迷宮の悪魔
「お手並み拝見、という感じか?」
先んじて俺は騎士達へと問い掛ける。それに対し、奥の方から騎士エヴァンが現われ、
「それはあなた方のセリフではないのか?」
「さすがに買いかぶりだと思うけどな。ま、こちらはできるだけ頑張ることにするよ」
そんなセリフにエヴァンは肩をすくめた後、一言も発することなく騎士を先導する形で迷宮の入口へと歩む。自然な形で俺達もそれに追随する形となる。
これはメリスが立てた作戦は無理そうだな……まあそれならそれでいいやと思い直し、俺達はとうとう迷宮の中へ足を踏み入れた。
そこは典型的な洞窟……例えば石造りの無機質な構造になっているわけではない。徹頭徹尾、完全に岩肌の見える洞窟だった。
「気配がなければ本当にただの洞窟だな……しかし入口付近にはいないか」
魔物の気配は奥だ。俺達のことを察知していてなお迎え撃とうとしていない以上、やっぱり罠があると考えていいだろう。
「……まずは様子を見てもよさそうね」
そんな折、アイーダが俺に話し掛けてきた。
「最初の魔物くらいは騎士達が頑張ってくれるでしょ。危なそうだったら援護するってことで」
正直、入口付近にいる魔物くらいは倒して欲しいけどな。そんな風に考える間に広い空間に出た。
大きなドーム状の空間であり、その先にはさらに広大な空間へと繋がるであろう大穴が存在している。
「……少々お待ちください」
一人の騎士が何事か呟くと、地面に手を置き何事か唱え始めた。おそらく周囲の魔力を探索して魔物の存在を探すのだろう。
それが終わるまで待機だが、俺も索敵してみるか。神族をも凌駕する索敵能力で魔物の多寡を探ってみる。
すると――こちらに近づいてくる一団が。前哨戦といったところか。
「魔物を探知。近づいてきます」
遅れて騎士も声を上げる。さて、どう応じるのか。
そして大穴から現われたのは、悪魔……鎧を身につけた、ずいぶんと人間じみた悪魔だった。
「――総員、戦闘準備」
エヴァンから号令が掛かる。直後、騎士達が反応し武器を一斉に構えた。
その動作は洗練され、エヴァンの下でしっかりと統率がとれている様子……と、悪魔達が雄叫びを上げ突撃を開始する。一斉に攻撃を仕掛け、迎え撃とうとする騎士達を踏みつぶす勢いだった。
まともに戦ったら被害が相当出ると思うが……と、ここでエヴァンが動く。
「――留めよ」
声を発すると同時、彼は剣を薙ぐ。同時、洞窟内に風が駆け抜けた。
後方にいる俺達は精々体が押し留められるくらいのもの。ではエヴァンの真正面にいる悪魔達はどうか――彼と対峙し先陣を切ろうとしていた悪魔は、風の刃によって一瞬でバラバラとなった。
しかし対象はその悪魔だけではない。風が洞窟内を駆け抜け、悪魔達は――突撃を大きく押し留められた。
「剣を介した魔法の一種……か」
メリスが呟く。確かにそうだが、ほんのわずかな動作と共に悪魔の突撃を食い止めるほどの出力を出せる――たぶんあれは、
「風の力をまとわせた魔法の剣術、ってことか」
「彼は確かいくつかの属性を扱えるはずよ」
と、これはアイーダからの指摘。
「今回は風みたいだけど、それ以外にも光とか、そういう技法を体得しているはず。で、それを剣の力で底上げしているといったところかしら」
「剣に魔法を封じ込めているだけではあの威力は説明つかないな。彼自身魔法を扱い、剣が持つ性能と相乗効果を狙ったわけか」
「たぶんそういうことね」
話をする間に騎士達が今度は突撃を開始する。悪魔は完全に足が止まってしまい、襲い掛かるはずだったのに状況が反転。自分達が突撃を食らう羽目になった。
その威力は――悪魔の体が砕かれ空中を舞う。騎士達一人一人の技量もまた確かで、エヴァンだけが強いわけではない、というのが目の前の光景で理解できる。
またこれは国側の決意の表れだろう。すなわち、この場所にこれだけの戦力を集中させ、必ず魔王ガルアスを倒すという強い決意。
「私達の出番はなさそうね」
アイーダが言及。そこで俺は一言、
「参戦してきてもいいんじゃないか?」
「馬鹿言わないでよ。指示もロクに聞けない人間が割って入っても足手まといになるだけよ。そういうフィスはどうなの?」
「俺の出番はなさそうだからな……と、もう終わりそうだ」
戦いは一気に終局を迎える。たじろいだ悪魔達へさらなる突撃を仕掛ける騎士達。後方から魔術師達の援護もあり、彼らは無傷で対処する。
この場所のように広い戦場ならば突撃の威力も凄まじく、確実に悪魔を始末することができるだろう。問題は魔王に近づくにつれ敵が強くなるのかどうか。見たところ悪魔の強さは魔王アスセードが作りだしていた魔物と比べて同等か少し下といったくらい。この調子ならば騎士達はそう苦戦することもなく魔王の所まで到達しそうだが――
やがて戦いが終わる。騎士達は油断なく大穴を見据えながら、怪我人などがないかを確認していく。
「全員、戦闘態勢を維持」
そこでエヴァンが声を上げた。維持……というのはおそらく、彼自身まだ続きがあると思っているのだろう。
それは正解で、俺の索敵に引っ掛かった悪魔がいる……ただし、数は三体ほど。
最初は偵察かと思ったが……違う。
「メリス、剣を抜いておくんだ」
「フィス? どうしたの?」
「どうやら悪魔の群れは戦力確認だったらしい……奥から悪魔が三体来る。それが間違いなく本命だ」
「……どういうこと?」
俺の言葉にアイーダが眉をひそめた。
「今度は群れではなくたった三体?」
「少数であるのには理由があるんだよ……ここにいる魔王は魔物を作るのが苦手なのかもしれないが、これは上手いこと考えたな」
「――新たな敵を発見。数は三体です」
索敵をする騎士もまた声を上げる。エヴァン達は即座に警戒し、大穴を観察。
そして、新たな敵が登場する……体躯の大きさなどは先ほどの悪魔とは同じ。しかし問題は、その装備だった。
「……何だよ、あれ?」
オルバが思わず声を上げた。それもそのはずで、悪魔はそれぞれ装備が違っていた。
一体目が剣を握る悪魔。白銀の全身鎧を身にまとい、まるで騎士の真似事をしているような見た目。二体目は槍を持ち、装備は胸当て。ただそれには紋様のようなものが刻んであり、魔力を感じ取ることができた。
三体目は矛を握っている。こちらは鎧にしても革製のような見た目ではあるが、槍を持つ悪魔以上に強い魔力を放っている。
「装備がずいぶんとバラバラじゃないか。なんで――」
「奪ってきた物を装備させたんだろ」
俺の言葉に、オルバは一度首を傾げたが、少しして、
「――悪魔に武装させたのか!?」
「そういうことだ。これは少しばかり厄介だな」
「全員、防御態勢に入り警戒せよ」
エヴァンも指示を出す。俺と同じことを思ったらしく、騎士達に防衛せよと命令した。
悪魔が持つ装備の能力については……ふむ、ここは俺も出るか。
「メリス、やれるか?」
「うん、できる」
「なら早速いこう。あの悪魔達は……騎士エヴァン以外には荷が重そうだ」
犠牲者が出ないにしても、怪我人くらいは出るかもしれない……そう予想し俺はメリスと共に走り出す。次いでアイーダ達も反応し、追随してくる。
彼女達は……まあ身を守ることくらいはできるだろう。そんなことを考える間に、悪魔達は騎士達へ戦闘を仕掛けた。




