彼女の内面
「この国にもう魔王はいないけど、怪しい動きをしている場所を見つけたわ」
そう述べ、マーシャは魔王ゼルドマについてはメリスへと説明を始める。情報源は全て俺からなので、こっちは口を挟むことはせず、聞いているフリをする。
で、メリスの反応としてはうんうんと頷き、三百年前に存在していた魔王ということで、警戒感を示した。
「ロウハルドの時もそうだったけど、古の魔王が復活し始めている……?」
「偶発的なのかそれとも誰かが故意にやっているのかは不明。ただ、正直偶然とは思えないけれど」
「そうだね……もし首謀者がいるとしたら、今後も古い魔王が復活する可能性がある?」
「十分考えられるわ。そこについては十二分に注意しないといけない。観察とかは私に任せて」
――俺が調査を頼んだ場所は全て魔王が滅び、そして復活する可能性のある場所なので、その情報を基にすれば魔王復活について早期に発見できるだろう。
「調査については以降も継続することにして……メリスはどうする? 行く?」
「もちろん」
首肯するメリス。本来俺の名を利用していた存在に対し復讐をしているわけだから、別にゼルドマについては放置してもいいんだろうけど……ここは俺が復活するなんて可能性を考慮して、他の魔王を倒しておくって感じなのかな。
そういえばマーシャからメリスがどう考えているかについては訊いていなかったな。このタイミングで一応確認しておくか……そんなことを思いながら夕食の時間は終わり、俺は自室へ戻った。
で、少し待って部屋に入ったマーシャの部屋をノックする。返事がきたので開けると、彼女は資料の束をテーブルの上にまとめているところだった。
「邪魔したか?」
「問題ありません」
キリッ、とした表情でマーシャは応じる。なんというかやっぱり肩に力が入っているなあ。
「それで、どうなさいましたか?」
「あ、うん……メリスについて確認しておきたいんだが」
扉を閉め、本題に入る。
「ゼルドマについては俺と関わりは基本的にない……マーシャは事情を知っているから、魔王そのものを見聞きしたことは把握しているわけだが、縁と言えばそれだけだ」
「そうですね」
「で、メリスは今回どういう動機で赴くつもりなのか……」
「それに対する回答は明瞭です」
と、マーシャは応じる。
「いずれ陛下が復活することを見越し、世界に存在する魔王を……つまり、陛下の邪魔立てをする存在を叩きつぶそうと考えている」
「ずいぶん荒っぽいなあ……」
「それについては同意しますが、言って聞くような性格ではありませんし」
……うーん。
「そうした活動を止めてくれというのは基本無理だろ? 俺としては復讐心を少しでも和らげて欲しいんだけど」
「仰ることはごもっともですが、手段として思いつくものはありませんね」
「マーシャでもお手上げか」
「はい。メリスは陛下のことになったら見境がないので」
それもどうだかなあ……。
「陛下としては、穏やかに暮らして欲しいということですよね?」
「うん……それと以前も話した通り、俺は勇者の息子フィスであり、魔王ヴィルデアルは滅んだという立ち位置だ。俺が今更復活しても良いことなんか一つもない」
そう告げた後、俺はガルアスとの戦いを思い返す。
「魔王ガルアスがヴィルデアルの遺骸と称する物を持っていたことからもわかる通り、俺は滅んでなお様々な同胞に影響をもたらしている。人間からすれば……例えばガルアスの口上を聞いていた騎士エヴァンからすれば、魔王ヴィルデアルは巨悪であり、復活などさせてはならない存在だと認識することだろう」
「そうですね……少なくともヴィルデアルという名は、人間達にとって恐怖の象徴であることは疑いようもない事実ですし」
「……俺、本当に何もしていないはずなんだけど」
あ、待てよ。ヴァルトが色々噂を立てたのかもしれないな。よし、アイツに遭遇したら精一杯の恨みを込めて叩きつぶそう。
「ともかくだ。俺のやろうとしていることは以前にも言った通り、魔族と手を組んでいるといった噂が立ってはまずいことだ。よって、俺は未来永劫魔王ヴィルデアルの名を語るつもりはない」
「もし、ですが」
と、マーシャが割って入る。
「決して故意ではなく、露見してしまった場合は?」
「状況に応じて、としか言えないな。例えばそれが内密にできるレベルならば内々に留めて対処する。難しいようなら……うーん、そういう可能性を排除し、露見するような状況にならないようにするしかないな」
「わかりました。現状私しか把握していないわけですし、絶対に口外しないよう注意致します」
「ああ、頼むよ……で、メリスについてなんだが……さすがに復讐ばっかり考えるのはまずいと考えている。ただ今の立場だと、俺が彼女にできることはあまりない」
現在は師弟関係に近い間柄なのだが、メリスは自分が元魔族ということであまりプライベートなことに踏み込んでこない。よって、俺としてもあまり突っ込んだ話ができないというのが実状。
「これを進展させる方法としては……メリスが元魔族であることを俺が知る、というのが一つの手だと思うんだが、どうだろう?」
「内面に踏み込むにはそれしかないと思います。陛下にバレるのならば、私としても安心できますし、こちらは協力させてもらいますよ」
「反対はしないんだな? 内面を探ろうとしているのに」
「陛下がメリスのことを考えて対応していることがわかりますからね」
信頼しているというわけだ。
「方法としては……色々とやり方は思い浮かびます。例えば魔族の力を込めた武具……私の魔力ですが、それを渡して陛下が勘づくように仕向けるとか」
「それでもいいが、周囲にバレないか? メリスが元魔族であったことも露見するのはまずいぞ」
「承知しております。陛下の実力はメリスも把握していますし、例えば一瞬だけそうした力を発露してしまうとか、そういうので気付いてしまう……といった土壌はできているかと思いますし、そう違和感はないでしょう」
「ふむ、そうか……なら、やり方としては――」
そうして色々と打ち合わせを開始。といっても一時間も経たず終了し、俺は部屋を離れようとする。
「陛下」
ドアノブに手を掛けようとした時、マーシャは俺に言った。
「改めてですが……メリスのこと、よろしくお願いします」
「ああ、もちろんだ」
返事をして廊下に出る。さて、魔王ゼルドマと戦う前に一仕事、やるとしよう。




