新たな魔王
夜を迎え、明日にはマーシャのいる町に到着するという段階となって、妙な報告がもたらされた。
「簡潔に言いますと、観察していたリューメイ王国で異変が」
深夜、メリスも寝ている時間帯に宿を抜け出し俺はマーシャからの報告を聞く。別に戻ってからでも良かったのだが、マーシャの方が連絡したいとメリスにわからぬよう俺に伝えてきたためだ。
「何が起きた?」
「その、以前魔物が増えているという報告をしましたが、その数が日にちが経過するごとに増え続けているようです。現時点では国側も対応できていますが……」
「数が……魔物の強さは?」
「現段階では当該の場所に存在する魔物と同じくらいの能力みたいですが」
「ああ、それなら魔王が復活したかもしれない」
「……何故わかるのですか?」
首を傾げるマーシャに対し、俺は解説を行う。
「マーシャが観察していたその場所には魔王が封印されているんだが、そいつの能力は簡単に言うと大量の魔物を生成することだからな。大気中の魔力とか利用して生成するから、質そのものはその土地柄に影響されやすいんだ」
「大量の魔物……それはもしや、魔王ゼルドマですか?」
「お、よく知っているな」
「三百年ほど前に出現した、魑魅魍魎の主……大量の魔物を使役し、文字通り数で蹂躙する。その数は野を埋め尽くし、山肌にさえ跋扈し、魔物の通った後は廃墟しか残らないと」
「大体正解だな。魔帝ロウハルドのような個の強さではなく、数の強さ……理不尽な数の暴力が特色の魔王だ」
単独の能力はロウハルドと比べれば低い……のだが、さすがに魔王として君臨し伝説となったほどはあるため、魔力を発し一定空間を我が領域とするような能力は所持している。生半可な戦力では太刀打ちできない。
そもそもゼルドマの所へ行くことも難しい。魔物はあまりに大量で、かつ全てゼルドマの魔力が込められているため、まともに索敵機能が働かない。俺なら見つけ出すことはできるけど、たぶん人間側とかが魔法を行使しても見つけるのは無理だろう。そのくらい厳しい。
「……陛下は、戦ったことはあるのですか?」
マーシャが問う。俺は首を振り、
「観察はしていたけどな。手出しをする必要はないってことで俺は何もしなかった。逆に言えば何もしなくたって人間側が対処したわけだ」
「被害は、大きかったんですよね?」
「……魔王ゼルドマは、名を語っていない俺の敵と呼べる存在が生み出したんだが、俺が大陸の端にいたところを見計らって魔王を誕生させたため、初動対応に遅れて被害が出てしまったんだ」
その言葉にマーシャは何か感じ取ったようで、
「あの、陛下」
「どうした?」
「なんとなく思うのですが……その、魔王ゼルドマは陛下の敵となる存在が生み出した……そこについて否定はしませんが、歴史上そうした経緯によって魔王が生み出されたケースがあるんですか?」
――あー、これも言っていなかったか。話そうか迷っていると、マーシャはそれを感じ取ったらしく、
「他言はしません……是非お話しいただければ」
冷静に努める彼女。ここまで俺音言葉に驚いてばかりだったし、しっかり話を聞こうという腹づもりなんだろう。
……まあ、ヴァルトが動いているのならば遅かれ早かれ説明することになるからいいか。
「たぶんマーシャが推測しているような感じではないぞ」
そう前置きをする。マーシャが首を傾げると、
「生み出されたケースがあるというよりは、魔王と呼ばれるようになった強大な……人間に害を成す存在というのは、ほぼ俺が考えている存在によって生み出されたいる。無論例外はあるけど」
――さすがに予想外過ぎたか、目を見開いて固まってしまった。
「信じられないだろうけど、事実だ。神族が現われたのとほぼ同時期くらいに俺の敵は活動を始め、魔王という存在を生み出すようになった」
「……へ、陛下を倒すために?」
「最初はそのつもりだったのかもしれないが……変わっただろうな。アイツは破壊と荒廃を望んでいた。俺を倒すことも目的の一つだったかもしれないが、それ以上に……アイツは大陸の生きとし生けるものの滅亡を望んでいた」
「そのために、魔王を?」
「そういうことだ」
「……陛下はそれを打倒するために動いていたのですか?」
「結果的にはそうなるな。ま、最後の最後で俺自身が魔王となって滅んだわけだが……」
と、俺はここで口の端に笑みを浮かべる。
「どうやら俺が制御できなかった魔王を利用し、自滅の道を選ばせようと動いていたらしい……つまり戦いは終わっていない。今度こそ、ヤツを滅ぼす……前世の恨みを含めてな」
「――ひっ……!」
あ、マーシャが呻いた。殺気に反応したのかな。
「……確認だけどマーシャ。俺って殺気出てた?」
「はい、それはもう……あの、陛下が魔王としてご存命だった時にお見せしていなかったような気配を」
ほう、そこまでか。よっぽと俺はヴァルトを恨んでいるらしいな。
「そうか。で、だ。どうやら相手は魔王ゼルドマを復活させたようだから、そいつを止めるために次は動くべきだな。各地で動き回っている魔王については二の次だ」
「わかりました。屋敷に戻ってきたら、動くようメリスを説得しましょう」
「ああ、そうだな……で、魔王についての詳細だが、情報は多い方がいいだろう? 現時点で魔王ゼルドマについてどの程度把握している?」
「伝承で語られているくらいしか……」
「なら俺が今からマーシャに説明するから、その情報をメリスに伝える形でいこうじゃないか。マーシャなら、色々と魔王を調べていてもおかしくないだろう?」
「そうですね」
「二度手間になるけど、そこは仕方がないと割り切ろう……というわけで、情報を伝えるぞ」
「はい!」
なんだか嬉々とした表情……よくよく考えれば俺は伝承でしか語られていない情報を伝えようとしているのだ。マーシャが嬉しそうな表情をするのは至極当然と言えるか。
で、魔王ゼルドマに関する情報について語っていくのだが……ここで彼女から疑問が。
「陛下、よろしいでしょうか?」
「ああ、どうした?」
「魔王ゼルドマは、陛下が討ったわけではない……となると、人間が?」
「ああ、俺は急行し、伝承で語られている通りに平野を埋め尽くすほどの群れを見てどうすべきか考えた。もし俺が姿を現せば、魔物の群れは標的を俺に変えるだろう。三百年前の時点で俺の力は結構落ちていたんだが……戦って勝てたかもしれないが、余力はさすがになくなっていただろうからヤツとの戦いまでもたないかもしれない……そんな時、人間の騎士団が群れと対峙した」
「真正面から、ですか?」
「そうだな……といっても、彼らは魔物に勝つために戦いを挑んだわけじゃない。言ってみれば時間稼ぎ……その時点で被害も相当出ていたため、これ以上犠牲を増やさないよう、決死の部隊が魔物と対峙し食い止めようと思ったわけだ」
「その面々は玉砕、というわけですか」
「ああ。だが彼らの功績によって、人類は勝利した」
その言葉にマーシャは聞き入るつもりなのか、無言に徹する。
「彼らの行動によって時間を稼いだことが、人類勝利の道筋となった……といったところかな。魔王ゼルドマのことはあまり語られていないため、有名ではないが……魔王を討つ騎士が、戦いの中で出現したんだ」




