剣の由来
マーシャとしてもメリスから魔王ヴィルデアルの遺骸について聞いていたはずで、詳細を知りたかったはず。で、俺が事の一切を伝え俺の力に関するものが流出していないか心当たりはあるかと尋ねたところ、マーシャは崩れ落ちた。
「も、も、も、申し訳ありません……」
「思い浮かぶことがあるんだな。あ、別に怒るつもりもないから、事情を聞かせてくれ。実験で魔力を注入した道具でも流出したか?」
「おそらくそれで間違いないです……」
顔を手で覆う。俺の目の前にいるのは分身だけど、屋敷にいる当人も同じような体勢になっているかもしれない。
「マーシャ、起こってしまったことは仕方がないと割り切ろう。もう一度言うが俺は別に怒っていない」
「し、しかし……」
「謝罪の気持ちがあるのなら、今まで通り働いてくれればいい」
その言葉でマーシャは手を顔から離し、さらに臣下の礼を示し、
「ご命令、承りました。今まで以上に、陛下に貢献できるようにします」
「正直、その態度も止めてもらいたいんだけど……」
「そういうわけにはいきません」
……もう何も言うまい。
「あー、わかったよ。で、だ。魔王ガルアスに力を提供した張本人についてだが、たぶん俺の頭の中で推測している存在で間違いない。ただしマーシャにはまだ名前は伏せておく」
「なぜでしょうか?」
「この名を知っているのはこの世界で俺一人だけだ。勇者フィスがその名を知っている……それだけで相手は魔王ヴィルデアルが何かしらの形で生きているという推測をする可能性が高い」
「用心深いと」
「そういうことだ。よって、マーシャは俺が以前指示したことを実行してもらえればいい。ちなみに深入りはしていないか?」
「そこは大丈夫ですよ。現在私は魔力を観測しているくらいですから」
うん、そのくらいなら大丈夫だな。
「よし、ひとまず魔王ガルアスに関連する事柄は全て解決したということで問題ない。騎士達は遺骸とかを調べるけど、頃合いを見計らって俺達は去ることにしよう」
「メリスが納得するでしょうか?」
「場合によってはそこだけ先に調べてもらうってことも可能だし、特に問題にはならないと思うぞ。で、マーシャ。仕事が終わって以降のことだが、この近辺に活動している魔王は他にいるのか?」
「この国にはいませんね。隣国に一体いますが動きは消極的で今のところ人間側に被害はないようです」
「そうか。実害がないなら少しの間放置してもいいかな……この場所で仕事が終わったら一度マーシャの屋敷に帰るってことでいいな?」
「メリスにもそう伝えているので問題ありません」
「よし、ではそういうことで」
ここで一区切り。次に話し合うべきことは……考える間に、マーシャはなんだか俺に対し不思議そうな目をした。
「どうしたんだ?」
「いえ、聖剣を手に入れないというのは事前に聞いていたのですが……陛下、手に入れた剣はそれで良かったのですか?」
俺の腰にある剣を見据えるマーシャ。
「分身を通して観察している状況ですが、魔力を感じられませんよ」
「ああ、そのことか。問題ないよ。俺の望む剣を手に入れた」
「それが、ですか?」
「何も多大な魔力を保有しているから良いってわけじゃない」
剣を抜く。本当にシンプルな剣で、武器屋に並んでいてもひっそりと目立たず、埃被ること間違いなしの見た目だ。
「柄の部分と鞘についてはたぶん損傷して交換されているんだろう。メインはこの刀身……これには俺にとって有用な能力を秘めている」
「陛下はそれがわかったということですか……それで、その能力とは?」
「簡単に言うと、特殊な素材で魔力を無尽蔵に吸収し続けられる能力を持つ」
マーシャは説明を受けて驚く。そして俺の持つ剣を凝視した。
「そんな能力が……!?」
「現代の製造技術では作成不可能だな。神族でもおそらく無理だ。この素材は千年以上前に栄えた帝国……エルーラント聖帝国で加工生産された剣だ」
「エルーラント聖帝国……伝説として語られる、古代の魔法帝国ですね。一夜にして帝国が崩壊したとされる」
「ああ、そうだな」
頷く俺に、マーシャは訝しげな視線を向ける……あ、そういえば話していなかったな。
「……陛下、一つよろしいですか?」
「ああ」
「その、エルーラント聖帝国の存在は歴史上確かにあったのは間違いないですし、また様々な伝説が語られ、優れた武器が遺跡から発掘された話も聞きます。陛下としてはそうした知識からその剣を見出したと思うのですが……何か根拠があったのですか?」
うん、やっぱり話していないな。喋ってもいいのかなあ。
まあ今となっては別にいいか……というわけで、
「あー、たぶんマーシャを含め部下の誰にも言っていなかったんだな」
「……何をですか?」
俺は少し間を置いて、
「俺……千五百年くらい生きているんだけど」
――さすがにその言葉は予想外極まりなかったらしく、マーシャはフリーズした。
「いや、一度滅んでいるから千五百年プラス二十年くらいというのが正解か?」
「あの、その……細かい解釈はいいんですけど」
困惑するような、びっくりしたような表情を伴いマーシャは言う。
「えっと、陛下……千五百年ということは、エルーラント聖帝国についても知っているんですか?」
「そうだな。帝国があった時から生きているからな。ちなみになぜ一夜で滅んだのか……その経緯も知ってるぞ」
「本当に一夜で滅んだんですか!? 誇張して語られているわけではなく!?」
「ああ、そこは間違いないよ。で、素材そのものを俺は帝国があった時に見ていたから、迷宮で発見してラッキーだと思ったんだよ。この剣なら俺の力を十二分に扱うことができるから……どうした?」
何か考え込む所作を見せるマーシャ。言葉を待っていると、全然違うことを切り出した。
「陛下……あの、神族は確か千四百年ほど前に出現した存在で、繁栄し過ぎた帝国を誅するために現われた存在だと言われていますが……」
「それについては間違いだと言っておくよ」
「や、やっぱり神族がなぜ現われたのか知っているんですか?」
「うん」
頷いた俺にマーシャは完全無欠に絶句した。あー、これは情報与えすぎたかなあ。
俺はしばらく観察することにした。マーシャとしてはあまりの事実に思考がまともに働いていないのかもしれないが……そうして待つこと数分。長いな。
やがて彼女は俺に――意を決したかのように口を開いた。




