光の魔法
進むにつれ、奥の方から物音が聞こえてくる。爆発音のようなもので、魔帝ロウハルドとの戦いが始まっているのだと確信できた。
「……現在、南側からも神族の後詰め部隊が動いている」
そうした中でアレシアは口を開いた。
「空を飛ぶ悪魔を率いる魔王ザガオンならば、それを把握していてもおかしくない。私達が動き出していることも含め、南側を防衛しなければならないと考えている可能性は高い」
「実際ザガオンはまだ動いていないな。たぶん俺達の動向に注意を払っているんだろう」
索敵をしながらこちらが言及するとアレシアは頷き、
「ならばロウハルドの所へ向かう可能性は低いな」
「……俺の魔法で悪魔を一蹴したら、次はザガオンだな?」
「無論……だ」
引っ掛かった物言い。現時点で俺の力がないと魔王を倒せていないからな。
神族としても、ここで引き下がるつもりはないと思うけど……内心魔王という存在に対し強い畏怖を抱いているのも事実か。
ふむ、俺としても動き方を変えるべきか? 色々思案していると、ザガオンが動いた。
といってもこちらの動きに合わせ待ち構えようと悪魔を動かしているようだ。
「……渓谷か」
やがて俺達の真正面に渓谷が現れた。どう見てもおあつらえ向きな構図。断崖絶壁の上から悪魔が飛来し、魔法を撃ち込んで来るのだろう。
「敵としては狙いやすいが、こちらも壁などがあった方が結界を構成しやすい」
「確認のために訊くけど、その結界は外からの攻撃を遮断し、内側の攻撃は透過するんだよな?」
「当然だ。でなければ魔法が届かないからな。敵をある程度片付けたら、魔王ザガオンの所へ向かう」
……俺は魔王ザガオンとどう戦うか、作戦を立て始める。俺の魔法で悪魔を一掃し、そのままの勢いでザガオンを滅するというのもありだが、少し趣向を変えてみてもいいか。
状況に合わせて戦術を都度変えていくことにしようかな……そう頭の中で決定すると共に、いよいよ渓谷に侵入する。
やや薄暗くなり、真っ直ぐ渓谷は続いている。危険だとして迂回する手もあるにはあるけど、それならそれで敵も動きを変えてくる……それにアレシア達がここを戦場に選んだ。後は全力を尽くすだけだ。
そして渓谷を進んでいた時、頭上から気配。アレシアやメリスが立ち止まるに合わせ俺もまた足を止める。
見上げると――そこに、人影があった。
「我々の存在は気付かなかったようだな」
見た目は……紳士のような出で立ちをした、三十前後かつ金髪の男性。貴族のようにも見えるが当然ながら違う。渓谷の下と上で距離があるにも関わらず、明確に強い魔力を感じ取ることができる。
こいつもレドゥーラと同じような強さだとしたら……そしてここまで遭遇した魔王の能力などを考慮した場合――
うん、いいことを思いついたぞ。
「我が名はザガオン。神族の方々は名前くらいは把握しているかな? その知能の足りない頭に刻んでおけ。世界を統べる魔王の名を」
「お前の同僚は潰した。同じようにしてやるぞ」
アレシアが応じる。それにザガオンは肩を震わせ、笑った。
「あんな単なる馬鹿なヤツと一緒されては困る。教えてやろう。本物の絶望というのを」
……なんか喋り方がいちいち芝居がかっているな。それを見ているとなんだかムカムカしてきた。
よし、あの表情を驚愕と恐怖に染め上げて見せよう……思考は完全に敵役である。
ザガオンは右手を振る。それと同時、崖の上に多数の悪魔が出現した。
レドゥーラのように筋肉を鎧とした筋骨隆々の悪魔。それらが一斉にこちらを見下ろしている様は、ずいぶんと不気味だ。
「――展開」
アレシアが指示を出す。それにより神族達が一斉に動き始め――あっという間に結界を構築した。
「なるほど、防御しながらこちらに魔法攻撃を、というわけか」
嘲笑を含みながらザガオンは告げる。
「とはいえ、果たしてこちらの攻撃に耐え得る結界になっているのか?」
「アレシア、いけるか?」
俺の問いに彼女はコクリと頷き、
「そう心配するな……頼む、フィス殿」
「ああ、こっちは任せろ」
直後、悪魔とザガオンが一斉に魔法を放つ。属性は様々で火球を始めとして多種多様な魔法が雨のように降り注いでくる――
頭上で轟音が鳴り響いた。なおかつ光などに覆われ悪魔達の姿が完全に見えなくなる。
「結界の維持を最優先! 絶対に気を抜くな!」
アレシアはそう指示しながら自身もまた結界維持に努める。時に一際凄まじい轟音が鳴り響くのだが……これはザガオンの魔法だろうか。
けれど、結界が揺らぐ様子はない。魔王の魔法と言えど、神族が結集して創られた結界ならば耐えることができるということか。
「いかに強大な魔法と言えど、神族が結集すれば怖くはない」
そうアレシアは俺やメリスへ告げる。
「元々神族は防御の方が強いからな。例え魔王相手であろうと、これだけの人数ならば防ぐことは難しくない」
そこまで言うと、彼女は自嘲的な笑みを浮かべた。
「少しは汚名を返上できたか?」
……やっぱりここまで魔王を倒せていないことについては、気にしているらしい。まあ当然か。
「それじゃあ、俺の番だな」
声を発し、俺は魔法を解放する。それにより生じたのは、多数の光。それは一本の槍のように変じ――いや、槍を二回り以上は太くしたような魔法。
それが数十本……俺は目を凝らしタイミングを伺う。ちなみにこの魔法にはある仕掛けが施されている。
俺は少しの間轟音や光を発する頭上を眺めていたが――手を振った。それにより一斉に光が放たれる。
結界の外へ抜け出した瞬間、悪魔の魔法と俺の魔法が激突し、相殺する。そして後続の光が空中を駆け敵へと迫る。それを確認すると同時、俺はさらに光を生み出すべく魔力を高めた。
敵は反撃してきたとして回避に移った……かもしれない。だが無駄だ。なぜならこの魔法は、悪魔などの魔力に反応して追尾するよう調整してある。
次の瞬間、頭上遠くで爆発音が聞こえた。なおかつこの魔法は直撃すると衝撃波を周囲に撒き散らし光も拡散する。多数の敵を巻き込むように調整したのだが……ふむ、気配を探れば数が一気に減ったようだ。
俺は間髪入れずにさらに魔法を放つ。今度は相手の弾幕も薄く、その大半が悪魔へと到達した。中にはザガオンへ向かう光もあったはずだが――あくまで悪魔を倒す威力であるため、彼を撃破することは厳しいだろう。
ここでまたも上の方から爆発音。直後、崖の上から何かが飛来してくる。
それは結界に当たったかと思うとバウンドし、地面へ落ちてきた。目を向けると悪魔の体の一部。直後、塵となっていく。
「威力は十分みたいだな」
アレシアは述べると小さく笑った。
「魔王の手勢を一瞬で崩壊させるだけの力……やはり人間離れしている」
そんな呟きを聞きながら俺はさらに魔法を解き放つ――と、頭上で新たな気配。どうやら別所から増援の悪魔を引き寄せているみたいだが……その全てを俺の魔法が破壊する。
追尾性能があるためいかに空を飛ぶ悪魔と言えど避けることはできない。これが単純に真っ直ぐ飛んでいくとかならやりようはあっただろうけど、残念ながらそうではなかった。
普通、こういう能力を魔法に組み込む場合威力などが犠牲になる。機能を加える分に魔力を注ぐ必要があるためだ。けれど俺は威力と機能を両立させた。これこそ人間の知識と魔王の知識を活用した結果だ。
さて、悪魔はずいぶんと倒した。頭上から魔法が降り注ぐのもいつの間にか止まっている。次はどう出てくるか……その時、渓谷の上から何かが飛来してきた。




