仕込み
城内には警備役らしい魔物が多数配置されていたのだが、ボノンがいるためか全てスルーすることができた。考えた作戦を実行するためにはこうした魔物に見つからないようにするべきなのだが、質そのものは他の個体と変わらないし、問題はないだろう。
そして城内に入った瞬間、底冷えするような魔力を感じ取ることができた。それがどうやら魔王ゼルドマのものらしいが、俺達が踏み込んでも反応がない。
これについてはボノンから事前に確認はしていた。基本的に魔王ゼルドマは部下の動きに関知しない。人間を連れてきても何かやるのだろうと――そういう解釈らしい。
ちなみにボノンはそういうことがあったのか問い掛けると、彼は主に前線で魔物をとりまとめる役目らしく、そうしたことに関わってはいないとのこと。
もしそういうことを過去にしていたのなら、彼の処遇にも一考の余地があったのだが……まあ、魔王ゼルドマの部下として色々やっている者がいるとするなら、彼もまた同罪という見方ができなくもないが、そういうことを言っていたら俺の前世で付き従っていた同胞も同じだからな……この辺りはいいとして、ともかく魔王ゼルドマは動かないからこそ、こうして堂々と城に入れたわけだ。
そして俺はボノンの自室へと入り込む。といっても殺風景な部屋で、一応ベッドは設えているけど使っている形跡は微塵もない。
「フィス、さっき私は待機でいいと言っていたけれど」
「ああ、それでいいよ。俺が戻ってきたら作戦開始ってことで。それでボノン、城内の地図とかはないのか?」
「……少し待っていろ」
部屋の隅にある棚から紙の束を持ってくる。それに目を通すと、簡易的なものではあったが城内の見取り図が。
「なぜこんな物が置いてある?」
「城内の構造くらい頭に入れておくべきだろうという判断だ」
「なるほど。で、今回はそれを敵に悪用されるわけだな」
「……殺してくれ」
「まあまあ、いいじゃないか」
笑いながら俺は資料に目を通す。記憶力はいい方なので、一通り目を通したら憶えられる。
「よし、構造もわかったから早速仕込みを開始することにしよう。メリス、資料に目を通して城の構造を把握しておいてくれ」
「わかったけど……フィスの仕込みについて私は何か手伝う必要はある?」
「いや、ないよ。それじゃあ行ってくる」
俺は問答無用で部屋を出る。ボノンにはメリスの指示を聞くよう命令しておいたし、問題はない。
そして行動開始……と、その前に魔法を使用する。魔物の目を逃れて行動するには気配を消す魔法が一番なのだが、いきなり消えれば魔王ゼルドマはさすがに警戒するだろう。よって俺の魔力をこの部屋に込めておき、この部屋の中にいるように見せかけておく。
で、その状況下で魔法を使用。前世の魔王仕込みであるため、まあたぶんバレることはない。もしバレたらゼルドマに動きがあるだろうし、それで判断しどう対処するか考えよう。
というわけで歩き出す。資料を頭の中に浮かべ、俺は城内の散策を開始する。
気配を断っている状況ではあるが、さすがに魔物と鉢合わせするのは防ぎたいので静かに、気配を探りながら行動する。どうやら魔物は城内を巡回しているようで、一定の歩調で廊下を歩む姿を確認することができる。
「こんな地底まで人が来るとは思っていないだろうに、わざわざ見張りか……ま、部下達が裏切らないか見張っているという面のあるのかな」
だとすると、魔王ゼルドマは結構用心深い……かな?
色々と相手の性格を思い描いていると、所定の位置に到着。といってもここはまだ第一ポイントだ。
「よし、それじゃあ――」
俺は気配を断つ魔法を少し応用し、その範囲を自分だけでなく自分の周囲――空間ごと断つようにする。この場合魔力の流れを内外で遮断するという表現が近い。
そこでいくつか魔法を床に使い、仕込みを終える。よし、では次だ。
「魔物の目をかいくぐりながらだから、少し時間が掛かるかもなあ」
しかもこれ、別になくても問題ない仕込み……単に俺が魔王ゼルドマを望んだ形で倒せるようにするためのもので、自己満足的な面も強いのだが……ま、俺としては面倒事に付き合わされたのだ。少し痛い目に遭ってもらうことにしよう。
そんな心境を抱きながら淡々と作業を進める。魔物の目を盗んで移動し、城の各所に魔法を仕込む。もしこれが発動したらどうなるかを想像し、内心ほくそ笑み……やっていることは非常に地味だし陰険である。やっぱり俺は元魔王……いや、魔王だったらこんな仕込みを他者にやらせて自身は玉座でふんぞり返っているというのが普通か。
そういえば、ヴィルデアルとして活動していた時、部下から色々と行動を制約されていたような気もするな。細々した作業とか「そんなことは私達が」と部下が率先してやってくれた気がする。
それはありがたかったのだが、たまにものすごい過度な反応を示す者もいたなあ。メリスは俺の側近ということもあってまあそこそこ自制していた節もあるけど、特に――
「あれ、彼女はどうしているんだ?」
メリスやマーシャのように、女性の魔族というのは結構いた。その中で前線部隊で戦う者がいた。しかも彼女は俺を敬愛し、時にメリスなんかと火花を散らしていた感じだった。
やることなすこと大味な性格で側近には向かなかったので俺は前線に立って城の周辺を荒らす魔物とかと戦わせていたのだが……ふむ、彼女は剣使いではあったし、メリスが師事を仰いでもおかしくない技量だったはず……いやまあ、常日頃口論が絶えなかった者達同士なので、さすがにそういう存在に剣術を教えてもらうのは屈辱だった、とかかな。
ただ殺しても死なないような豪放な魔族だったのだが……この戦いが終わったらマーシャにでも聞いてみるかな。
と、色々考える間に俺は仕込みを完了する。よし、後はメリス達の所へ戻り――
その時だった。魔物とは異なる気配……魔族が、どうやら城内に入ってきた。




