彼女からの願い
ここまで魔王ザガオンに使用した魔法は見た目ではまったくわからないタイプのもので、相手もどういう妨害を受けているのかは理解できていない様子。ただまあ、自分に何かしているのは把握したみたいだから、ここまでやっていたような魔法で相手に干渉し妨害というのは厳しいはず。
ならば……ザガオンは魔法を起動する。腕が発光を始め、今にも放ちそうだったが――アレシアとメリスが動いた。
魔法を妨害する意図があるのだろうと認識し――ザガオンが攻撃する前に到達しそうな雰囲気。
それはどうやら魔王も理解したようで、彼は方針を転換した。全力で放つより前に、威力を落としてもメリス達を食い止める……そういう意図で魔法を放とうとした。
方針転換は功を奏し、メリス達が迫るよりも早く魔法が放たれようとする。とはいえアレシアやメリスもその魔力を見て多少傷を負っても迫ることができる――そういう判断なのか、突撃をやめようとはしなかった。
もっとも、そういう考えは杞憂――思った矢先、ザガオンが魔法を放ち――それは力を成すことなく、霧散する。
「――馬鹿な。何故――」
体内の魔力に干渉できないのであれば、外部……大気に存在する魔力に干渉すればいい。
当たり前だが、魔法というのは空気の中を駆け抜けて相手へ攻撃する。ただ大気中に存在する魔力というのは大きな魔力の流れに従うため、魔法を放っても威力などが阻害することなど一切ない。
けれど、その魔力を例えば改変して他の魔力を相殺するようなものに変化させることができればどうなるか――それこそ目の前の状況である。もし全力であったなら魔力が途切れるまではいかなかったと思うが、それならメリス達が先に仕掛けていただろう。つまり詰みだったわけだ。
もっとも大気に存在する魔力の質を変えるなんて技法はそれだけに集中しなければならないため、俺が戦う場合は使えない。けれど仲間がいれば話は別である。
何度目かの驚愕した表情を見せるザガオン。その時、どうやら俺が何かをやっているのに気付いたか、こちらに視線を向けたが、抵抗はできなかった。
そしてメリス達の渾身の剣が、彼の体に振り下ろされる。
「――がああああっ!」
悲鳴。それと共に体が一気に崩れていく。魔法が使えなかったことにより防御に魔力を回す余裕すらなかった。
そして、魔王ザガオンはその実力をほとんど発揮できぬまま……倒れ伏し、消滅した。
「……何をやったのかわからないが」
一息つき、アレシアは話し始める。
「どうやらザガオンの魔法を封じてくれたようだな」
「俺は大したことしてないさ。単に裏をかいていただけ」
「魔王を手玉にとるような手段だ。大したことではない、と言うのも少し違う気がするが……まあいい」
苦笑しながらアレシアは語る。ただその表情はどこか満足げだった。
「役目は果たした。少しは私達も戦いに貢献できた……かな?」
「私も少しは役に立った、かな」
不安げにメリスが続く。俺は頷き、
「ロウハルドの部下をこれで潰したわけだけど……俺達はどうすれば?」
「さすがにこちらも疲弊している。直に後続から援軍も来るだろうから、今は山道手前まで引き返すとしよう」
戻るのか。まあアレシアやメリスは全力戦闘により疲労しているみたいだし、それが正解かな。
よって、勝利の余韻もそこそこに俺達は元来た道を戻り始めた……渓谷の先では爆発音が聞こえる。あとはロウハルドを倒すだけだが……決着がつくには、もう少々かかりそうだった。
レドゥーラと戦った場所まで戻ってくると、後詰めの部隊が俺達を出迎えてくれた。
「ご苦労だ、アレシア」
その中の隊長らしき男性が声を掛けると、
「後は私達に任せてくれ」
後詰めの部隊が俺達の横を抜け、山へと入って行く。そうした中で俺は一言。
「本隊と共に攻撃を仕掛ける、ということか」
「あの中には大地や大気を利用した大規模魔法が使える者もいる。本隊にもいるが、彼らがやられた場合の備えという意味合いもあるはずだ」
その言葉で……俺は目を細める。
「大地や大気……魔法陣などを利用し攻撃をするのか?」
「そうだが……何かあるのか?」
「……いや」
俺は山肌を眺める。場合によっては、俺が使用したような魔法も使える……かもしれない。神族の歴史は古い。魔法なども独自に発展しているはずで、俺の知識を凌駕するものだってあるかもしれない。
しかし、そうした手段は……色々と頭に浮かぶことはあったが、まだ口には出さないでおいた。そもそもこれについて――魔帝ロウハルドについての知識は、俺の口から語ると怪しまれる危険性もあるし。
それに事の詳細を伝えたとしても、おそらく理解してはもらえないだろう……神族側は以前のリベンジという形名分けだから対策だって考えているとは思うけど。
口元に手を当て考える。もし、神族側が負けたとしたら――
「今日はここで野営だな。準備を始めるから二人は待っていてくれ」
アレシアが言う。俺とメリスは同時に頷き、その準備を眺めることにする。
「……ここで出番が終わりそうだね」
メリスは呟く。その顔は疲労も溜まり物憂げになっているのだが……理由はそれだけじゃないだろう。
「気にしているのか?」
主語のない問い。けれど彼女は理解したようで、
「……アスセードからの戦い。それを思い返せば足手まといにしかならなかった」
「十分だと思うけどな……」
結果論だが、俺がいなければメリスはどこかで倒れていたかもしれないけれど……そう考えると俺は間に合ったと言えるだろうか。
ともあれ、彼女はまったく納得していない様子。無理もないが、これは俺が例外という解釈の方が正しいだろうし。
「どうすれば」
ふいにメリスは口を開く。
「どうすれば……あなたのようになれる?」
――本来、主君である魔王を討った勇者の息子という俺は、メリスからしてみれば憎悪の対象でもおかしくない。けれど俺の強さに興味を持って、憎悪などの感情を上回っているようだ。
そしてじっと俺のことを注視するメリス。愁いを帯びた表情で魔王の時に見せたことのない顔。その美麗さもあってか内心ちょっとドキリとしたりもしつつ、
「……あー、そうだな。俺の場合は色々と幸運に恵まれていた、というのも大きい。ただ俺の技術とかは、決して俺だけが扱えるってわけじゃない」
魔王の知識がいるので俺からしか伝授はできないけど、他の人が使えないわけじゃない。
「……なら」
メリスは少し間を置いて、
「少しの間だけでもいいから、指導してくれないかな?」
「……一つ確認したいんだけど、どうしてそこまで強くなりたいんだ?」
答えは知っているけどあえて尋ねる。こうしたイベントを挟んでおいて、勇者フィスとの信頼関係をある程度構築しておいた方がいいだろう。
「魔王を倒して回っているのは知っているけど、その魔王討伐というのはそこまでしてやらなければいけないことなのか?」
「理由は、話したくない……個人的なことだから」
「復讐とか、か?」
問いに彼女は小さく頷いた。忠誠を誓っていた魔王の仇を討つ……間違ってはいないな。対象が普通の人なら想像もできないだけで。
「……まず、俺は別に構わない。欲しい技術というのがあれば、解説することはできる」
「なら――」
「でも、正直なところ復讐という理由で戦い続けるのは良くない……そういう気持ちもある」
――長い時間生きていて、負の感情を動機として戦い続けていた存在の末路というのは、ロクなことになっていない。これはあくまで俺の経験則だけど。
俺としては、部下であった以上は諭す必要があると思い……そう口にした。




