共に戦う存在
ヴァルトが繰り出してくる戦法は、極めて単純……すなわち、力によるゴリ押しである。遠大な策謀を巡らせることはできるが、戦術という点についてはそれほど知識がない……ずっと裏に隠れて活動していたため、必要なかったと言うべきか。
だからこそ、ヴァルトは作戦ではなく純粋な力によって戦おうと決めたわけだ……その両腕に魔力が迸る。魔力そのものが螺旋状に回転しながら収束しており、さながら暴風が生じているようだった。
それは、一個人が抱えていい魔力量ではない。滅亡した王国……あの場所で研究していた兵器。町を滅し、都を滅ぼしたあの炎――それを連想させる、まさしく滅びの魔力。
多数の魔物や魔族を吸収したが故の、たった一度しか実行できない切り札。全てを賭け、俺を倒すためだけに実行したヴァルトの作戦。
それに俺は、呼吸を整える。そして全身に魔力を――活性化させた。
途端、周囲の景色が歪むような膨大な魔力が生じる。人間にそんな力が生み出せるのかと思えるほどの魔力量ではあるが――ヴァルトとの差は、ほぼなくなった。
「そう来たか……いや、全てを知るが故の魔法か」
ヴァルトはこちらが成したことを看破している。俺は魔王ヴィルデアルの力を再現し、その魔力を人間の身に叩き込んだ……無論、人間の器とイルフから得た器では根本的に大きさが違う。けれど千年以上の歳月を経て習得した技術が、人間の身でも膨大な魔力を抱えることに成功した。
とはいえ、これは器を無理矢理大きくして魔力を注ぎ込む手法で、時間制限が存在する。魔王ヴィルデアルが持っていた力を再現はできるが、それはあくまで短時間。対するヴァルトは強大な力を維持することができる……普通に考えれば、俺の方が圧倒的に不利な状況。
しかし、不安はまったくなかった。ヴァルトはまだ気付いていない……ただ、俺の力を正面から叩きつぶそうという気概だけが存在している。
直後、俺の剣とヴァルトの拳が激突した。彼は生身にも関わらず、俺の剣を真正面から受ける――魔力が周囲に拡散し、平原を駆け抜ける。
メリス達に加え、神族達は余波により動きを止める。その中で俺とヴァルトだけが、せめぎ合い相手を打ち倒そうとさらに魔力を高める。
「ここでお前は終わりだ!」
ヴァルトは声を張り上げ、俺を潰そうとさらに魔力を高める。際限なく貯め込んだ力を、俺を倒すためだけに注いでいく。
これだけの力を用いれば、周囲にいる神族達を倒すだけの余力が残るだろうか……そんなことを考えるが、今のヴァルトは俺だけを倒すために――持てる力を出している。
それはおそらく、憎悪――俺に辛酸を舐め続けたからこその行動。今のヴァルトには俺以外のものは見えていない。いや、俺以外の存在を見る必要性もない。それだけの力を得てしまっているから。
俺を倒し、残る力でも蹂躙できると考えているのか……しかし、こちらはたじろがず、攻撃を受け止め続ける。
時間制限はある。けれど、俺はなおも冷静であり、どうやってヴァルトを倒すか頭を回転させている。相手が暴走気味の状態だからこそ、逆にどう裏をかくか考え続ける……と、ここでメリス達が動いた。
「――はあああっ!」
剣戟が、メリスから放たれた。無謀な一撃ではあるのだが、ヴァルトはそれを避けることすらせず、体で受けた。
結果は……たじろがせることすらできない。
「無駄だ! 魔力によって完全な存在となった! 貴様らに傷一つつけられない!」
「――そうは言うものの、俺を倒すには至らないわけだが?」
挑発的に告げると、ヴァルトは憤怒の表情を見せてさらに魔力を高めた。俺を押し込み、このまま勢いで攻め滅ぼす……そんな具合だろうか。
というより、俺に何かしら作戦を立てられると面倒だと考えているのか。あるいは、こちらが策を要しているのはわかりきっているため、それが発動するより先に……策の応酬で勝てる道理はないというのがヴァルトの考え。だからこそ、全てを捨ててまずは俺を、というわけだ。
その考えはおそらく正しい。俺は互角に渡り合っているが、いずれ力を失うし、そうなったらヴァルトを止められる者はおそらくいない。魔物や魔族を取り込んだ魔力はあくまで奪ったものであるため、魔力を消耗すれば俺が切り伏せた時のような存在に戻るとは思うのだが……仮にそうなるまでに、多数の犠牲者が生まれるだろう。だからこそ、今ここで決着をつけなければならない。
ヴァルトの腕から、さらに魔力が噴き上がる。メリスは攻撃を仕掛けた後に引き下がり、神族や人間達が魔法による攻撃を仕掛けた。しかし、
「無駄だと言っているだろう!」
その全ての攻撃が、ヴァルトがまとう魔力によって弾かれる。攻撃していながら、防御にもある程度魔力を割いているな……もしこの防御用の魔力も攻撃に転用していれば、このせめぎ合いはなかったかもしれないが……さすがに神族がいる以上は厳しいという判断か。
俺は確かに一人で戦うと明言した。ノルバ達もそれに同意した……が、神族や、メリスがここにいる意味は確かにある。ヴァルトが少なくとも、あらゆる魔力を俺へ注ぐようなことはしていない……場合によっては、逃げるだけの余力だって維持している。つまり完全な全力ではない。
そこが、おそらく勝負の分かれ目だった。俺はヴァルトが全身全霊でも対抗はできた。しかし、攻撃を防ぐ時間は減っていただろう。その時間差は、もしかすると――俺が負けるという結末に至っていたかもしれない。
俺の策が成功するより先に、勝負が決まっていたかもしれない……だが、そうはならなかった。結局ヴァルトは、
「……結局、お前は一人で、俺には仲間や、共に戦う存在がいる……そこが、明確な違いだよ、ヴァルト」
「何……!?」
「お前は、共に働いていた時から……誰も信用していなかった。自分一人で研究を進め、やがて魔王として君臨した……ある意味、一人だったからこそ成せた所業だ。けれど、一人だからこそ……お前は負けるんだ」
ヴァルトが怒りの表情を見せ、さらに魔力を高めようとする。だが、
「終わりだ、ヴァルト」
宣告。それと同時に、俺は剣に魔力を込め――それを、ヴァルトへ浴びせた。