一つの事実
「今のが何だったのか、俺にはわかる……というより、わからないはずはない」
どこかもったいぶった俺の言動に対し、メリスはどう応じようか迷っている様子。よし、これなら、
「明らかに、魔族の気配……彼女は――マーシャは、魔族なのか?」
質問に対しメリスは反応を示さない……というより、どう答えていいのかわからないって感じだろうか。
うん、ならばさらに話を進めることにしよう。
「そしてメリス……魔王を討つという目的を携えている以上、人間に害をなす存在とは思えない。けれど……魔族と手を組んでいるということは、何かしら関係があるのか?」
「それ、は……」
どうすればいい――そんな感情がはっきりとわかる。
とはいえただ追及するだけでは、彼女の内面に斬り込むには至らない。さて、ここからだ。
「……俺の目的を、明かしておくか」
そう告げる――彼女の内面を探るために用意した方便である。
こちらの言及にメリスは目を見開き、
「目的?」
「ああ。それと先に言っておくと、魔族だから滅ぼそうとしているわけじゃない。無論、メリスと同じように各地で暴れる魔王を倒すという点は間違いない。けど、俺には知りたいことがあるんだ」
その言葉にメリスは固唾を飲むような表情でこちらを見据える。
「メリスは……魔王ヴィルデアルについては当然、知っているか」
「う、うん」
「ヴィルデアルの遺骸、というのを聞いて反応していたけど、それにもやっぱり理由はあるのか?」
少し突っ込んだ質問。メリスは沈黙するが、俺は答えを聞かず、
「ごめん、先にこちらの話をする……魔王ヴィルデアルに興味を抱いたのは、当然俺の父が当該の魔王を討ったからなんだけど、世間には広まっていない事実がある」
「広まっていない事実……?」
「ああ。確かに魔王ヴィルデアルと勇者エルトによって討たれた。けれど戦ったわけじゃない」
説明にメリスは何を、という驚きの表情を示す。
「これは父さんが言っていたことなんだが……魔王ヴィルデアルは、父さんの剣を無抵抗のまま受けたらしい」
――メリスは、ただ驚き沈黙するだけ。彼女にとっても新たな事実だろう。
「父さんが息子にこんな嘘をつく理由がないから、俺も信用した……それに対し父さんがどう思ったのかまでは聞いていない。けれど、俺なりに父さんのことを調べてわかったことがある」
「わかった、こと……?」
「ああ。父さんは魔王ヴィルデアルを倒した後、各地にいた魔王を討ち滅ぼした。けれどどうやら彼らは、魔王ヴィルデアルの名前を利用していただけで、忠誠を誓っていたわけではなかった……そうであると父さんは知った」
経緯はどうあれ――彼女としてはその事実に気付いた人間が現われただけで、驚愕ものだろう。実際メリスは言葉をなくし、俺の話を聞き続けるしかない。
「もしかすると、魔王ヴィルデアルは部下達を守るために、あえて自分の身を犠牲にしたんじゃないかと……俺からすれば荒唐無稽に感じられる内容だ。けれど父さんはそれを大真面目に語っていた……そういう話を聞き続けたためか、俺は魔族にも悪いヤツと、そうではないヤツがいるのではと考えるようになった」
そこまで言うと俺は、メリスと視線を重ね、
「俺は……魔王ヴィルデアルがどういう思いで父さんの剣を受けたのか、それを知ることができたら……そんな思いを抱いて勇者として活動している。なおかつ魔王の部下であった魔族に事情を聞いてみたい……そういう考えも持っている。人間の身からすると、危険だろうけど」
「……それが、目的?」
「おかしいと思うか? でも、俺は知りたいんだ。そして……」
ここで一拍間を置いて、
「……人間として、こんな考えは酔狂だと思うかもしれないけれど――俺は、良い魔族がいたら一緒に語らってみたいと思っている。それで、先ほどの気配……少なくともマーシャは悪い魔族とは思えなかった。彼女の活動は人間のためのものであったし、悪いことをしているとは思えない」
「それは、保証する」
メリスが頷く。ここで俺は笑い、
「だから、その……俺は例え魔族であったとしても誰かに喋るつもりはないし、むしろもし魔族であるのなら、聞いてみたいと思ったんだ……魔族という存在がどういうものか。そして魔王ヴィルデアルというのは、どういう存在であったのか」
メリスは黙し、ただ俺と視線を重ねるだけ。こちらの語った内容が驚くものだろう。
彼女が事情を話せるような内容にしたとは思う……さて、
「――マーシャは、魔族なのか?」
そこでメリスは、観念したのか頷いた。あとはメリス自身がどういう立ち位置なのかを確認する。正直に答えるのか、それとも、
「メリスは……違う、のか?」
「……ううん、私もまた同じ魔族。いや、元魔族と言えばいいのかな」
「元、魔族?」
「マーシャの魔法……転生法によって、私は人間になったから」
「転生法……!?」
驚いてみせる。それでメリスは再度頷き、
「そして私達は、魔王ヴィルデアルの部下でもあった……けど、陛下が最後無抵抗であったことは、私も知らなかった」
「そこはきっと、父さんだけが知っていた事実なんだろうな……」
「そう、だね……私は部下だったけど、あの御方が何を考えていたのか、わからない部分も多い。それくらい、不思議な方だった」
……う、うーん……特段変なことをしていたつもりはないんだけど。
俺自身そう思わなかっただけで、メリス達からは変だと感じていたことがあったのか? 例えば俺は一切命令していないのに、戦争準備をしていたこととかあったくらいだし……誤認させるような雰囲気を出していた? こういう事例、追及すればいくらでも出てきそうだしなあ。
「そっか……メリスは魔王の城で暮らしていた?」
「戦闘は役に立たなかったけど、陛下の側近として仕事をしていた身」
「側近……ということはもしかすると、父さんと会っているかもしれないな」
「かも、ね」
小さく笑う。そしてメリスは、
「私は正直、陛下を討った存在……勇者エルトのことを、あまり良くは思っていない。忠誠を誓っていた御方を滅ぼしたのだから」
「でも、その息子だと知って君は俺と共に旅をしている」
「やらなければならないことがあるから。それが、魔王の討伐」
「魔王ヴィルデアルの名を利用していた存在を、討つため……か?」
深々と頷くメリス……そこから俺達は夜中、明かりの下で話を進めることとなった。




