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転生魔王の英雄物語  作者: 陽山純樹
第四章

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人外の存在

「どうしたんですか?」


 まずはそう声を掛けた。答えが返ってくるのかわからなかったのだが……少し沈黙を置いて、女性はこちらへ視線を送ってきた。

 次いで茂みをかき分ける音なども聞こえていたはずなのに、彼女は俺の存在など気付いていなかったかのように目を見開き驚いた。


「あの……?」


 再度話し掛けた後、女性は小首を傾げた。その動作一つ一つが恐ろしいほど綺麗だった。魔力を知覚できないのであれば、見惚れてもおかしくないと思うのだが、俺は違った。

 異質な魔力に加え、雰囲気……ここに至り俺はようやく推測できた。それは情報を持っていたが故の推測。


 もしかして……彼女はヴァルトが探していた精霊なのではないだろうか?


「……精霊、か?」


 思わず尋ねていた。しかし答えが返ってくるわけでもなく、沈黙を維持したまま。

 もしかして喋れないのではと思った。研究所から脱走して逃げ出したのであれば、誰かと交流するようなことはできなかった以上、会話をすることはできないか。


 ここで疑問なのは、精霊という存在でヴァルトはこのように人間の形で創造したのか? それとも、これは魔力を取り込んだ結果なのか? 疑問は多々あったのだが目の前にいる以上、選択に迫られた。

 俺の力で捕縛するというのは、おそらく不可能だろう。となれば、この情報をヴァルトに伝えるしかないのだが……現在彼がどこにいるのかもわからない。まあ目の前の存在がヴァルトの精霊だという保証はないのだが……。


 どうすべきなのか? ただこうやって遭遇した以上は野放しにはできない。見た感じ無害のようにも思えるが……いや、何をしでかすかわからないか。

 けれど魔法で拘束できるのか? 対処について悩んでいる時、女性は唐突に歩き始めた。森の奥へ向かおうとしている。俺はそれに、


「あ、ちょっと」


 呼び止めてみたが彼女は意を介さず進んでいく。茂みをかき分ける音などが聞こえ、確かに女性は現実に存在しているのだとわかる。

 俺は追うべきか一度は迷ったのだが……やがてどこか拠点となるような場所があるかもしれないと思い、追いかけることにした。一つどころにいるのであればヴァルトにそれを伝えればいい。彼女が精霊であったらそれで解決するだろう。


 しかし、人間の形をしているのは偶然なのか故意なのか……疑問ではあったが、俺はそうした思考をひとまず振り払った。彼女は俺が追いかけていることはわかっているはずだが、背を向けることもなく突き進んでいく。

 やがて視界の先に光が見えた。どうやら森の出口。彼女はそこへ向かっているのか。


 女性の歩調は変わっていないが周囲の森が深くなっているため、こちらは追うのに結構苦労する。けれどここで逃してしまったら……そういう思いで必死に追いかける。フィールドワークをしているとはいえ、運動不足は否めない。足が痛くなるのを自覚しながら、俺は彼女の後ろ姿を追い続ける。

 彼女が森の先へと足を踏み入れる。俺はその姿を追い続け、速度を上げとうとう出口へ――辿り着いた。


 次の瞬間、足が地面を捉えそこなった。何事かと思いながら下を見れば、


「えっ?」


 断崖絶壁。俺の足は、空中へ投げ出されていた。

 思わぬ状況に思考が追いつかない。ならば彼女は――そう思い見上げると、女性は魔法の類いか空中で立っていた。そして、


「――う、わあああぁぁぁぁ!?」


 俺はそのまま落下する。下は鬱蒼と茂る森だが、かなりの高さがあった。打ち付けられれば下手すると死ぬ。

 だから俺は浮遊系の魔法を使おうとした。しかし必死に思考をまとめようとしてはいるが、落下という唐突な事象に動揺し、上手く魔力を練り上げることができない。


 その時、俺の全身に痛みが走った。衝撃で息が詰まり、姿勢を制御することすらできなくなった。突き出た岩壁にでも体を打ち付けたのだろう。そこで俺は死を覚悟した。

 女性は……俺へ視線をやっているのか首が下を向いていた。しかしもう彼女の表情などを肉眼で確認できる距離ではなかった。


 それと同時にこのまま死ぬのだろうというあきらめにも似た感情が胸の内に広がった。しかし走馬燈のようなものも何もなかった。ただひたすらに混乱する思考の中で、俺は豆粒のようになっていく女性のことだけ頭に浮かべていた。

 精霊……あれがヴァルトの言う精霊であったのなら、確かに取り憑かれるほどの妄執を抱いてもおかしくはない。そんな風に思ってしまった。


 決して叶わぬ願いとなってしまったが、もし自分が生きて帰ることができたのなら、ああいう研究をしてもいいかもしれない……そんな夢想を胸に抱いたとき――俺の意識は、途絶えた。






 次に意識が浮上した時、俺は全身に痛みがないことに気付いた。もしかして、誰かに助けてもらったのか……そんな考えを抱いたが、あれだけ深い森の中だ。都合良く俺が落ちた所を誰かが助けたとは思えなかった。

 だからもしかすると、死んで魂となり体を手放したのか……などと思いながら目を開いた。そこはどうやら土の地面が見える場所。どことなく薄暗いのは、森の中だからか。


 俺は助かったのか……身じろぎしようとした時、違和感に気付いた。何か……違う。まるで自分の体ではないような感覚。


「う……」


 声を発しながら、ゆっくりと起き上がる。そこで俺は一度確認。衣服を確認するが、多少傷ついたくらいであまり痛みはない。体の方も……先ほど強い痛みがあったはずだが、それが消えている。

 どういうことなのか……そう思った矢先、俺は視界の端に先ほどの女性がいることに気付いた。慌てて視線をやると、小首を傾げる彼女が。


「え……」


 まさか彼女が助けてくれたのか? そう思った時、俺は彼女が発している魔力を感じ取って気付く。


「……まさか」


 自分の胸に手を当てる。心臓は動いている。けれどそれと同時に手の先から感じられた魔力は、間違いなく女性と同じものだった。


「俺に、魔力を……?」


 尋ねたが返答は来なかった。けれど同時に確信を抱く。どうやら俺は……精霊の力によって助けられて、人外の存在となってしまったのだと。


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