族シェルガーに対し、ボノンは無言で近づいていく。
「おい、どうした? 何が起きた?」
なおも問い掛ける魔族に対しボノンはなおも沈黙。そして眼前にまで辿り着く。
「……よし」
俺は一つ呟いた直後、シェルガーに接近。何事かと眉をひそめるシェルガーに対し――こちらは動いた。
すかさず攻撃態勢に入る。一瞬で光の拘束を解き、さらに腰にある剣を抜き放ち目前の魔族に対し一撃見舞う……そういう意図だ。
ただしそれを実行するためには、相応の瞬間的な速度が必要となる……が、俺にとっては余裕で実行できるくらいのものであった。
光の拘束が一瞬ではがれる。シェルガーが何事かと目を見張る間に俺は剣を抜き放ち、その体へ――見事、一閃した。
「な――」
シェルガーは何もできないまま、剣戟を身に受け、グラリと体を傾ける。そして彼は、床に倒れ込み消滅した。
「ずいぶんとまあ、あっけないな」
「な、な……」
ボノンが驚くような声を上げる。俺はそれを無視しながら魔力を探ると、謁見の間に存在する魔力がずいぶんとゆらめいた。
さすがに部下を滅ぼされれば反応はするか……では踏み込もうかと思った瞬間、城の入口方向から気配がした。
「あー、異変を感じて戻ってきたのか」
とはいえゴルという魔族の気配ではない。シェルガーが魔王ゼルドマの部下ナンバー2らしいので、残っている魔族は……と、考えているところで魔族が視界に入る。数は二体。よって残る部下二名ということになる。
ふむ、さっさと始末してもよさそうだが、謁見の間にいる魔王の気配も注意しないといけない。ならばここは――
「ボノン」
「な、何だ」
声がうわずっている。俺がどういう指示をするのかわかっている様子であり、
「とりあえず、頑張ってくれ」
「貴様ぁ!」
「よし、ボノン。それじゃあ魔族二名を相手にしてくれ。場合によってはさっさと倒してくれればいい。死にそうだったら……まあ頑張れ」
「――おおお!」
声が響く。とはいえ決して俺の命令を受けて奮起しているわけではない。言ってみれば俺の指示を受けたくないのに従ってしまうという、悲しみが多分に含まれていた。
もっともきちんと俺の言葉には従う様子で、魔族二名へとボノンは攻撃を仕掛けた。当の魔族達はまさか味方が裏切るとは……そういう心境で狼狽した様子だったが、それでも迎撃するため構える。
そして交戦が始まった。といってもさすがに手の内を知っている者同士の戦いであるためか、相手の出方を窺うような探り探りのものであった。
ま、放っておいていいだろう。問題は外に出ているゴルという魔族だな。もし彼が来たらボノンに勝ち目はない……ま、そうなったらそうなったで仕方がない。生き残ることを少しだけ祈っておこう。
で、いよいよ魔王ゼルドマへ……と、考えていると勝手に謁見の間につながる扉が開いた。
「迎えてくれるわけか」
「みたいだね」
メリスは剣を抜きながら前方を注視。そして見えた姿は、
「ボノンを魔法によって使役したか」
朗々たる声。青い髪を持つ二十にも満たない青年……傍からは少なくともそう見える。格好は黒を基調とする貴族が着るような衣装……ただし黒マントはない。
「……面倒なものを引き寄せてしまったようだ」
ゆっくりと立ち上がりながら、その視線は俺やメリスの後方。ボノン達が戦う光景を眺めているらしい。
「そちらの目的くらいは聞いておこうか」
「あんたの首だ」
こちらは一言。それで魔王ゼルドマは理解し、
「なるほど、いいだろう……私の名はゼルドマ。この名を聞いたことがあるか? 古の魔王が再び現われ、お前達人間を蹂躙するために動き始めた」
「こっちは魔物が増えていることに気付き、調査した結果がこれだからな」
「なるほど、上手くやっていたつもりだったが、漏れてしまったわけか。ならばきちんと対処しておかなければならないな」
俺達へ近づく。そして右手を軽く振ると、その手には剣が生まれた。
「……ただ、一つばかり興味がある。ボノンを使役した事実を踏まえれば、援軍を呼べばいいだろう? なぜ二人で来た?」
「逃げると思ったからだよ」
率直な言葉に対し、ゼルドマは「なるほど」と小さく呟く。
「こちらの動向を警戒したのか。確かに雲隠れされれば面倒なことになる……が、二人で挑もうなどということは、それなりに腕に自信があるにしても無謀極まりないな」
「そうかもしれないな」
「普通ならば嘲笑するところだが、あいにく私は違う。ここまで策を用いてやってきた以上、相応の態度で接することにしよう」
剣を構える……が、本命はおそらく彼が握る剣とは違う。
ゼルドマの真骨頂は魔物生成能力にある。戦闘が始まった直後に魔物を多数生成し、俺達を取り囲んで蹂躙するというのが基本戦法になるはず。実際、前回暴れていた時も似たようなことをしていた。もっとも、そうであっても人間に負けたわけだが。
魔物の強さは作成時間に比例していたはずなので、瞬間的に作っても大した強さにはならない……のだが、ゼルドマは数でそれを補うことが可能で、瞬殺しても次から次へとやってくる。これが一番面倒であり、また野を魔物で覆い尽くすだけの数になったわけだ。
そして同時に、ゼルドマが向ける俺達への視線はずいぶんと警戒している。これまでの魔王は力を持っているという自負から、基本的に侮っている様子があったのだが、目の前にいる魔王は違う。それは自分自身の能力を理解し、なおかつ過去の記憶により人間に警戒を抱かせているのか。
ふむ、油断したところに剣を突き立てるという方策はできそうにないな……ということで俺はいくつか考えていた計画の中で一つを選ぶ。
「……メリス」
俺は小声で彼女の名を呼ぶ。
「魔王は間違いなく魔物を生む。俺はそれをどうにかするから、メリスは魔王に注力してくれ」
「わかった」
どういう方法で、とは訊かなかった。仕込みのことがあるし、何より俺のことを信用しているためだろう。
「それでは、始めようか」
ゼルドマが告げる。同時、後方から轟音が聞こえてきた。
気配からしてボノンが魔法か何かで同胞を吹き飛ばした様子。それで倒せているのかはわからないが、ひとまず健闘はしているようだ。
その時、ゼルドマが動く。合わせるようにメリスもまた足を踏み出し――魔王ゼルドマとの戦いが始まった。




