覚醒
事件が起きたのは、俺とイルフが外部の存在と接触しようかと悩んでいる時だった。
都に対して色々と情報収集を行ってはいるのだが、それだけで世情を理解できるとは言いがたい。それに研究機関は都だけに存在しているわけでもない。都にいる俺からすれば接触するような機会もなかったし、具体的に何か成果を上げたという話もほとんど聞いたことはないのだが、都以外に所属する研究者が森を調査する可能性だって考えられる。現状で俺は都について情報網を構築できているわけだが他の場所だって色々と調べておいた方が良い。
ただ使い魔を利用するのも管理が煩雑になるため、面倒……ということで村や町に直接入って調べようかという話になった。
「私はどうすればいいの?」
「イルフは留守番」
「むー」
頬を膨らませる彼女ではあったが、こればかりは我慢してもらわないといけない。俺は試行錯誤して自分の魔力を誤魔化す手段を見つけたが、イルフは無理なのだ。
ただこうしても現役の研究員……それこそ魔法技術を相応に持つ研究員の目はおそらく誤魔化せないだろうと思う。精々魔法とは縁が無い人間を騙す程度だ。俺の技量が高ければまた話は違ったのかもしれないが、歳月を掛けてもそこまで到達することはできなかった。
そう――この当時俺自身まだ能力としては低かった。長い歳月を利用して強くなることはできるかもしれないが、それこそ牛の歩みであり、百年経ってもほんの少ししか進歩していないのではないか、と思うくらいだ。
都の研究員達が日夜技術向上を繰り広げている状況化すれば、将来問題になる可能性はある。なぜかというと今はまだ森全域を調べるような探査魔法などは開発されていないが、将来そうしたものが生み出される可能性は十分ある。都だって魔物の発生と駆除は課題であるため、それを事前に察知できる魔法の開発は必要であるためだ。
そして、そんな魔法を実験と称して使われただけでも俺達は見つかってしまう可能性が高い。それを回避するためには二つ。魔法をすり抜けるような技術を開発するか、あるいはもし見つかっても即座に逃げられるような手段や能力を確保しておくか。
前者は聖王国の技術と真正面からぶつからなければならないため、間違いなく現実的ではない。俺達の技術向上が現状で牛の歩みである以上、時が経てば差が広がってしまうのは自明の理。よって、後者……逃げられるように準備をしておくのが望ましい。
そのやり方なのだが、逃げるにしても追いかけられたらまずいので、それなりに力をつけたいところ。それには独力だけではなく武具の力とかに頼るのもありかなと思い、村や町に出て交易でもしようかと考えたのだ。
設定的には森で暮らす狩人で、薬草などを持ち込めば取引をしてもらえるだろう……砦の周辺については脳内で地図の作成もできたのでどこに何があるのかはわかる。魔物に注意をしながら作業をしていけば、取引ができる存在については集まるだろう……そういう結論に達し、俺は行動を開始することにした。
イルフも同行し、薬草などを採取していく。森の中を散歩しているような形なのだが、イルフも結構楽しそうだった。
無邪気に笑う彼女の姿は、妹のような感覚だった。まあ俺は彼女に蘇生されたことから考えれば彼女は親なのかもしれないが……そんなことを内心で思っている間に森の中を進んでいく。作業内容としては俺一人で十分なので、イルフは自由に行動させているのだが、
「……ねえ」
ふいに俺を呼び掛ける声。どうしたのかと聞き返そうとした矢先、俺は声の理由について理解した。
前方に魔物が存在している。しかもその形は……かなり大きい。
見た目は熊のような姿をしている。体毛が漆黒であり、俺達を射抜いて威嚇している。
加え魔物の中でもずいぶんと魔力が濃い……どうやら相応に強い個体のようだ。逃げるか戦うか。
「イルフ……戦えたりはしないよな?」
問い掛けに彼女は頷く――彼女は確かに多大な魔力を保有している。しかし、それを操るだけの技量などは持っていない。
俺はイルフの能力を考慮して色々と指導してはいるのだが、残念ながら彼女は使えていない。そもそも魔法技術について俺は人間のものしか保有していない。精霊である彼女では魔力の扱い方も違うため、魔法などを体得するのは厳しいというわけだ。
よって戦うのであれば俺が頑張るしかないのだが……さすがにキツイと判断した俺は退却を口にしようとした。だが、それより先に熊が吠える。
「来るか……!」
熊であり、なおかつ魔物ならば走ってもおそらく逃げ切ることは難しいだろう。戦うしかない……そう判断した俺は、魔法を使おうと体の内で魔力を高める。
その直後だった。熊が再度吠えると突撃を開始する。俺の魔力に反応し、仕留めるべき標的だと判断した。
イルフは動けない。よって俺は魔法で真正面から立ち向かう他ない……!
「っ!」
短い声と共に俺は真正面に魔力の壁を発生させた。まずは熊の突撃を抑え込む。
刹那、壁と熊が激突した。かざした右手から伝わってくる重い感触。質量が相当にあるため、魔力の壁が軋んで音を上げる。
もし突破されたら俺達は熊の餌にされるだろう……そういう未来だけは避けなければならない。
「せめて……イルフくらいは逃がさないと」
そういう決意を呟いた直後、熊が前足を振り上げ俺の壁へ叩きつけた。途端、魔力の壁が崩壊寸前に陥る。
堪えきれないか……そういう考えが頭の中を支配した矢先、右腕の感触が少し変わった。魔力の壁が破壊された結果ではない。それはどうやら――死地に立ったが故に、俺の魔力が活性化したとでも言うべきか。
「これ、は……!?」
突然の変化に俺は戸惑いながらも、反撃できると直感して左手をかざした。そうして放ったのは雷撃。これまでの俺であれば熊に浴びせても動きを止める程度の威力しか出せなかった。
しかし、今は――全力で放った雷光は、熊に直撃すると閃光と共に魔物の全身を包む。そしてその体を貫通して、焼き尽くした。
グオオオ、という悲鳴と共に熊は倒れる。直後、俺は自らの力が覚醒したことを知った。
そこから俺の能力は驚くほど向上していくことになる……ある意味ここが、魔王ヴィルデアルとして活動していくきっかけが生まれた時だった。




