勇者という存在
ギルドで得られた情報によると、魔王の名はアスセード。ここ数年で出現した魔王だが、その実力は本物で幾度も討伐対をはね除けているらしい。
「魔王を名乗る者の中にはそれこそ口だけというのもいるが、こいつは名乗れる実力があるってことか」
呟きながらギルドの端の方で書類を読み上げる。資料には現在討伐隊を編成中という文面が記載され、具体的な日時まで書かれているのだが、
「あ、数日後に迫っているな。なら早速対処するか」
あっさりと決めて俺は資料を受付の女性に返却。外に出る前に少し情報収集をしてみる。
魔王討伐については色々と話が持ち上がっていて、このギルド出身者も参加するらしい。
「魔王の実力から、相当な面々が出張ってくるらしいぜ」
そんな言葉を冒険者の一人が語る。
「具体的には?」
「あくまで噂だが『神族』が出てくるらしい」
へえ、と心の中で呟く。
太古の昔――といっても千四百年くらい前か。その時代に人類が滅びるくらいに力を持った魔王が存在していた。そいつを打ち破ったのが『神族』と呼ばれる者達で、名の通り神々の力を持った子孫……などと言われている。
とはいえ彼らは人間達とあまり関わりを持たず、さらに言えば人間と魔族の争いについても干渉することはほぼない。理由としては過去人間と関わったことで色々騒動もあったから。なので基本、こうして表に出てくることないのだが、
「普段出てこない神族がなぜ?」
「どうも神族の誰かを襲撃したらしいな。神族ってのは内にこもってばかりだが、今回魔王もやり過ぎた……ってわけだな。それに騎士もずいぶんと増員するらしい。それと勇者も」
「勇者?」
――本来、勇者とは一種の名誉称号みたいなもので、自分から言い出すのではなく、多くの人から称えられることで勇者になる。一応王様から認められて勇者と名乗る人間のいるにはいるけど、そういう場合は勇者と呼ばれるケースはあまり多くない。
それほどまでにこの勇者という言葉は重いし、父親である勇者エルトはそう呼ばれるほどの偉業を成したことになるのだが……そうした人物が出てくるというのか。故郷で話を聞いた限りではその称号を持っている人間は現在、両手の指で足りるくらいだったと思うが。
「その勇者について知っていることはあるか?」
「お、興味を持ったか。勇者の中でも特に少ない女勇者……『孤高の勇者』と呼ばれてる」
「女性なのか……」
魔法を使えば男女の身体的な能力差などは問題ないのだが、そもそも戦士の中に女性が絶対的に少ない以上、女勇者というのは珍しい。
なおかつ『○○の勇者』みたいな言い方をされるということは、かなり有名なはず。故郷にいて名前は出てこなかった人物か?
「その女性は最近勇者になったのか? 知らない異名だが」
「大陸の東部からやってきたからこの辺りではまだ名前は浸透していないな」
「へえ、そうなのか。名前は知っているか? もし機会があれば話をしてみたいな」
「ああ、知ってるよ。名前は――」
笑いながら語る男性は一拍置いて、
「メリス=ラフィエル。話によるととんでもない美人らしいぜ」
……ん?
俺の名前を聞いて頭の中に疑問を浮かべ……それから、
「メリス=ラフィエル!?」
「え? あ、名前は知っていたのか?」
あ、しまった。俺は咄嗟に取り繕う。
「えっと、名前の方には記憶があったんだ。そうか、彼女が……」
「知り合いか?」
「知り合いってほどでもないよ。剣を学んでいるときに名を小耳に挟んだだけだ」
「へえ、そうなのか……まあ神族に加えて絶賛売り出し中の勇者が出てくるんだ。魔王も終わりってところだろうな」
そう言い残して男性はギルドを出て行った……そして俺は、立ち尽くす。
「……たぶん、間違いないよな」
メリス=ラフィエルとは、魔王をやっていた時の側近……勇者エルトと戦う前に会話をした、悪魔の血が混ざった女性の名前そのものだった。
「勇者として活動しているというのはどういうことだ? いや、それ以前にメリスは戦闘能力なんてなかったはずなんだが……」
悪魔の血が混ざっているにしろ、戦闘能力についてはゼロに等しかったはず。だからこそ側近として色々と事務的なことをやってもらっていたんだが。
「俺が滅んで以降、鍛錬を重ねたのか? いやでも魔力の総量がかなり低かったし、勇者と呼ばれるくらい強くなるのは厳しいような気もするが……彼女に近づいて調べてみるか?」
どちらにせよ、魔王の討伐には行くのだ。そこで彼女の姿を確認することはできるだろう。
そして、神族の登場……俺の目的のために神族は重要な存在だ。魔王を倒せば関われる可能性があったわけだが、神族が直接出てくるのならばその可能性が極めて高まる。
「確実に俺が魔王を成敗しないといけないな……ふふ、ふふふ……」
恨み辛みは転生した直後から何も変わっていない。俺の名を利用したこと、後悔させてやろう。
そうして俺はギルドを出る。ちなみに最後の笑い声で受付の女性がビクッとなったのを視界に捉えたが、何も見なかったことにした。
魔王討伐に参加する場合、どうやらギルドからも一定以上のランクを所持する人間に声を掛けている……らしいのだが、馬鹿正直にギルドメンバーと一緒に行動するのではこちらとしても動きにくい。よって、俺は単独行動で目的地まで移動する。
ギルド登録をした町から南東に進むと、魔王の居城があった。断崖絶壁を背にして城は建造されており、崖から上は怪鳥や悪魔、そして城への道は森で覆われ魔物が跋扈する。
まさしく天然の要塞であり、これに魔王の実力が加わることで、難攻不落の城ができあがる……遠巻きに魔王討伐を行おうとする面々もこれに応じるべく大規模だ。
入念な準備を行っているのは明白で、ここからさらに後続から戦力が加わるとなれば、魔王としても厄介極まりないだろう。
「俺が魔王を倒すには、先に城へ行くしかないだろうな」
魔物をすり抜け、城に踏み込んで倒す。ただ一人で倒しては宣伝効果は薄いかもしれない。誰か……俺のことを宣伝してくれる人物がいるとなお良いだろう。
どうしようかと考えながら、俺は魔王討伐隊を観察することにする。ただ気配とかで気付かれると面倒なことになりかねないので、やや離れた位置、さらに木の上から観察することに。
遠巻きに様子を見ていると、やがて騎士や冒険者とは一線を画する集団が現れた。白一色の装備に加え、一糸乱れぬ動き。士気の高さを物語り、なおかつ発する気配も異様の一言。
「あれが神族の部隊か……」
数人ではなく隊を成しているのが驚きだが……その先頭を歩く人物は、女性。彼女がたぶん隊長だろうな。
目を見張る銀色の髪をたなびかせる女性は、創作の神話に出てくる戦乙女……いや、戦場の女神とさえ言うことができる。冒険者達もその確固たる気配に飲まれたか、自然と彼女達に道を譲る。
神族の存在は、冒険者や騎士達にとって心強いのは間違いないな……ふむ、神族を確認することはできた。次にメリスを見たいのだが……。
じっくり確認していると、一人誰とも話すことなく歩く女性の姿を発見した。軽鎧姿だがその美貌は遠方から見てもはっきりわかる。
間違いない……メリスだ。力を持たなかったはずの彼女が剣を腰に差し、勇者としている歩く姿があった。