勇者の友人
魔王を率いる魔帝ロウハルドとの戦いからメリスと共に旅を開始し、俺は大陸の西部から中央部に足を踏み入れた。そこはメリスの友人であるマーシャ――前世の部下――の住む国であり、とうとう彼女が暮らす場所を訪れたのだが――
「ここ、か?」
「そうだよ」
俺は建物を見上げる……屋敷、なんだけど。
小さいながら庭もある小綺麗な屋敷。敷地はそう広くもないが、話によるとマーシャは一人暮らしらしいので、住む分にはこれで十分……というか一人なら持て余すくらいかもしれない。
「えっと、マーシャって人は何か商売でもしているのか?」
「この国で色々魔法の研究をしていて、便利な道具とかを開発して儲けているみたい」
マジか。マーシャって商才もあったのか。元部下の才能にちょっとばかり驚きながら、俺はメリスと共に屋敷の入口へ。
ちなみに今いる国名はオルマ王国。東西に走るいくつもの交易路を持つ商業国家で、人の往来も多く発展している国だ。
そういう場所だから、彼女も商売が上手くいったのかもしれない……メリスがドアノッカーを叩く。少しして靴音が聞こえ扉が開き、
「お帰り、メリス」
マーシャが姿を現す。出迎えた彼女は白衣を着て研究の最中だったという雰囲気だ。
「ただいま、マーシャ。あ、紹介するね。彼が――」
「手紙を受け取っているから知ってるわよ。初めまして」
「……初めまして」
握手をして、俺達は自己紹介。彼女は「砕けた口調でいいから」と前置きをして、
「研究道具しかない屋敷だけど、まあゆっくりしていって。あ、手紙によるとフィスさんは剣を欲しいがっているんだって?」
「ああ。今後魔王に挑むとなったらさらに強くならないと」
「なるほどね。その辺りの情報ももしかしたら渡せるかもしれないけど……ま、話し合いは後にしましょ」
彼女は俺とメリスを中に入れる。そこですぐに気付いた。エントランスの傍らにメイド服を着た女性が数人。
綺麗に一礼するのを見て俺は挨拶しようと思ったのだが……気付く。
「彼女達、人間じゃないな?」
「お、気付くのか。さすがだね。あれは私が作ったゴーレム」
魔王エドゥーラのゴーレムとは大違いである。お手伝い用ってことか。
「研究道具とか、あんまり見られたくない資料とかがあるから、迂闊に人を雇えないのよ。だからゴーレムを作って屋敷の清掃とかをさせているわけ。まあたまに必要な書類捨てられたりするけど」
「駄目じゃないか……」
「まあまあ。そのくらい愛嬌があってもいいでしょ」
愛嬌っていうのか、それ? 疑問に感じたがツッコミは入れず、屋敷内を歩む。
やがて部屋に案内される。二階の一室をあてがわれたのだが、ベッドに本棚と作業用のテーブルと椅子。それだけあるシンプルな部屋だった。
「何か必要な物があったら私に言って。あ、それとゴーレムに食堂の場所とか案内させるけど、扉の金属プレートに何か書かれている部屋は立ち入らないこと」
「わかった……えっと、それで話についてだけど――」
「そうね。こっちもちょっと作業をしているし、少ししたら呼びに来るわ。あ、メリスはどうする?」
「私はギルドに行って情報を集めてくる」
「魔王の? いいけど夕方までには戻ってきてね」
「わかった」
メリスはその足で去る。なんというか、全てのことを魔王討伐に注いでいる感じだな。
「……旅をする間、気難しいと思ったでしょ?」
ふいにマーシャがそう発言。
「人当たりは良くしなさいと指導して、愛想良くなったと思うんだけど、やってることが血なまぐさくてやり方もストイックだから、なんだか近寄りがたい雰囲気があるのよね」
「孤高の勇者なんて異名を持つくらいだからな」
「そうね……あ、早速だけど部屋の案内とかしましょうか。それとも少し休む?」
「先に案内を頼もうかな」
「了解」
ゴーレムが来る。精巧に作られていて、魔力以外は人間と見分けがつかないな。
マーシャは奥へと引っ込み、俺はゴーレムに屋敷の案内をされる。研究に全振りしているのか、娯楽施設などは一切なく必要最低限の機能があるばかり。
「……思うに、マーシャもメリスと同様にストイックだな」
方向が違うだけだな、これは……そんなことを思いながら案内が終わり、部屋で少し待っているとお呼びが掛かった。
俺はゴーレムの案内でとある一室に通される。そこは書斎で、部屋の中央に円卓と、資料に目を落とすマーシャがいた。
「椅子はそこにあるから適当に使って」
壁際に椅子が並んでいる。俺は「構わないよ」とだけ告げて、円卓越しに彼女と対峙する。
「それで、話についてだけど――」
「その前に、質問させて欲しいことがあるの」
こちらの言葉を遮るようにして、マーシャが口を開いた。
「メリスやあなたが参加した魔王との戦い……手紙をもらって状況は私も理解している」
先ほどから手紙と言っているが、実際は分身か何かを利用してメリスから報告を受けていたんだろう。
「で、あなたのことについて興味が湧いた」
「それは俺の素性について? それとも、技術について?」
「両方。メリスが戻ってくるまでの間、少し話をしてもいい?」
「ああ、構わないよ」
そこから彼女の質問に答える形で、話を進めていく。彼女の疑問についてはもっぱら技術に関すること。どうやら俺の出自に由来があると踏んで、聞き取りをしたかったらしい。
俺としてはさすがに「前世の魔王から保有していた知識」と言うことはできないので、あくまで応用技術であることを説明した。ロウハルドとの戦いについてはメリスの証言もないので、応用技術の一種であるという点を強調してお茶を濁すことにする。
さすがに専門的な部分について聞かれたら多少なりとも答えざるを得なかったが……俺としては人間が活用できる範囲内での説明だし、何よりマーシャが古代の技術について知っているわけでもない。俺の説明でひとまず問題はないはず。
「……なるほど、おおよそ話は理解できたわ」
マーシャはそう述べると、俺に対し礼の言葉を述べる。
「ありがとう、わざわざ根掘り葉掘り聞いてしまって申し訳なかった」
「いや、構わないよ……ただ一ついいか? この話を聞いて、どうするつもりなんだ?」
「魔王を配下にする存在すらも倒せた技術である以上、メリスを強くするヒントになるかもしれないでしょう?」
……なるほど。メリスは俺に指導をお願いしているわけだが、マーシャは別のアプローチから強くするために色々検証したいのか。
理由についてはわかるので、場合によっては俺も何か協力するか……ただまあ、本音を言えば普通に過ごして欲しいんだけどさ。
「――それで、新たに質問があるのだけれど」
そしてマーシャは俺にさらに告げた。
「質問?」
「ええ。ここまでの話を統合した結果、訊きたいことが一つ」
少し声のトーンが落ちているんだけど……な、何だ?
なんだかちょっと深刻な表情をしているマーシャに俺は沈黙し言葉を待っていると……やがて彼女は、口を開いた。




