魔王の待つ迷宮へ
翌日以降、特にイベントもなく俺達は出発の日を迎えることとなった。
「迷宮の探索が終わったら、一度戻ってきなさいよ」
「わかった」
マーシャの言葉にメリスはそう応じ、俺達は屋敷を離れる。
新たな魔王討伐が始まった……その相手はガルアス。その実力は如何ほどかわからないが、さすがにロウハルド以上ということはないだろう。もっとも迷宮自体面倒事に巻き込まれる可能性はあるし、油断はしないけど。
「メリス、問題は迷宮を探索する冒険者に絡まれた場合、厄介だよな」
「いざとなったらギルドカードを提示して、黙らせればいいよ」
ああそうだった。俺は一番上のランクでメリスが三番目。これで黙らないわけはないか。
「なら、そういうことで……と、旅の道中であれだけど、また訓練でもするか?」
――マーシャの屋敷へ向かう道中で、俺はメリスに色々と指導をしていた。とはいえさすがにすぐに習得というわけにはいかず、彼女も四苦八苦している。
「うん、いいよ……物覚えが悪くてごめん」
「いや、構わないって……そういえばマーシャからは何か技法とか教わらなかったのか?」
「現時点で必要なことは教えてもらったし……と、そういえば」
メリスは何かを思い出したかのように呟く。
「出会ってからすぐマーシャと打ち解けたみたいだけど」
……まああんな再会の仕方をしたわけで、さすがのマーシャも普段俺に対し強くは出られなかったのだ。ひとまずメリスに怪しまれていないことが幸いか。
「あー、どちらかというと俺というより俺の持っている技術に興味があって接しているみたいだな」
「そういうことか。あの、マーシャはああ見えて結構良い人だから、あまり誤解しないで」
友達思いだな……俺は「わかった」と応じると、彼女は微笑を浮かべた。
そうして旅を続け、ひとまず迷宮へ辿り着くまでは特にトラブルもなく進むことができる……そんな風に思っていたが、少し違っていた。
「ずいぶんと、冒険者が多いな」
迷宮に程近い宿場町。そこの酒場で夕食をとっていると、俺は冒険者の多さに気付き声を上げた。
「場所から考えて、迷宮に入ろうとする人間が多いってことだよな……?」
「たぶん」
同意するメリス。しかしこれはどういうことだ?
酒場に埋めつくすほどにいる冒険者達。迷宮に聖剣があるって話はずっと前から流れているし、ここに来て急に増えるなんてのは理屈に合わない。
「ギルドで情報はなかったけどな」
「……もしかすると」
ここで、メリスが声を上げる。
「ギルドではなく国が関与しているとかなら、私達では情報を捕捉できないかも」
「国が? つまり国が聖剣を手に入れ魔王を倒そうとしているため、人が多いってことか?」
「酒場に入る前に、私達が宿泊する別の宿に騎士達が出入りしているのを見た。魔物討伐でもするのかと思ってそう興味があるわけじゃなかったんだけど……」
「何らかの理由で迷宮へ向かおうとしている……いや、理由はあるな」
俺は口元に手を当て、
「魔帝ロウハルドを始め、魔王達が動いた……その情報を聞きつけ、他の魔王を打倒すべく動き出した、とかならそれらしい理由になるな」
「確かに……そうすると、私達は意図せずそういう面々と共に迷宮へ入り込むことになる」
これはどうなのか……吉と出るか凶と出るか? なんとなく邪魔になりそうな気がしてならないけど。
「たぶんフィスも同じ事を思っているだろうけど」
そう前置きしてメリスは話す。
「きっと、魔王討伐の障害になるかもね」
「だろうな……いや、でも魔王討伐が目的だが、必ずしも俺達の手でというわけではないからいいんじゃないか?」
自分の手で始末できないのは残念だけど……するとメリスは、
「でも、聖剣を得ることは難しくならない?」
……確かに俺は武器を求めているけど、聖剣が俺の求める物かどうかはわからないんだよな。
普通の冒険者ならば、魔王が守る聖剣――相当な力を秘めているはずのその剣を手に入れることは間違いなく良い結果を生むだろう。けれど俺の場合、魔王としての知識を利用して得た技術などがある。それと聖剣の相性を考えなければならない。
通常、人間なら驚異的な力が宿った聖剣と比べて魔力なども劣っているので、手にできれば大きな補強となる。けれど俺は元々強い上に下手すると聖剣以上の力を所持している可能性だってある。そうした場合、相性が悪いと反発する可能性があるのだ。
金銀財宝が眠っているらしいので、どこかに俺に適した武器がある可能性は十分あるけれど……考えながら俺は言及する。
「どうするかは迷宮に行ってから考えても遅くはないかな」
「……そうね」
同意したところで会話は終了。さて、夕食も終わったし部屋に戻るとするか――
「よお、二人も迷宮へと行くつもりなんだろ?」
席を立とうとした矢先、俺達へ声を掛ける人物が。これは面倒だなあ。
「ちょっとでいいから情報交換をしないか? 魔王がいる迷宮だ。色々と話をしておいて損はないぞ」
視線を転じればそこに快活な笑いを見せる男性の姿が。二十歳前後くらいでそれなりの小綺麗な黒髪の男性。口上からして迷宮へ赴く冒険者だろう。
で、情報交換ねえ……俺達も多少は調べたけどギルドで得られるものしか保有していないのでこちらと話をする価値はないと思うんだよな。
「……あー、申し訳ないけど俺達はそんなに情報を持っているわけじゃないよ」
手を振りながら応じると、男性は目を細め、
「ずいぶんと淡泊な反応だな。大きな戦いになるというのに落ち着いているし」
そういう評価になるのか……どうしたものかと悩んでいると、男性の後方から女性がやって来た。
「オルバ、何してるのよ。また人に迷惑掛けてるの?」
「……って、おいおい。俺が常に迷惑掛けてるみたいじゃないか」
「日常茶飯事でしょうに……ん? あれ? メリスじゃない」
声に当のメリスも反応。視線を投げると名を告げた。
「アイーダ……?」
「そうよ。久しぶりね、元気にしてた?」
男性と同じように快活な笑顔を見せる女性。冒険者をしてるとは思えないサラサラの青い髪に加え、その容貌は周囲の人とは一線を画する。格好さえ整えれば貴族のご令嬢に見えなくもないその姿は、なんだか冒険者家業をやっていることの方が違和感を覚えるほどだ。
「しかも仲間まで引き連れて……大陸の西部へ言って、心境が変わったの?」
「別に」
アイーダの問い掛けに彼女はそう返答。
「色々あって組もうという話になっただけ」
「そう。あ、初めまして。アイーダ=ブレデムというわ。横にいるのはオルバ=マーク。共に冒険者をしているの」
「挨拶どうも、フィス=レフジェルだ」
その言葉で――二人の目が訝しげなものに変わる。
「え……」
「フィス=レフジェル――!?」
と、アイーダが名を告げたところで俺は人差し指を口元に当て、
「言いたいことはわかるけど、この酒場で名を言われると厄介事になりかねないから勘弁してほしいな」
「あ、それもそうね。それは申し訳なかったわ。へえ、メリスがあの勇者のご子息とねえ」
興味ありげな口調で彼女は俺達の卓に着く。あー、これは色々話さないと帰ってくれない感じだろうか。
まあ迷宮攻略に伴い少しくらい情報を得てもいいか……などと納得することにして、話をすることとなった。




