彼女にとっての魔王
「あなたは、何者なの?」
……問い掛けの意味がわからず、俺は首を傾げる。どういうこと?
「えっと……それは……?」
「今言った技術、あなたは学んできた技法の応用だと言ったわね?」
「ああ、そうだけど――」
「それらについて、私は色々と知っている……中には千年以上前に存在していた帝国が保有していた技術も存在している」
げ、知っていたか……こうなるとちょっとまずい展開になるぞ。
「もしそういう技法が一つなら、私も単なる偶然として流していたかもしれない。けれど、あなたはそんな太古の技術や失われた技術をいくつも使っている。どう考えてもこれは知っていたとしか考えられない」
そう述べると、マーシャは腕を組み、
「で、それを太古の技術だと明言せず、あくまで自分で編み出した技術だと言い張っている……最初はそういう技術があるのを秘密にしておきたかったと思っていた。けれどあなたはそういう隠し立てをする意味がないから違うのではないかと推測した。だからこうして訊いているの」
な、なるほど……俺と会いたいと言ったのはその辺りを確かめたかったからなのか。
これはどうしよう……さすがに俺が編み出した技法で誤魔化すことは難しそうだし、かといって経緯を説明するのは――いや、待てよ。
部下に関する情報を手に入れようと俺はマーシャとコネを作ろうと考えていた。そしてどうやって情報を引き出すかについては……特に考えていなかったけど、この状況なら俺が前世魔王であったことはスムーズに説明できると思うし、いいのかもしれない。
そもそも部下を探すには誰かに俺のことを話さなくてはならないという面はあった。そしてマーシャはどちらかというと俺に忠誠を誓っているというよりは自由に研究をさせてくれる的な感じで城にいた。なので俺のことを言っても「なら部下達を再度結集し再び人類に復讐を!」などとヒートアップすることもたぶんないだろう。
状況的にも仕方がないし、誰かに事情を話すのであれば、マーシャという存在は良いかもしれない……と、色々思考する間にマーシャは小首を傾げ、
「どうしたの?」
「――いや、どう説明しようか考えていただけだ」
そう前置きをして、俺は、
「そういえば、一つ気になっていたんだが」
「何かしら?」
「城にいた時、標語を部屋に貼ってあったはずだ。確か『研究に己の全てを注ぐ』とか書いてあったはず。それはもう貼ってないのか?」
「……え?」
――とりあえず魔王ヴィルデアルしか知らないであろう情報を吐き出し、あとついでにちょっとばかり前世の気配を魔法で漂わせれば、理解してくれるだろう。
「俺としてはそれこそ命を賭けているくらいの勢いで研究に没頭する姿を見てやり過ぎだろうと思っていたんだが……メリスを転生させたのはマーシャだろう? その辺りのことについては少々確認したい面もあったんだ」
で、ちょっとばかり気配を漂わせる。そこでマーシャは気付いた様子で、彼女はやおら椅子から立ち上がると突如跪こうととして、
「待て! 待て待て待て!」
慌てて止めた。だが彼女は片膝ついた状態となり、
「し、しかし……」
「詳細を話したのは別に礼を示して欲しかったわけじゃない。それに、マーシャ達にとっては酷な話だが……魔王ヴィルデアルは滅んだんだ。マーシャの目の前にいるのは、その記憶と意思を保有する勇者フィス=レフジェルだ」
その言葉にマーシャは俺のことを見据えたまま動かなくなる。頭の中で処理仕切れていないのかと思いながら、俺は続ける。
「まず臣下の礼は必要ないし、その体勢をやめてくれ。それと、普通に接してくれればいい。もう一度言うけど、魔王ヴィルデアルは既に滅んだんだ」
そう告げるとマーシャは姿勢を一切変えないまま沈黙する。そして、
「わかりました、陛下」
「直ってないじゃないか!」
「いえ! 陛下の存在は絶対であり、例え生まれ変わったとて陛下は陛下。その忠誠に変わりはありません!」
こ、こいつ……俺のことなんて知らんという雰囲気を出していたはずのマーシャでこれかよ!
「おいちょっと待て、俺としては普通に接してくれればいいんだ! 普通に! さっきまでの通りに!」
「陛下に多大な恩義がある以上、同じ位置で話をするなど恐れ多いです!」
「いやだから魔王は滅んだんだよ! 今の俺は人間フィスだ!」
「しかし記憶を保有し、陛下のご意思で動いているのならば、陛下も同然でしょう!」
ああ言えばこう言う……! まずい、この状況下でメリスが帰ってきたら――
「……ちなみにだが、マーシャ」
「はい」
「俺のことを知った以上、何か思うところはあるか?」
少々の沈黙の後、
「再び陛下が絶対的な魔王として君臨できるよう――」
「だから待てって! まず根本的に俺はそういうことを望んでいるわけじゃない!」
「人間として大陸各地の魔王を討っているのは、今度こそ陛下が全てを手にするための布石ではないのですか?」
「違うって!」
と、ここまで言い合ってから一つ気付く。俺は自らの意思で侵略行為とかしたことがないんだけど、マーシャはそれが当然であるかのような考えになっている。
「……なあマーシャ、一ついいか?」
「どうぞ、なんなりと」
あれだな、例えば「死んでくれ」とか言った日には従いそうな勢いだな……。
「俺は城に多数の魔族――同胞を入れて暮らしていたわけだ。で、城内にいる間は同胞や人間に危害を加えないというルールがあったはずだ」
「そうですね。私もそれは遵守しておりました」
「俺が指示を出したのは、そのくらいだったはずだ……マーシャの口ぶりだと、なんだか俺が世界征服でもしているように聞こえるが、そんな素振りは見せなかったよな?」
「え? オーテッド様は侵攻の準備をしておけと指示され、私はそれに応じ研究を行っていたのですが……」
「待て、待ってくれ」
手で制す。ちなみにオーテッドというのは城内で魔族のとりまとめをしていた者。基本的に放っておけばまとまりがなくなる魔族達をある程度は制御しなければいけなかったので、彼に任せていた。
「一言も……俺はそんなこと一言も、指示していないぞ」
「同胞を集め、人間には手を出さないにしても私達に思うがまま好きなことをやらせていた……オーテッド様は陛下が忠義を試しているのだと仰っていました。そして選ばれた者だけ、陛下が成すことに参加できると。そのため誰もがあの城で研鑽を積んでいたのです」
「えらい曲解だな……それはつまりあれか? もし俺がそれに気付かずそのままにしていれば、いずれ城内にいる魔族が軍事侵攻をやり出すつもりだったのか?」
「そうでしょうね」
あっさりとした返答に頭を抱える。俺のあずかり知らぬ所でとんでもないことが起ころうとしていた。
いや、俺の指示がなければ動かなかっただろうから、最悪の事態は回避できたか……? けれど目の前のマーシャのことを見ていると、「陛下はああ言っているが、何か遠謀を抱いているに違いない」とか言ってさらなる準備をしていたかもしれない。
……俺、単に同胞を救っていただけなんだけどなあ。
「あー、マーシャ。大変失望させるようで悪いけど、俺は世界征服なんて望んでいない。オーテッドにその辺りの説明をしていなかったのは俺の落ち度だ」
「そ、そうなのですか……?」
「そうだ。で、本題に入る前に質問だ。現時点で人間に危害を加えたか?」
その質問にマーシャは首を左右に振り、
「私は城が陥落した後、ここに住み着き以来ほとんど屋敷から出ていません。連絡がとれる陛下の部下達も人目を忍ぶように隠れ、攻撃など仕掛けているケースは皆無です」
「そうか」
「……それをしていた場合、どうなさるおつもりだったのですか?」
マーシャの問いに俺は頬をかきながら、
「魔王は滅んでしまったが、最後の命令は生きていると思っている……それはつまり、命令違反だよな?」
マーシャの顔に緊張が走る。もし人に危害を加えていたらどうなっていたか。それを想像しているようだ。
ま、あんまり怖がらせるのも良くない。俺はここで話を切り替え、
「落ち着いたようだから、話をさせてくれ。まずは、俺の目的からだな――」




