剣と魔法の知識
何はともあれ最初にやらなければならないことは、魔力量の増加だ。毎日魔力を高める訓練をしていれば自然と上昇するので、身動きがとれない赤ん坊には丁度いい。
まあ現段階でも意識が飛び飛びなので、あんまり鍛錬にはなっていない気もするが……これしかやることないし、頑張ろう。
ただあんまり派手にやると怪しまれるので、慎重に……という感じでゆりかごの中、ひたすら魔力を高め続ける。赤ん坊であるためどれだけ増やしても容量は少ないが、これを繰り返すことが後々効いてくるはず。今は基礎鍛錬に終始だ。
全ては俺の名を利用した魔族の制裁のため……と、殺気は出さないように。
そんな感じで延々と鍛錬を繰り返す。意識があるうちはそれをひたすら繰り返す。そうして気付けば季節が巡り、体も少しずつ成長していく。容姿についてはどうやら父親と似ていて金髪黒目。下手すると将来「若い頃の勇者エルトとうり二つ」と言われるかもしれない。
やがて――四歳くらいになって、ようやく意識が飛ばなくなり始めた。まあ体力もないから活動できる時間はそう多くないが、家の中から出て自分の足で村の状況を確認することはできた。
勇者の故郷は山に囲まれた農村で、隔絶とした穏やかな世界が広がっている。時に戦乱吹き荒れるこの世界においてそうした物事とは無縁の場所……勇者は、父親はもしかすると戦いを望まず、ここに戻ってくることを望んだのかもしれない。
ただ魔物はたまに出現するみたいで、自衛の手段を確保する必要はあるらしい……これを口実に剣術を学ぶのはいいかな。それと魔法もだ。
魔王の時に習得していた技術は頭の中に入っているので、成長すればそれを使うことはできるはず……技術に魔王も人間も関係ないからな。しかも俺が使用していたのは現在において消え去った古代の技術も含まれている。その中には人間どころか魔王と呼ばれる存在に対抗、相手によっては圧倒できるものも存在する。それを自在に操れるようになれば、目的の達成は決して難しくない。
けれど異質な技法であるため、それだけ習得し戦うと変に怪しまれ面倒事を引き寄せかねない。よって人間が扱っている技術も習得し、もし人に問われれば応用技術とでも説明すればいいだろう。誰も古代の技術だと知っているわけじゃないからな。
ともあれ魔力量を確保できたら次はそちら……武術と魔法を両方とも習得したいが、まずは魔法からにしようか。
そうしたことを考えていた折、父親に来訪者……どうやら前世の俺を倒そうとしていた時に仲間として同行した魔法使いらしい。彼はいくらか世界の情勢を話し、歩き回る俺に興味を持ったようだった。
「エルト、彼もいずれ戦士になるのか?」
彼は世間話の呈で話題を振ったのだろう。それに対し父親は、
「……少なくとも、自衛の手段は必要だとは思う。そこから先は、この子次第だな」
――魔法使いは俺のためにいくらか書物を残し、村を去った。内容としてはどうやら魔法の基本的な理論について。さすがにこれをスラスラ読むと怪しまれるだろうから、遊び道具くらいの気分で書物を近くに置いて、それとなく本を読むようアピールすることにした。
両親もそんな俺を見て文字を教え……やがて特に違和感もなく本を読み始めることに成功。なんだか誘導しているようでいい気はしないけど……これも目標のためだ。
書物としてはあくまで基礎の部分であるため、これだけであらゆる魔法を使えるというわけではないが、初歩的な魔法を使うくらいは違和感ないだろう。そういうわけで小さな火を生み出す魔法を使ってみて……指先にあっさりと点火した。うん、問題ないな。
当然両親はそれに驚く……四歳ほどの少年が魔法を使えた事実は村の中で結構な騒ぎとなり、勇者エルトのこともあって「この子は将来大成する」などと言われるようになった。
両親は複雑な表情ではあったけれど、自衛の手段として学ぶのはいいとして二人も魔法習得について認めてくれた。
そして武術についてだが……幸いエルトの仲間が来訪するため、俺は小さいながら剣に興味を示し、書物などを通して剣について学ぶ機会を与えられた。本当なら父親に教えてもらえれば良かったのだが……どうも彼は技量的にはそれなりに高いけど教えるのが下手だったみたいで、エルトの師匠が「剣を教えて欲しかったら俺に言え」と告げた。いずれ彼を師事することになりそうだった。
また剣術についてだが――知識そのものは俺としても非常に新鮮なもの。そういえば魔法については自分でも色々と研究したが、武術についてはあんまりだったな。
だからなのか、こうしたことを学ぶことは新鮮で、また楽しかった。人間ではあるが、もしかすると技術面においては前世の魔王を超えるかもしれない――いや、技術を活用すれば確実に超えることができそうだ。
そんな確信を持ち俺は勉強に勤しむ。後はどれだけ魔力量を抱えられるかという話になるのだが、赤ん坊の頃からちょっとずつでも鍛錬した結果に加え、勇者の息子であることが追い風となった。
さすがに勇者をやっていたためか、父親の魔力量は普通の人よりも多い。それは鍛錬の賜物ではあるはずだが、どうやらその影響が息子の俺にもあったらしい。
もしかすると前世が魔王だったことも関係している可能性も……ともかく、結構な魔力量を抱えることができると認識。このままいけば、人間の中でも逸材に入ることになるだろう……なんだか卑怯な気もするけどこれも目的のためだ。遠慮なく利用させてもらおう。
そうして剣と魔法について、延々と知識を習得し続ける……部下のことや世界の情勢は気になったが、今の俺では知ったところでどうしようもないし、強くなることを優先すると割り切ることにした。
そうして剣や魔法を学び……俺の魔法について興味を持ったためか、父親の知り合いが書物を持ち込んで来ることも大きかった。
そうして自然とさらに知識を得て……という生活を送っていた時、父親はふいに俺へと問い掛けた。
「フィスは、将来どうしたいんだ?」
――息子である俺の将来が気になるのは当然のことだ。そこで俺は、
「人の……役に立ちたい」
それだけ答えた。嘘は言っていないと思う。俺の目的は、間接的に人々の役に立つことでもある。何せ暴れ回る魔王を倒すわけだから。
その言葉に、父親は少し驚いて……やがて、
「……そうか」
それ以降、俺に対しては何も言わなかった。もしかすると両親で俺がどうするか、俺自身に任せようという協議でもしたのかもしれない。
そういうわけで、俺は剣と魔法を極めるべく、勉強を続けることとなった……しかし不思議な話だ。自分を倒した者達からこうして教えを受けることになるとは、長い時間生きてきた俺も想像すらできなかった。
もし過去に戻ってこうなると伝えても、一笑に付されるような展開だな……そんなことを思いながら剣と魔法について学び続ける。この調子なら少年を抜ける前に、知識だけならおおよそ得ることができそうだ。
そうしたら、次は……色々と頭の中で計画を立てながら、勉強に明け暮れた。