国の終わり
「……そういえば、重要なことを訊いていなかったな」
俺は使い魔から見ることができる赤い光景を見ながら、少年へと尋ねた。
「君の名前は?」
「……ノルバ。ノルバ=ジェイザ」
「ノルバ君か。騎士団……例えば神聖騎士団について、どうなったんだ? 君の口ぶりからすると、団員の中には知っている者だっていそうだけど」
「事情を知る者の中には、どうやら賢者達と結託して動いている人間もいるみたいだ。けれど神聖騎士団の大半は何も知らない。きっと王家と共に戦っているはずだ」
「……実を言うと、俺はこの森で暮らしつつ、使い魔を利用して色々な場所を見て回っている。現在の都の状況だが、人がいない。しかも都全体が炎に包まれている……首謀者はどこへ行った? そして、肝心の王家は?」
「……炎が上がった時点で、王家も都を放棄したはずだ。暮らしている人々も運が良ければ逃げているはずだが」
生存者がどれだけいるのか、正直絶望的ではあるのだが……ただ、ゼロというわけではなさそうだ。
とにかく現地へ行って確かめるべきだな……ただ少年をこのままにしておくわけにもいかない。
「……都から避難する人間の場所とか、あるいは騎士団が現在どこにいるのかは、心当たりはあるか?」
「候補は、ある」
「ここの小屋は開放したままにしておくけど、さすがにずっとここにいるわけにもいかないだろ? どちらにせよ、君もまたどこかへ避難しなければいけない……ここに君が来たことは俺以外知らないし、また俺も誰かに話すつもりはない。どうするかは、君の判断に任せる」
ノルバは小さく頷いた。そこで俺は、
「俺はひとまず都を観察しながらどうするか考える。少しばかり様子を見に行くかもしれないが」
「炎の中へ?」
「そうだ。ま、死にたくはないから別段何かをするつもりはないけどさ」
俺はそう告げるとノルバに対し背を向ける。
「小屋の中は自由にしていい。ただ、去る時は後片付けだけしっかりやってくれよ」
言って俺は、小屋を出た。
俺は砦に一度戻ってイルフと話を開始する。都の状況を聞いて彼女の表情も相当硬くなった。それはきっと、彼女も半ば関係者であるが故に、かもしれない。
「俺は今から都へ行って様子を見てくる。生存者などはいるかどうか。加え、今回の騒動を引き起こした人間がいるのなら……そしてヴァルトを、倒さないといけない。放っておけば、おそらく世界全体が無茶苦茶になる」
決して誇大表現ではないと思う。彼らは自分の思うがままにやりたいがために国さえ滅ぼした。研究を進めることができるのであれば、世界をどんな形にだって変えてしまうだろう。
「なぜ、アスタがそれをやるの?」
もっとも疑問。そこで俺は、
「きっと、俺だけが……俺だけが、この凶行を止めることができた。百年前……ヴァルトの思想を危険と感じても処置をしなかった。南部の町で出会っていた時、俺は何か行動するべきだった……だから今、行動する」
「それは……」
「わかってるさ。俺がヴァルトをどうにかしても、結末は変わらなかったかもしれない……けれど、俺だけが間違いなくこの惨劇を止めることができた。力を手にしたからこそ、やらなければいけないこともある」
呼吸を整え、俺はイルフへと告げる。
「だから、俺は都へ行く。イルフはここの留守番を頼む。もし俺が帰ってこなかったら……その時は、どうするかはイルフの自由だ」
「アスタ……」
何かの形で死んでしまったら――そんな会話はこの百年の間にいくらでもしていた。結論としてはどうするかは自由。俺はイルフの行動を制限する資格はないし、イルフとしても俺の活動を否定するつもりはない。だからそういう結論だった。
イルフの存在が知られればどうなるかわからない。本当ならここでずっと過ごしてもらいたい。けれど、ヴァルト達が本格的に行動を開始したのならば、ここだって安全ではなくなる。きっとイルフは穏やかに暮らせる場所なんて、なくなってしまう。
だから俺は……絶対に、勝たなければならない。
「もちろん、危なくなったら引き返すさ……それじゃあ、行ってくる」
彼女に背を向ける。それと同時に俺の使い魔が都の惨状を新たに捉える。
炎が噴き上がり、世界が赤く染まる。この国が間違いなく終わった瞬間に、俺は今立ち会っている。
歴史が変わろうとしている……この国に暮らす人達にすれば、世界の終わりだと叫んでもおかしくないような状況だ。
「その元凶が、ヴァルト達か……」
移動を行う間も、延々と思考し続けてしまう。どうやればこの悲劇を回避することができたのか。もし最初の段階で何かアクションを起こしていれば、こんな惨事を見ることはなかったのではないか――
「いや……考えても仕方がないことか」
使い魔を通して炎の海を見ながら呟く。そう、考えてもどうしようもない。まさかヴァルトが百年の歳月、俺と同じように生き続け、国を滅ぼすなどと、再会した時に想像できるはずもなかった。
きっと誰かも「お前のせいではない」と告げるだろう。けれど、俺にだけこの凶行を止める手立てがあったし、また可能性があった。
俺自身、決して自分のせいだと思うようなことはない。しかし、それでも――
頭の中で思考を続ける中、俺はとうとう森を出た。遠方に赤い光が生じる都が見える。距離はあるが、炎が強いためなのか、生暖かい風が体を撫でた。
「あそこにヴァルトがいるとは思えないが……」
いや、ヴァルト以外の者達についてもどうするか考えなければならない。ヴァルトだけを倒したからといって、解決するわけではない。
もし彼と出会ったら……もはや言い逃れはできなくなる。俺の能力について悟られるかどうかは不明だが、ひとまず露見しないよう……こちらの手の内がわからないように動くことが必要か。
俺は無言のまま足を紅蓮の炎が舞う都へ向ける。生存者はきっと必死に逃げているところだろう。先ほどの少年、ノルバについてはどうなっただろうか……憔悴しているようだから、俺が事を終えるその時まで動かないかもしれないな。
ともあれ、俺は淡々と歩みを進めていく……その時、一際大きい爆発が都から生じた。全てを灰にする炎は、全てを赤に包んでなお、さらに強くなろうとしている。まるで、この国を滅ぼす災厄の魔神でも現われたかのように――




