魔王と人間
テントに戻った後、俺はなんとなく外に出て夜空を見上げる。星空を見ていると、心が少しずつ落ち着いてくる。
昼間の激戦が嘘のような心境だった。ただ同時に、決戦が差し迫っていることから、色々なことが思い起こされる。
「……ヴァルト」
俺は彼を仕留めたはずだった。しかし、地の底から這い上がるように、彼は復活した。
幾度も彼を倒すチャンスがあったのだ。しかし、今日までそれが叶わなかった……明日、終わるかもしれない。俺の旅の一つの目的が、果たせるかもしれない。
「……イルフ」
そうして俺は、精霊の名を呼んだ。
「ようやく、終わるかもしれない……全てのことが。人間の勇者になって、もうイルフが残したものなんて何一つ残っていないけれど……」
いや……もしかすると、この転生は彼女が俺に施した何かなのかもしれない。千年魔王との戦いの前、彼女は俺に策があると告げた。そうして俺に魔法を掛けた。
結局、彼女の魔法が効果を発揮することなく、俺は戦いを終えた。そしてイルフは……彼女が仕込んだ策はいくつもあった。その内の一つも、結局使わずに終わったが――
「待て……もしかすると……」
あくまで可能性だが……千年魔王が復活するというのなら、一つだけ手がある。この戦いにおいて、切り札になるかもしれない一手が。
彼女は千年魔王に勝てない未来を考慮し、俺に魔法を掛けて策を仕込んだのかもしれない。勝てたために活用されることはなかったが……というより、長きに渡る戦いになると彼女は感じていたのかもしれない。
だから今回の戦いで、それを……思案していると背後から足音が。振り返ると、メリスがいた。
「すみません、少し……お話をしたくて」
「……それは、俺が魔王の記憶を持っているためか?」
問い掛けにメリスは沈黙する。
「俺は……転生前の魔王としての立場は捨てた。けれど、メリス達にやらなければならないことは残っている……だから、交渉を行った。魔族が平穏無事に暮らせる場所……それは、俺が止められたかもしれない悲劇によって生まれた者達を救うためのものだ」
「わかっています……あの、あなたは、この戦いが終わればどうするのですか?」
「もし叶うのであれば、俺も魔族達が暮らす場所で手伝いできればと思っている。そこまでが責務だろうし、さ」
「……あなたは」
メリスは少し間を置いた。何かをいいかけて、やめる。
「魔族のことをどう考えているのか。それを尋ねたかったのか?」
「……私は、あなたがどのような過去を持っているとしても、救ってくれた恩義を感じています。だからこそ、私はあなたと共にいたいと思っています」
「それは嬉しいけど、俺はもう勇者フィスだ……うん、そうだな。これはきっと、イルフが施した遠大な策の一つだ。何かしらの形で命を落としても、新たに生まれ変わることができる……それが人間なのも、イルフは計算に入れていた」
「なぜ、でしょうか?」
「俺を人間とは異なる存在にしてしまったから、かもしれない。あるいは、何百年と一緒にいてくれた礼なのかもしれない……真意を聞くことはできないけれど、彼女が行った策であることは、間違いない」
そう述べた後、俺は空を見上げる。
「俺は、ヴァルトの遠大な計略により、勇者の手によって倒された……けれど、もう一度だけチャンスを得ることができた。これを無駄にはできない……必ず、ヴァルトは始末する」
「はい。無論、私やチェルシーはお付き合いします」
「ありがとう……で、だ。繰り返しになるが、俺は人間であり勇者だ。もう魔王という立場ではない。どれほど請われようとも……俺は魔王という存在に戻る気はない」
メリスは俺の言葉を黙って聴き続ける。
「そもそも、俺は魔王なんて存在でもないんだ。偶然人間を捨ててしまい、力を得てしまった者……神族は、長い時間を掛けてその価値を確固たるものにした。魔族もまた、望んではいないにしろ、その立ち位置を得た。では俺は……俺はそもそも、魔族じゃない。魔族のフリをしていただけの元人間だ。例え魔王としての実績があろうとも……人間になってしまった以上、魔王という存在とは無縁だ」
「……そう、ですね」
「俺の結論を、残念だと思うか?」
「存命であるのなら、これからも導いて欲しいと思っていました……けれど、あなたが首を振るのなら、私達はそれを止める権利なんて……ありません」
述べながらメリスは、踏ん切りがついたように俺へ顔を向け、
「私は……話を聞くまで、魔王として、もう一度私達と共にいて欲しいと願いました。けれど……それは、あなたにとっても望んだことではないんですね」
「残念だが、そうだな」
その言葉に、メリスも理解を示したようで、小さく頷いた。
「わかりました……なんというか、私はただあなたに……魔王ヴィルデアルという存在に、甘えていたのかもしれません。陛下であれば、間違いなく導いてくれる……そんな風に、思い込んでいました」
「俺自身、意図的ではないにしろ……そういう風に誤認させたのもあるとは思う。俺は、なんというか……魔族達を救いたくて、魔王を名乗ったという面はある。けれど、本質的には……とても、王となれるような器じゃない」
「いえ、あなたはそういう力を持っていると思いますよ。実際、私達のことを導いてくれたではありませんか」
そこは疑いようのない――と、メリスは暗に語っている。
「今後、人間として魔族を率いるようなことはないのかもしれませんが……あなたは間違いなく、魔族の王として君臨していた。そこは、自信を持って良いと思いますよ」
「自信ねえ……俺にとってはそう必要のない技能なんだけど」
メリスは笑う……そこに、俺の正体を知り右往左往していたメリスの姿は、どこにもなかった。
「……この戦い、必ず勝ちましょう」
そして彼女は語る。俺はもちろんだという意味合いで深々と頷き、
「ヴァルトを追い込むことには成功した。ノルバにも語ったが、俺が決着を付ける。けれど、メリス達の協力も必要だ」
「はい」
「正直、魔族を救う……というのはおこがましいかもしれないけれど、この戦いがその第一歩にはなると思う。少しでも、彼らが良い場所を得られるように……協力してくれ」
メリスは黙って頷く。決意を新たにして――いよいよ、決戦が迫っていた。




