勇者の功績
十歳を超えるくらいで俺は師匠達から「教えることはもうない」と言われた。もっともそれはあくまで知識を吸収したという意味で、ここから実戦的な剣や魔法を極めるにはさらなる時間を必要とする。
知識が手に入ったので俺は本格的な実戦に入る。剣と魔法で双方教えを受けながら、鍛錬を行うわけだが……村の周辺でやれる実戦としては、散発的に現れる魔物退治くらいしかないのが難点か。まあこれは仕方がない
村の周辺に存在する森や山などから、時折魔物が現れる。動物を模したものがほとんどであり、それほど強いわけでもない。ただどんな魔物であってもそれなりに剣術などを学んでいなければ対処できないため、駆除は父親であるエルトがやっていたらしいのだが、それを俺がやることになった。
「ふっ!」
近づいてきた猪のような魔物に対し、一閃。突っ込んでくる魔物に子供の俺は吹き飛ばされてもおかしくないため、本来は突進を避けながら切るのが理想なのだが、俺はそんな定石を無視し真正面から攻撃する。
魔物は斬撃を受けて突撃どころかその体をおおきくのけぞらせる。そしてすかさず刺突で頭部を射抜き撃破。うん、感触は申し分ない。
「すごいな、フィス」
横で見ていた父、エルトが声を上げる。それに俺は笑みを浮かべ、
「どう? 様になった?」
「ああ、この近隣に出てくる魔物はもうフィスの敵じゃないな」
俺が強くなっていくことに対しては、純粋に両親も喜んでいる……ただこの村を離れると表明した場合、どうなるかはまだわからないけど。
魔法についても色々と開発中で、こちらは人目を避けて試している。後は、俺が持っている魔王の技術と組み合わせたりも……これは未知の技術であるため試行錯誤を重ねているが、村から旅立つくらいまでにはある程度形になっていることだろう。
俺と父親は並んで歩き、帰路につく……魔物が現れればこういうやりとりを繰り返し、幾度も経験した光景。
ただ、今日は少し違っていた。
「……もし」
エルトは口を開く。
「もし、今以上に強くなったら、村を出たいか?」
……俺は少し間を置いた。そして、
「人の役に立つには、そうした方がいい?」
「どうだろうな。この村を守るというのなら、出る必要はないけどな」
「村の外には、もっと強い魔物がいる?」
その問い掛けに、父親は間をおいて、
「そうだな……魔物の総大将と言われる、魔王がいる」
――確か俺が魔王をやっていた時、魔王と呼ばれるのは俺だけだったはず。とすると、
「魔王は、父さんが倒したんじゃ?」
尋ねてみる。直接話を聞かずとも、勇者エルトについては嫌でも耳に入っている。
それに父親は苦笑する。きっと魔王の俺と戦った時のことを思い出している。
「魔王という存在は、一つじゃない……現在は魔王を自称する存在が色々と動き回っている感じかな」
……たぶん俺が倒れて以降、自分こそが新たな魔王だと主張する奴らが出てきたんだろう。それはたぶん、俺の名を利用して暴れ回っていた存在と同一だ。
魔王というのは明確な定義がされているわけではないし、魔王が魔族や魔物の主だと決まっているわけでもない。さらに言えば過去の歴史では魔王が同時に十以上出現した時もあったりもした。
現在、魔王と呼ばれる存在は群雄割拠しているという感じか……ふむ、ならばなおさら倒さなければ。
だから俺は、父親にこう言った。
「……色んな人が苦しんでいるなら、戦わないと」
その言葉にエルトは一度驚き、沈黙する。もしかすると父親の彼だって戦いたいのかもしれない。けれど彼自身引退し、剣もあまり握らなくなった……さらに言えば何かしら理由があるのかもしれない。俺自身そこを深く詮索するつもりはなかったけど。
「……そう、かもしれないな」
エルトはそう答えただけ。俺はそれ以上何も聞くことなく、家路についた。
それから俺は少しずつ世界の情勢をつかんでいく。父も進んで俺に情報をくれるようになった……物事をきちんと考えられるようになり、どういう道を行くか自分で決めさせるためだと思う。
それにより見え始めた勇者エルトの功績……俺の前世である魔王ヴィルデアルを倒した後、彼は魔王の部下と呼ばれていた者達と戦い始めた。いわゆる残党狩りというやつだが……そこに上がった名に俺が率いていた部下はいない。全て俺の名を利用していた魔族ばかりだ。
彼の活動により、魔王ヴィルデアルの手勢は全て消えた……しかし十年以上経過し、今は新たな魔王が生まれている――いや、この場合は違うだろう。
おそらく勇者エルトの力を目の当たりにして、魔族達は地下にでも潜って機を窺うことにした。そして勇者エルトが引退し、世界が平和になり油断していたところを見計らって活動を開始した……流れとしてはおそらくこんなところか。
勇者エルトはその当時表立った存在を倒したため、その後の世界でどうするかを勘案し、故郷に身を落ち着けることにしたのだろう。彼の存在は十年以上経過した今でも語りぐさとなっており、英雄譚の一つとしてあげられるくらいになっているらしい。
ただ、今の父親はそうしたことを語るとどこか複雑な顔をする……もしかして前世の俺が死ぬ間際に色々と言ったためだろうか。たださすがに子供の俺が詮索していい部分ではないな。話す時が来るのかわからないが……俺が魔王であったことについても、いずれ言う時が来るのだろうか。
この辺りは考えても仕方がない。ともかく今は騒動が存在している様子。なら俺はそれを止めるために強くなろう……あと、個人的にムカつくし。
加え強くなり、名声を得ることは魔王の時の部下達を救うにも必要なことだ……部下達に平和な暮らしをしてもらうためには、この世界で繁栄する人間に多少なりとも認めてもらわなければならない。では具体的な方法は……案がある。その案を成すにはまず、名声を得る必要がある。
場合によっては地位も……けどこれは面倒なんだよな。地位に縛られて自由に動けなくなるのもまずいし。ま、この辺りは旅をする間に考えればいい話だろう。
方針は決定……後はひたすら修練の日々。加えて魔王としての知識を活用した技術開発。これを続ければ、技量面において俺は前世を超えると確信できる。
問題は、その力に人間の器が耐えきれるかどうかだが……それもまた前世の知識を活用して対処する。知識がこんな形で役に立つとは思わなかったが……世の中わからないものだ。
そういうわけで俺はひたすら自分を強くするために剣を振り、魔法を学び、魔物を倒す。そんな生活がさらに何年も経過し、技術が習熟し技法の開発などが一段落し――近隣に魔王が出現したという一方を聞き、俺は旅立つことにした。
それは転生し、十七になった時……俺は両親を話をして、認めてもらい、いよいよ村の外へ出ることとなった。