旅立ちと冒険者登録
別れはひどく簡単で、両親の「いつでも戻ってこい」という言葉を受け、俺は手を振りながら故郷に別れを告げる。
さて、魔王と名乗る存在が現れたというのは隣国であるレテイデ王国であり、まずそこへ向かうことにする。道中の町で師匠の紹介状により冒険者ギルドに登録することにしよう。
ギルド所属の主な目的というのは基本、護衛依頼とか魔物討伐とか、仕事の斡旋なのだが俺が欲しいのはそこではなく、ギルドが保有する情報だ。冒険者ギルドは大陸に根を張り一種の情報網を構築している。それにより魔王と名乗る存在が今どこにいるのか。果てはどういう存在なのかを確認できるわけだ。これは非常に大きい。
というわけでまずは情報を得る……誰も見ていないのを確認して、俺は駆けた。移動魔法とは違う。現在の力でどの程度全速力を出せるのか……その確認の意味合いもある。
両足を強化してひたすら駆ける。隣国へ行くためには山を一つ越えないといけないのだが、その山がぐんぐん近づいてくる。
そうして一気に山へ到達すると、さらに速度を上げる。このまま突っ走って越えられるか……そうこうしている内にあっという間に山頂へと近づいてきた。急勾配だろうが足下が悪かろうが全てお構いなしに突き進む。結果的に登山とは言えない速度で山頂に到達。山の向こう側は平原……そして遠くに町が見えた。
「能力は制御含めて上々……よし、まずは情報収集からだ」
呟きながら俺は走る。この調子ならそう時間は掛からないだろう。後は変に目立たないようにして……頭の中で算段を立て続けながら、俺は町へと疾駆した。
そうして辿り着いた町の名はフォーバという宿場町。規模はそれなりで、商業も賑わっている。情報が手に入る可能性は高そうだ。
俺は町の案内板に従い冒険者ギルドへ入る。真正面に受け付けがあり、その左右に傭兵の姿がチラホラといた。
壁際の掲示板に依頼と思われる張り紙がいくつも貼られ、さらに魔物などの情報が記された物もある。後で情報を得ようと思い、まず受付に向かった。相手は女性。栗色の髪を後ろで束ねた美人だ。
「すみません、ギルド登録をお願いしたいんですけど」
言いながら書状を懐から取り出す――ギルド登録そのものは難しくない。ただし登録しただけでは得られる情報や受けることができる仕事が制限される。
これは登録者が信頼できるかどうかわからないためだ。重要性の高い依頼や情報などは、基本ギルド内で信用を得てから受けることができるようになる。
よって、俺が求める情報もただ登録しただけではおそらく手に入らない。そこで使うのが紹介状。ギルドにとって信頼できる人物からの紹介ならば、すぐさま重要性の高い情報などを得ることができるというわけだ。
「紹介状ですね。確認致します」
女性は俺から書状を受け取ると中身を確認する。書類自体形式が決まっているので、そんなに時間も掛からず読み上げることができる――
一通り目を通し書状の端まで到達した時、女性は書状を二度見した。紹介状に記載された名前に驚いているんだろう。
というのもこの紹介状、父親と一緒に戦った戦士の名前が記されているからな。その人物はギルドに所属する人間の中でも最高位に位置する。そうした人の名前がまさか出るとは思っていなかっただろう。
「……しょ、少々内容を精査させていただきますので、こちらに必要事項を記入してお待ちください」
そう言った後、彼女は席を立ち奥へと引っ込んだ。偽物か確認するためかと最初思ったが、雰囲気的に少し違うかな。
書状には戦士のサインが刻まれているのだが、そこにはある仕掛けが。ギルド登録をする際は魔力の検査もする。で、紹介状のサインに魔力を込めるとギルド側はそれが本人の書いた物なのか判別できるのだ。
受付のお姉さんの驚きようとしてはサインを見たことがあって、念のため確認しに行ったというところかな……推測しながら俺は書類に必要事項を記入。それから少し待っていると、女性が戻ってきた。
「失礼致しました……書状が本物であることを確認させていただきましたので、手続きを進めます」
そう言って彼女は俺が書いた書類を手に取り内容を確認して……また二度見した。
「へ……」
視線的に名前の部分かな。どうやら勇者エルトのフルネームを知っていたらしい。だとしたら同じ姓名なので驚くのも当然か。普通なら騙りだと断定するところなのかもしれないが、俺はエルトと共に戦い続けた戦士の紹介状を持っている。
「……あ、えっと。お名前は、間違いありませんね?」
「はい」
淡々と返事をする俺。女性はそこで一つ咳払いをして、傍らから手のひらに乗るくらいのガラス玉を差し出した。
「これに魔力を込めてください。ギルドで魔力の登録を行うと共に、魔力の大きさなどを調査し、あなたに沿ったランクを提示致します」
つまり魔力次第で受けられる仕事などが決まるわけだ。ふむ、一気に魔力を注いだらたぶん壊れるだろうな。少しずつ魔力を流して、と。
すると、ガラス玉に色がついてくる。最初は白から始まり、赤や青、緑と様々な色が続く。魔力の質や量を何かを色で判別しているようだ。
とりあえず情報を得るためにギルドを訪れたわけだから、少しばかり力を入れて高い素質を持っていることを示しておこう……などと思いながら色をドンドン変えていく。で、女性の方はそれを見てポカーンとなっている。
あ、これはやり過ぎたかなどと思っていたらガラス玉の色が金色になり、それ以上変わらなくなった。どうやら金色が最高らしい。
「はい、どうぞ」
軽い感じでそれを差し出すと、呆然となりながら女性は受け取り、
「……も、もう少々お待ちください」
また奥へ引っ込んだ……なんだか大変そうだな、と人ごとのように思ったりする。
それからまたしばらくして女性が現れ、俺に手を差し出した。
「お待たせして申し訳ありませんでした。こちらがギルド所属の証明になるカードとなります」
受け取ったのは手のひらに収まる四角い金属板。素材は鉄か何かみたいだが、少し力を入れると多少湾曲するくらいに薄い。色合いは基本灰色なのだが、カードの一部分が金色になっている。
「破損した場合は破損したカードをギルドにお持ち込み頂ければ再発行致します。紛失した場合も連絡して頂ければ発行できます。魔力を登録しましたので、手続きを行い本人確認できれば再発行されます」
「わかりました。えっと、ギルド登録者はランク分けされると記憶していますが、俺はどの位置ですか?」
女性は横を見る。そこに色分けされたランクが表示されていた。
一番下が白色で、そこから茶色や緑やらが並んでいる。カードに刻まれた金色が俺のランクということになるんだろうけど……視線を上へ上へと持って行き、一番上に金色を発見した。
「……ん?」
一番上に金色。
……あー、これはどうやらやらかしたらしい。いやまあ、目立って活動した方が目的は達成できるし、これはこれでいいのか。
「情報などについては自由に閲覧できますので、お申し付けください」
そう女性は述べ会話は終了。とりあえず俺は受付から離れ、思案する。
英雄の紹介状に加えて勇者と同じ姓名、さらには多大な魔力……連続攻撃により、俺はどうやらギルドの最高位に立ってしまったようだ。もしかすると紹介状に何か書いてあったのかもしれない……このギルドから話が流れて勇者エルトの息子が活動し始めた、とか噂が立ってもおかしくないな。
それは問題ないが、何か功績を持っていた方が箔も付くだろうし、噂もさらに広がるだろう……というわけで俺は受付に戻り、
「すいません、この国周辺で暴れている魔王について情報を得たいのですが――」