隠していた力
「……仕方が、ないか」
割り切るような発言と共に、エヴァンは剣を構え直す。
「勇者メリス、勇者フィス、協力してくれるか。迷宮攻略をどうするかを検討するにしても、目の前の敵を排除しなければならない」
「そういうことだ」
魔族リツォーグは応答。魔力の多寡からして魔王級の能力を持っているようには見えないので威嚇で機先を制し、数を減らした上で蹂躙するといったところ。その作戦は半ば成功したと見ていい。
「さすがに騎士エヴァン様が逃げるとは思わなかったが、冒険者風情が残っていることは予想外だったな」
そしてどうやら騎士のことはリサーチしている様子。内通者でもいるのかと思ったが、騎士エヴァンのことについては町中で情報を集めるだけでもある程度はわかるだろう。俺やメリスのことを知らない様子なので、情報収集については騎士のことだけを調べたって感じか。
こっちのことを甘く見ているのでやろうと思えば瞬殺はできるのだが……ふむ、ここは少し趣向を変えてみようか。
「メリス」
俺は名を呼び小さく彼女に指示を出す。それに対し彼女は頷き――直後、魔族がエヴァンへ疾駆する。
彼以外に眼中がないという雰囲気。まあそれならそれで構わない。こちらとしても作戦を遂行できる。
俺は魔法準備を始め、メリスはエヴァンの近くに移動し援護の態勢に入る。アイーダ達は動かず、また後方で残る騎士や冒険者も固唾を呑んで見守る様子。
そして、魔族のレイピアとエヴァンの剣がぶつかり合う。真正面から圧倒しようという雰囲気が魔族から伝わり、これはやりやすいと個人的に思った。
「死ね!」
声を張り上げリツォーグがレイピアを振るう。本来細い剣は突きを主体とする物で、騎士の剣を受けるような真似はできないはずだが、魔族のレイピアは恐ろしい硬度で平然とエヴァンの刃を受け、なおかつ触れたものを両断するというくらいに切れ味が鋭いようだった。これもまたどこからか奪ってきた武具なのか、それとも自らの力で生み出した物なのか。
まずはそれを確認するか……俺は魔法を行使。魔族が攻勢に転じようとした時を見計らい、魔族そのものではなくその剣に魔法を掛けた。
効果は武器に干渉して魔力を分解する。もしリツォーグが剣を自らの魔力で作っているのなら、この魔法で剣を構築している魔力がバラバラになって消滅するはず。魔王級の相手ならば効果がない魔法ではあるが、目の前の敵には通用する。
だが、魔法の効果は現われない。魔力を分解しようにもレイピアは一切反応なし。うん、どうやら奪ってきた武具を使っているらしい。
そうこうする内にリツォーグがエヴァンの首筋に狙いを定め、突きを放つ。エヴァンはここまで打ち合ってきたことにより腕が痺れたのか、若干対応が遅れた。
しかしそこへメリスがレイピアの下からすくい上げるような一撃を決め、弾き飛ばす。
「ほう、やるな」
感嘆の声。一方のメリスは表情一つ変えず間合いを詰める。そして放たれた刃は届きそうだったが……魔族は後退を選択し、空を切った。
反応も上々。魔力の多寡からすると素質的なものより技量的なものが優れている魔族っぽいな。思えば威嚇についてもなかなか技巧的だった。今回はそういう魔族が相手なのか。
「冒険者が騎士と並び立つとは、大変面白い状況だな」
笑いながらリツォーグはレイピアを軽く素振りした。
「しかし現状を見るからに騎士エヴァンが倒れるのは時間の問題のように見えるな。さて、どうする?」
油断してくれているみたいだし、情報も得た。そろそろ終わらせるか。
俺は新たに魔法を発動。今回も見えないものではあるが、その効果はしかと届いた。これがガルアス相手だったら気付いたかもしれないが、どうやらあまり魔力察知はできないようで、リツォーグは無反応。
これならいけるな……そう思った矢先、メリスがエヴァンよりも前に出た。そこでリツォーグが反応。
だが、次の瞬間表情が変わる。たぶん体が思い通りに動かないと感じているのだろう。
最初に放った魔法は武器に対して効果を発揮するものだったが、今度は全身……言ってみれば相手の能力をダウンさせる魔法とでも言えばいいだろうか。
先ほどの戦いぶりを見ていれば技のキレなども体のパフォーマンスが落ちれば戦闘能力も激減するだろう――その推測は正解で、騎士エヴァンが踏み込み攻めると、リツォーグは守勢に回るほかなかった。
「これは何だ……!?」
驚愕する間にもエヴァンが剣を当てる。ダメージを与えるには至らなかったようだが、攻撃が届くことを悟ったか彼はさらに追撃する。
そこへメリスの援護も加わった。結果、両者の刃が魔族に刻み込まれ、痛みを紛らわすような大声が広間を満たした。
そしてリツォーグは後退。距離を置いてエヴァン達をにらみつける。
「貴様ら、何をした……!?」
「何だろうね」
メリスが答える。その様子はまるで自分が仕掛けを施しているようなニュアンスを含んでいる。
明らかに能力が落ちているのでさすがのメリスも俺が何かやっていることは気付いているだろう。一方のエヴァンはメリスに乗っかるつもりのようで、沈黙を守りさらなる攻撃を仕掛けようと魔族の様子を窺っている。
そして当のリツォーグは焦燥感のようなものを募らせる。能力が落ちた原因がわからないことに加え、エヴァン達の士気が上がっていることが要因と言える。さて、ここから相手はどう出るのか?
「……逃げる前に仕留めた方がよさそうだな」
エヴァンが先行する。一歩遅れてメリスもまた駆け、どうやら援護に徹する様子。
そこで魔族は……突然懐に手を突っ込み何かを取り出す。それは、手のひらに乗る水晶球のような物体。
「使うしか、なさそうだな」
切り札のようなものか? 俺は即座に相手の攻撃を止めるべく次の魔法を行使しようとした。
だがそれよりも早く水晶球から魔力が発せられる。それは彼の体を取り巻き、力が高まっていく。単純な強化効果らしい。
ふむ、これなら追加で能力低下の魔法を使えばいい……そう思い実際に行使しようとした時、俺は気付く。
その魔力……あれ、これって――
「っ……!?」
メリスが呻くのが俺が立っている場所でも聞こえた。だが進撃は止まらない。エヴァンも勢いを保ったままリツォーグへ迫り、剣を浴びせる。
魔族はそれに対抗するべくレイピアをかざす。先ほどの能力低下が効いているので強化の道具を使っても全力とは遠いみたいだが、ここで押し留められたら面倒だな。
よって俺はさらなる魔法を発動。二重に能力低下の魔法を行使する。その瞬間、両者の刃が激突し――エヴァンが勝った。
途端、リツォーグは驚愕の表情を示し、そこへメリスが追撃。相手は体勢を崩し一気に行けると感じた時、エヴァンが刺突を決め――魔族の胸に、刃を突き立てた。
その一撃により、魔族の動きは止まり、消滅する。ひとまず犠牲もなく済んだわけだが、こちらの状況はかなりまずいことになったな。
エヴァン以外の騎士は戦意を失っているだろう。この勝利で多少士気が戻っても、果たして使いものになるのか。
そして、もう一つ。さっきリツォーグが使用した道具。単なる能力上昇なので効果そのものは大したことがない。しかし、
「……俺の力だったな」
それは俺の前世、魔王ヴィルデアルの力が宿っていた……どうやらこの戦い、少し面倒なことになりそうだった。




