戦いの果て
俺が放った魔力には攻撃能力などない。それは合図――目覚めろという、呼び掛けだった。
ヴァルトとしても、何をしたのかと疑問に感じただろう。戸惑い、俺への攻め手を失った。まずはどういう攻撃をしたのか判断しようとした……しかしそのわずかな隙が、命取りだった。
刹那、ヴァルトの魔力が乱れ始めた。爆発的な奔流がうねり始め、また同時にそれを制御しようとする彼の顔が、苦痛に歪む。
「な、ん、だ……これは……!」
「千年魔王という妄執……お前は最強の存在であったそれにこだわった。その力さえ得ることができれば、全て解決すると考えていた」
俺は剣を構え直しながら、暴走し始めるヴァルトへ告げる。
「だが、こちらも対策を立てていた……元々、強大な存在であるが故に、復活などをする可能性を考慮したものだ。しかし、その策は千年経ってもまだ存在し続けた……これはお前が生み出した存在、イルフの魔力だ。お前を攻め滅ぼすために仕込んだ、彼女の妄執だ」
「馬鹿な……! 精霊ごときが……この手で生み出した存在の力によって……!?」
ヴァルトは無理矢理力を抑え込もうとする。だが、暴走しているのは千年魔王の魔力。ヴァルトの切り札であり、その全てそのものが制御できなくなっている。
「イルフ……ありがとう」
俺は彼女に礼を述べる。もう影も形も残っていない存在だけど、それでも俺は、彼女の笑顔を見た気がした。
「終わりだヴァルト。国を滅し、この世を破壊し続けた報いを、今受けてもらう」
「ふざけるな! まだ――」
ヴァルトが言い終えないまま、俺は彼に斬撃を叩き込んだ。全身全霊、持てる力全てを収束させた一撃だった。
暴走状態のヴァルトにそれを回避する術はなかった。剣戟がしかと彼の体に刻み込まれ――甲高い悲鳴が、俺の鼓膜を刺激した。
彼の体が、崩れていく。内に抱える魔力を制御できず、自壊し始めた。もうこうなっては、ヴァルトであってもどうしようもない。最後にどうなるのか、明白だった。
俺は剣を収める。そして消えゆくヴァルトの姿を見た。恐怖で染まる彼の表情は、やがて俺を見据え――それでも怒りを内に含んでいた。
「……じゃあな、ヴァルト」
言葉と共に、パンと魔力が弾けてヴァルトの体が消え失せた。そして膨大な魔力が拡散し、旋風を巻き起こす。
その魔力が平原を駆け抜ける。もしヴァルトの意思がどこかに入っていれば、魔力自体が悪さをする可能性はあったけれど……俺はないと確信していた。ヴァルトが目の前で消え去りその意思も滅した。もう地上に……ヴァルトの存在はない。あるのは千年魔王だった存在の魔力だけだ。魔王を構成していた力が、解き放たれていく……それが全て空へと昇った時、平原に残ったのは穏やかな風だけだった。
「……これで、終わり?」
メリスが問う。そこで俺は頷き、
「ああ、終わりだ……ようやく、本当にようやく……ヴァルトとの戦いが、終わったんだ」
直後、歓声が上がった。勝利した――それにより、騎士や兵士達が騒ぎ始める。加えて神族もまた、同じように声を上げ、喜びを爆発させた。
それを見ながら俺は、空を眺める。イルフのことを思い返し、小さく笑う。
「……呆れるほど長かったけど、ようやく終わったよ、イルフ。けど、まだやることがある……まだまだ、俺の目標は先みたいだ」
そこでノルバが近寄ってくる。彼としても長い戦いに終止符を打って、笑みを浮かべている。
「……これから、新しい世界を紡ぐことになる。ヴァルトと戦う世の中ではない……もう魔王なんて存在しない。それと同時に、魔族が共存できる世界を」
「うん」
小さく頷く。それを見てメリスもまた微笑む。
――そうやって、俺の戦いは終わった。魔王などと呼ばれ、転生して、あまりにも長い旅路だったけれど……ようやく、一つの終わりが見えた。
それをまるで喜んでくれるかのように、歓声は鳴り止まなかった。俺はただ彼らの声を聞きながら、ようやく決着がついたことで、どこまでも清々しい気持ちで満たされていた。
本来なら、魔王を倒した勇者ということでお城に招待されパーティーでも行われる……はずなのだが、さすがに俺の素性などのこともあるし、迷惑だろうってことで今回は回避することとなった。
「どこか落ち着く場所ができたら、連絡が欲しい。そこで改めて、今後どうするか決めるとしよう」
王はそう述べた。魔族が暮らせる場所を作る……ヴァルトとの戦いにも決着がついた以上、本当なら魔族が大手を振って歩ける世の中を作りたいところだけど……千年という歳月により、確執が生まれてしまった。ヴァルトが生み出した存在により、魔族は人類にとって明確な敵となっている。だからまず、その辺りから認識を変えていかなければならない。
その中で俺は、勇者として活動していくことになる……まあ実際は、魔王ヴィルデアルだったこともあるから魔族よりなのだけれど……魔族に好意的な人間という立場を確保できているわけだ。これはこれで良いだろう。
俺は王都の話し合いを終えて、自分の天幕へと戻ることに。ここからの筋書きとしては、明朝密かに陣地を出る。魔物や魔族はいなくなったので、明日にも撤収作業に入るわけだが、それより先にとんずらするというわけだ。
その後のことは……ひとまず、王の言う通り腰を落ち着ける必要性はあるだろう。目標のためにはやることが多いから……それと神族、ひいてはノルバとも話し合った。魔族とどう向き合っていくかについては、彼ともしっかり話し合っていかなければならない。
「アスタさんの行動については否定しない。もし何か困ったことがあれば、言って欲しい」
ノルバはそう言い残して、一足先に撤収した。俺の昔のことを知る、唯一の存在と言って良い彼。今後、目標へ向けて進んでいくために、彼の力も必要になっていくことだろう。
そして俺は……胸中で今後のことを考える間に天幕に到着。時刻は夜で、周囲はずいぶんと静かだ。先ほどまで兵士はあちこちで宴を開いていたが、疲労が勝って眠ってしまったらしい。まあ敵もいないのだ。ゆっくり眠ればいい。
そうして、天幕の中へ入る――そこに、メリスとチェルシー、マーシャの姿があった。