調査依頼
相変わらず片膝をついているマーシャに対し、俺はこれまでの経緯を始める。再三椅子に座ってくれと言ったのに彼女はついぞ聞かなかった。しょうがないのであきらめる。メリスに対しボロを出さなければいいやと割り切った。
で、俺が大陸各地で暴れる魔王を倒しているのは完全な復讐であり、部下達に再び安住の地を用意するために活動しているといったところまで説明したら、
「わ、私達のために……陛下……」
ガチ泣きし始めたんだけど……いやあの、そこまで感動されるようなことなのか。
「お守りできなかった、不甲斐ない私達で申し訳ありません、陛下……」
「あー、ちょっと待ってくれ。感動するのはいいんだけど人間達の侵攻について、あれはほぼ俺の計略通りだったから。部下を逃がしたのも予定の内で、人間に被害が出ないよう仕組み、俺が犠牲になることで戦争を終わらせるつもりだったから、別にマーシャ達に落ち度はないぞ」
そう返答した直後、マーシャは突如涙を拭い、
「なぜ、自らの命を犠牲に?」
「え、人間達の侵攻が苛烈だったし、俺が消えない限りあの戦争は終わらなかっただろ」
「身代わりなどは考えなかったのですか?」
「それをしても結局は同じ話だろ。魔族が一つどころに固まっている時点で怪しまれる。勇者エルトが俺を滅した後に活動し続けたことを考えると、俺が消え魔族が離散することでしか、部下を守ることはできなかったさ」
そうした言及にマーシャは首を振りそうになったが、俺はそれを手で制した。
「これについては平行線だし、今更話ても無意味だ。本題に入ろう」
「……私は、何をすれば?」
「そんな大層な話じゃない。現在俺は先に言ったような目的で活動している。ただ安住の地を用意するのに平行して部下達に連絡をつけたい。ただ、マーシャの態度からすると、俺のことを話せば無茶苦茶になるだろ」
「否定はしません」
「そうだろうな。よって、俺のことは誰にも話さず部下達と連絡をとっておいてくれ。時期が来たら、安全に住める地へ向かうことにしよう」
「その時に陛下の正体を明かす、と?」
「俺としてはそのつもりはないよ」
否定の言葉にマーシャは困惑した顔を見せ、
「なぜ、でしょうか?」
「マーシャみたいに、俺に跪いて無茶苦茶になるからだよ!」
思わずツッコミを入れてしまった。するとマーシャは、
「そ、その、ご迷惑だったということですか?」
「あ、いや、萎縮しなくてもいいんだけど……とにかく、俺の下で活動するというのは正直ロクなことにならないと思う。魔王ヴィルデアルが復活なんてなったら、以前の悲劇が繰り返されることになるぞ。この名前自体、滅びた後も人間の間では色々と語られているようだし」
その指摘にマーシャは沈黙。とりあえずわかってもらえたようだ。
「マーシャの態度から俺が正体を明かすと無茶苦茶になりそうなのは予想できたから、俺のことは秘密にするということで頼む」
「メリスにも、ですか?」
……まあ一緒に行動するであろうメリスに事情を話すべきでは、と考えるのは自然なのだが、
「俺のことをメリスに話したら、どうなると思う?」
「まず卒倒するかもしれませんね。そして陛下の言葉を聞かずヒートアップする可能性もありますね」
冷静な彼女の言及。うん、やっぱりまずそうだ。
「メリスには悪いけど、秘密にしておくべきだろうな……話すタイミング等は、一緒に旅をして見極めることにするよ……俺の前世が魔王という事実を誰かに話しても、普通なら馬鹿にされるだけで終わるだろう。けど、そういう噂が立つだけでもまずいから絶対に漏らすなよ。これから目的を成そうとする際に支障が出る」
「人間として名声を高めるために、ですか」
「そうだ」
「私達に安住の地を……というのは大変ありがたいですが、方法はどうなさるんですか?」
「現在の目標は、神族の主神と会うことだ」
その言葉にマーシャは目を丸くする。
「主神に……!?」
「魔族と敵対する神族……しかもその主神と会うなんて何をするのか、と思うところだがきちんと理由はある。そこについては成功するか不確定だから詳しく話さないけど、案はあるんだよ」
「……なるほど、承知致しました」
なんだろう、彼女の頭の中には「主神を倒し神族を操る」とか考えているんだろうか……いやでも俺が人間達に危害を加えるなと命令しているわけだし、実力行使に出るとは考えないかな?
「陛下はどうやら私には想像もできない遠謀がおありの様子……ならばそれに従うまでです」
納得してくれるのはありがたいけど、なんか引っ掛かる……まあいいか。話が早いし。
「そのためには、魔王が前世であることに加え、俺が魔族と関係を結んでいることもバレてはいけない。マーシャ、だから正体についても絶対にバレるなよ」
「お任せください」
「何かあったらメリスを通して連絡するように……と、もう一つやってもらいたいことがある。地図はあるか?」
「はい」
返事に応じ彼女はテーブルに大陸の地図を広げた。
「今から印をつけるところについて、魔物が増えたとか、魔族が出現したとか、そういう情報があったら俺に連絡してほしい」
「何か気になることが?」
「あくまで可能性の話だし、今は変化があるかどうかだけ調べてもらえればいい。もし何かおかしなことがあったら深追いせず、すぐに報告を頼む。いいか、絶対に深追いはするな」
――都合のいい時だけ魔王みたいに指示するのはなんだか申し訳ないけど、こればかりはどうしようもない。するとマーシャは念を押すためか姿勢を正し、
「はい、陛下の仰せのままに」
「……それと、メリスと一緒にいる時は普通に接してくれよ」
「わかっています」
「練習しておくか? 正直今の態度を見ていて、普通に接してくれるとは思えないんだけど」
「そうですね」
と、彼女は立ち尽くした。どう話せばいいか口をモゴモゴさせている。
「メリスが帰ってくるまでそう時間もないだろうから、頑張ってくれよ……頼むから」
「――ええ、わかったわ」
「ものすごく声がぎこちないんだけど……」
そんなやり取りを繰り返し……ひとまずメリスが帰ってきた時には、どうにかバレないように会話ができるようになった。
マーシャに事情を話すという出来事はあったものの、屋敷内ではひとまずそれ以外のトラブルはなく、情報を集めることに終始。そして翌日、俺達はギルド関連から一つの情報を得ることができた。
「聖剣を守護する魔王、か」
場所はここから南東に位置するシェーベルクという地名の大森林地帯。その中に過去この地方で暴れ回った魔王が生み出した迷宮が存在するらしい。
「ええ、現在迷宮を作成した魔王とは別の魔王が住み着いている。名は――ガルアス」
俺の前世である魔王の名を利用していた魔族で間違いない。で、今回は迷宮に居座っているだけではない。マーシャが話す。
「その迷宮には、ガルアスが奪い取った金銀財宝が存在している。そういうものを収拾しているというのはずいぶんと俗っぽい魔族よね」
なるほど、その魔王を倒そうとすれば、俺が求めている武具だって手に入るかもしれないというわけだ。
「その迷宮にいるガルアスは、お宝を求めて外に出てくることがある……でも迷宮内に入り込んだ冒険者と直接戦うようなことはないみたいね」
「とはいえ財宝を取り戻そうものなら、戦いは避けられないだろうけど……冒険者が食いつきそうな話だな」
俺のコメントマーシャは「そうね」と答える。メリスとしても復讐相手ではあるし、そこへ向かう理由としては十分。
また、そのガルアスについて俺は少し調べようと思う……ロウハルドと関わっていたと思しき、ヴァルトについて。もしかするとガルアスも関係しているかもしれない。もしそうなら――
「準備は私がするわ。二人はその間に鍛錬でもしていて」
マーシャが言う。俺達は頷き、旅の再開まで屋敷でゆっくりすることとなった。




