繁栄と闇
都はどこまでも続くと思わせるほどに発展し、人々は飽食の有り様を見せていた。各地で大規模な農業を行い、人口増加に伴う増産を見せていた。病気だって最新の魔法であっさりと治療される。それが貧困層にももたらされ、働けば働くほど豊かになる暮らし……それはまさしく、人が求めた理想郷であった。
俺は遠巻きに見て、それに加われないことでなんだか惜しかったなあなどと思った……まあ、百年前の人間である俺が目前の状況を体験することなんてできないし、仕方のない話ではあるのだが……ただ、そうした中で一抹の不安も抱えていた。
あれだけの繁栄。何かしら余波があってもおかしくない……というより、光あるところには闇が存在する。都に張り巡らせた魔力が、何かしら警告しているのだ……裏があると。
それが何かの拍子で表になった時、都の繁栄は終わる……とはいえ、まさか国が滅ぶなんてことは想定していなかったし、精々今が絶頂期なのだろうと考えるだけだった。
俺はふと、一人で都の中を歩くことにした。少しだけ雰囲気に浸りたいのもあったし、イルフも「行ってくれば」と薦めてもらったので、少しだけ見て回ることにした。
そうした中、俺は大通りに人だかりを見つける。というか、どうやら都の入口から騎士団が帰還していた。魔物討伐か何かの帰りだろうか?
「神聖騎士団に栄光を!」
そんな言葉が聞こえてくる。俺が研究員をやっていた頃にはなかった騎士団……伝え聞く情報によると、様々な魔法的な処置により強化された人間で構成された騎士団だったはずだ。
俺は少し興味が湧いてその姿を確認。白馬にまたがる純白の騎士団が、大通りを進み民衆に手を振っていた。
その中で隊長と思しき人間は、それはもうため息がつきたくなるほどの美男子だった。女性から歓声がが上がり、それに隊長は手を振ってにこやかに応じる。他の騎士達も似たような反応だったのだが……俺は、ふと違和感を抱いた。
魔法で強化されている、と聞いていたので鎧などに魔力が付与されているのかと思っていた。けれど少し違う。あれはどうやら――体に直接魔力を刻み込まれている。
気配を探ればそれがはっきりとわかるほど。これはどうやら裏がある……と思いながら俺は騎士団を見送る。
「いやー、いつみても格好いいな」
と、ふいに談笑する男性二人組が。
「次の騎士団候補も育ってきているし、安泰だな。次の騎士の中には、とんでもない力を持っている者もいるそうだ」
「現状よりもさらに強いってことか……想像もできないな」
俺はなんとなく騎士団について調べようかと考えた……のだが、やめた。変に探って怪しまれるのは避けたい。力を持っているのなら、俺について看破される可能性もあるし。
さすがに俺達のことが認知されているわけでもないので、目立たなければ襲われることもないだろう……とは思うけど、いつか見つけ出されてしまうのだろうか? そうなった時のことを考えておく必要性は、あるかもしれない。
「ま、来たら逃げの一手でいいか」
森の中に隠れ住んでいるわけだけど、俺やイルフは別に土地に執着があるわけでもないし……。
そういうわけで俺は堪能したし、帰ることにした――今思えば、ここで何かしら行動をしていたら、もしかしたら変化があったのかもしれない――
神聖騎士団の凱旋を見て以降、俺は頻繁に彼らの姿を見ることになる。定期的に部隊が派遣され、魔物を討伐している。それも凶暴な魔物がいる場所に。その能力は、魔力で強化されていることもあって恐ろしいもの……内心舌を巻くほどだった。
なるほど、あれだけの力があれば民衆からも指示を受けるのは納得できる……俺達にとってはその牙が向けられなければ関係の無い話なので、放置でいいとは思うけど。
ただ、その性質上かなり厄介な存在なのではないか……そもそもどのようなプロセスを経て強化が成されたのか。そこにはおそらく、闇の部分が関わっているのではないか。
そのような推測を抱いていた時……幾度かの凱旋の後、彼らはパタリと外に出なくなった。どうしたものかと観察していると……少しずつ、都が不穏な空気に包まれ始めた。
表面上は何も問題はない。けれど、取り巻く空気が硬質なものへ変化する。これまで繁栄を極め誰もが笑って暮らせる場所だったし、それは変わっていないのだが……裏側で、何かがうごめいている。
それが表面化したのは、思わぬものだった……いつものように都を観察していた時のこと。都がある方角から、こちらへ向け森を突っ切って進む人物を俺は捉える。もっとも俺達のことが知られているわけではない。何かに追い立てられるかのように……まるで、何かに逃げるかのように、その人物は森の中を進んでいる。銀髪の男性……いや、少年と呼ぶべきだろうか? 装備は騎士団のものではあるがどこか簡素。訓練兵の類いだろうか?
なぜこんな森の中に……と、ここで彼は立ち止まった。森の中でただ一人、まるで死に場所に辿り着いたように動きを止める。
どうやら力をなくしたか……俺はどうすべきだと自問自答する間に、彼はとうとう倒れた。ふむ、ここは――
「イルフ、森の中で倒れ込んだ人物を見つけた。応対するから、留守を頼む」
「わかった」
こういう事例は百年も生きていれば幾度もあった。偶然を装って遭難者を助けたことは一度や二度ではない。
よって、今回も同じように……ただ、都から逃れるようにというのはずいぶんと引っ掛かる。何かあったのだろうか。
その辺り、彼から聞けばいいか……情報源とも言える少年を見つけ、俺は手早く支度をして砦を出る。
森の中を駆け始め、その間に周辺を確認。魔物の類いは見受けられない。少年が倒れる場所についても問題はなし。間に合わずに喰われるという悲惨な結末になるようなことはなさそうだ。
寝覚めも悪いし、さっさと理由を聞いて町へ戻そう……そう思った時、俺は空から何か魔力的な気配を捉える。なんだか空気がおかしい……そう思いはしたけど、少年の方が優先だと思い、俺は急ぎ彼の下へ向かうことにしたのだった。




