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転生魔王の英雄物語  作者: 陽山純樹
第四章

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精霊として

 事態を認識して、しばらく俺はその場に動けなかった……それと同時に自分が人外の存在となってしまったことに対し、衝撃もあった。

 ヴァルトが生み出した精霊がこうしたことをやったのは、なぜなのか。色々と疑問は溢れ、ひたすら首を傾げるしかない。ただ、それを解明する前にやらなければならないことがある。


「俺は……」


 自分の魔力を少しばかり解析してみる。自ら魔法を行使して、人間であった時と魔力の違いを確認する。

 表に出る部分が人間であれば……そう思ったのだが、どうやら俺の魔力は精霊のものと混ざっているようだ。


 それを把握した瞬間、俺は深い息を吐く。


「……ははは」


 呆然と笑い声を上げる。一方で精霊は俺を見据え相変わらず小首を傾げている。

 なぜ俺がそんな表情なのか。それは人間であることをやめてしまったが故に、もう俺は研究者として……いや、人間として都を戻ることができないということを意味しているからだ。


 無論、勢い余って崖を落ちてしまったことが要因だ。精霊はどういう意図にしろ俺を助けてくれた以上、とやかく言われる所以などない。

 だが、それでも……二度と都へ戻ることはできないだろうと考えた時、乾いた笑いしか出なかったのだ。


 何食わぬ顔で研究所に戻れば、魔力をどうしたのかと問われ、俺はおそらく実験動物のように扱われることになる。研究員とはいえ魔法を扱える者達だ。精霊の魔力が混ざった俺のことを看破する人間はごまんといる。それを誤魔化す術は、皆無だ。

 せめて精霊の魔力を体の内側に全て押し込むことができたなら……と最初思ったが、それをするにしても実現性はおそらくゼロだ。体の内側に存在する魔力を知覚する手段などいくらでもある。


 よって、俺はこのまま都へ戻ることなく、研究所から背を向けて歩き続けなければならない……例えば小さな村などであれば、研究員なども知らないと考えられるので、訪ねたりすることはできる。けれどそれが限界だ。

 俺は精霊を見据えた。疑問符を頭の上に浮かべている彼女に対し、


「……ありがとう」


 礼を述べた。どういう結果であれ命を助けてくれたのは事実なのだ。

 すると精霊は言葉を理解したのか小さく笑みを浮かべた。ただ言葉を発することはない。意味を理解しているのは間違いなさそうだが、喋ることはできないのか。


 ともあれ、俺はどうするか必死に考え始める。加え、精霊についてだが……逃げる様子はない。魔力を分け与えたため、仲間だという認識なのだろうか?


「……君は、帰る場所とかあるのか?」


 問い掛けに精霊は首を傾げた。これは意味がわからないというより、帰る所とはどういうことなのかと疑問に思っているのか。

 俺としては、どうすべきか……フィールドワークで歩き回った経験を振り返る。絶対に都に帰ることはできない。かといってこの森には研究員を始め狩りや採取をする町や村の人が出入りしている。森の中に拠点を設けても、いつ何時バレるかわからない。


 ただ、見つかりにくい候補は存在する……それは俺が歩き回って見つけた場所。そこはかなり奥深い場所なので、知られている可能性は低いだろう。


「そこへ……行くしかないか」


 歩き始める。すると精霊は俺についてきた。


「……一緒に来るのか?」


 精霊は何も答えないが……俺の動きが気になるのでついていってみよう、といったところだろうか。

 ただそれならそれで構わない……もうヴァルトに彼女の情報を伝えることもできない。そもそも俺が力を得てしまったと知れば、彼は――


「……やっぱり、絶対に見つかったら駄目だな」


 このまま俺という存在は行方不明扱いになった方が望ましい……フィールドワークに出掛けて消息不明となった。崖から落ちているし、足跡などを追われる危険性も低い。そういう風にしてもらった方がいい。

 幸い両親は既に他界していることが救いか……家族と呼べる者もいないし独り身だ。俺がいなくなっても困る人間はそういないはず。そこについて懸念する必要性がなかったのは、幸いと言うべきか。


 俺は思考を切り替えて歩き出す。先ほど崖から落ちてしまったわけだが、体は問題なく動く。むしろ、歩くごとに体が活性化しているような気さえしてくる……と考えてから、それがどういう意味なのだとすぐに気付いた。

 これは呼吸をすることで、周囲から魔力を取り入れているのだ。森の中、しかも元々魔力の多い場所だ。その潤沢な魔力を吸い込むことで、糧としている。この魔力濃度であれば、飲まず食わずでも問題はないだろう。


 衣食住の食についてそれほど気にする必要がないというのはありがたかった。その懸念さえ消えれば、森の奥に閉じこもってもなんとかなる。


 後は……精霊についてだが、相変わらずついてくる。彼女をどうすべきだろうか。

 追っていることは幸いか。彼女の存在が知られたら俺にまで及ぶ危険性がある。だからいっそ、彼女と共に森の奥で隠れるように暮らすのが望ましいだろう。


 ただ、歩き回っている様子から考えても、果たして制御ができるだろうか……小さくため息をついた後、俺は後ろを歩く彼女へ顔を向けた。


「……俺は隠れ住むことができる場所へ行こうとしている。君も誰かに見つかったらタダじゃ済まない。一緒に来る……それでいいのか?」


 精霊は少し沈黙した。言葉の意味を理解しようとしているのか。

 彼女としては来る理由も拒む理由もないか……これまでどうやって過ごしていたのか。彼女の力を宿した俺が呼吸だけで生命を維持できるので、彼女もまた食べ物に困るようなことにはなっていないだろう。だからこそ、これまで自由に歩き回ることができた。


 俺は彼女に命を助けられたわけだが、だからこそ彼女がどう選択しようとも拒むことはできないと思った。仮に俺から離れたとしても、仕方がない……そんな覚悟を抱いていたのだが、彼女は何も言わず俺へ目線を返してきた。

 ついていく、ということなのだろうか。どういう考えの結果そういう結論に至ったのかはわからないが……ともあれ、俺は彼女と共に行動を開始する。目指すは森の奥。そこで、隠れ住むことになるだろうと確信を抱きながら……人間としての全てを捨て、精霊としての生を歩み始めた。


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