作戦の合図
金属音が周囲にこだまし、風に乗って戦場に響き渡る。魔王は俺に合わせているのか、それともこちらの出方を窺っているだけなのか。後者であったら一体何を狙っているのか。
ずいぶんと慎重だが……? わざわざそこまでやるとは……ただ、ヴァルトの所業だとしたら理解できなくもないか。こちらとしても戦いを長引かせるのであれば都合が良いので、その流れに従うが。
とはいえ、勇者フィスの力だけを活用して戦うのは結構大変ではある。さすがにヴァルトが相手だとボロを出さないよう上手く立ち回る必要があるし、集中力も必要になる。
周囲の状況については、メリスやチェルシーが前線に回ったことで、巨獣についてもどうにか対処できている。兵の士気も十分であり、とりあえず戦線が崩壊することはなさそうだ。
ヴァルトの動きだけが気になるが……幾度となく剣を合わせ、俺は一度後退する。そこで、
『……警戒しているな』
魔王が、語り出した。
『自分を消すだけなら如何様にもできる……そういう風に考えているな?』
「まあ、な……そっちは全力を出していないだろ?」
『そちらも同じだろう?』
俺は何も答えない。こちらの能力の高を把握して、戦うつもりなのか?
「用心深いな」
『失敗するわけにはいかないからな……他にも理由があるが、答えるつもりはない』
それを推測してみるか……魔王の残る懸念としては王の持つ剣か。あれがどれほどの力を所持しているのかわからない。場合によっては王が俺に何かしら託している可能性もある……それを警戒しているといったところか?
疑問はあるが、おとなしくしているのであれば、その流れに沿う方向でいきたいが――
その時、声が聞こえた。ただその声は戦場ではなく、後方……味方の本陣からだった。
「……これは」
『気付いたか』
魔王の計略か……にらみつけるとヴァルトは、
『といっても、貴様らの本陣はなかなかに強固だ。こちらが少しばかり攻撃したからといって壊れるようなものでもあるまい。しかし、後方が狙われた……その事実が戦場に伝播すれば、どうなるか……容易に想像はつくだろう?』
剣を構えたまま、俺はどうすべきか考える。後方に目を向けることはできないが、多少なりとも本陣からの声が聞こえてくる。悲鳴のような音はまだではあるが……援護に行かなければまずいのか?
気にし始めた途端、魔王が仕掛けてくる。剣が迫りそれを弾くと、俺は強引に押し返す。
だがヴァルトは前に出た。間合いを詰められて刺突が迫る――それを体を傾けて避けた後、反撃とばかりに横薙ぎを決めた。
刃は魔王の体に触れたが魔力も伴っていないため、攻撃は失敗に終わる。体勢を立て直そうと一歩後退すると、魔王はなおも攻め立ててくる。
こちらが後方に気を取られた瞬間、攻勢に出たか……とはいえ俺は精神的にも立て直す。しかし、
「……動揺が広がっているか」
メリスやチェルシーの動きに変化はない。最前線については本陣からの声が聞こえていないため、動きに変化はない。しかし、俺の近くにいる部隊や、王がいる周辺の騎士達は、動きが少なからず鈍っている。
後方へ救援へ行くか、それともこのまま戦線を維持するのか……選択に迫られているわけだが、最大の問題は後方に注意を向けてしまったが故に、動きにズレが生じ始めたこと。
先ほどまでは士気の高さと確固たる統率により魔物と戦えていたが、後方からの声により揺らぎが生じている……その揺らぎで今までの戦いぶりが鳴りを潜め、ぎこちなくなり始めた。これで戦線を維持できなくなれば――
『貴様らの戦いぶりは、所詮砂上の楼閣だ。今までの動きが奇跡であり、これが本来の実力というわけだ』
そう述べた後、魔王は俺へ剣の切っ先を向ける。
『一度崩れれば、後は崩壊を待つだけだ。他ならぬ王もどうすべきか迷っている有様だ。このままこちらは戦線を維持すればいいだけの話……さて、こうなったら貴様も実力を出させばならないな?』
――さて、どうすべきか。
時間稼ぎは魔王の望むところになってしまったか。王が号令を掛けて統制を取り戻せば戦況を変えることはできるかもしれないが、現状ではそれも難しいか?
勇者フィスの能力だけではおそらく魔王を倒すことはできないため、俺としてはこの状況を維持するしかないのだが……俺がどこかへ救援に行かなければまずそうな気配ではある。
メリスやチェルシーについては……巨獣を倒すことに集中しており、後方へ戻ることはできない雰囲気。いや、そもそも最前線では声が聞こえないのか少しずつ前線部隊が本隊と離れつつある。それもまた敵の計略なのか……?
一気に戦況がまずい形になりつつある。本陣の被害がどれほどのものなのかわからない状況下で、どう動くべきなのか……とはいえ俺としては選択肢がほとんどない。
『では、改めて始めるとするか』
魔王が大剣を構える。俺としてはそれに応じる他なく……ここは、踏ん張りどころか。
俺やメリス達ではなく、この国の力でどこまで抗えるのか……ともあれ俺は魔王に相対する他ないため、剣を構え直した――その時だった。
「――フィス!」
それは、マーシャの声だった。本陣から救援のために来たのか……!?
『貴様の仲間か』
ヴァルトが告げる。俺は何も答えないまま魔王をにらむ。
そこで後方から気配。同時、
「フィス、状況としてはひとまず本陣内に現われた敵は倒した……けど、まだ後方から出現している。そのため、本陣側も多少混乱している」
「その報告は、王にもいっているんだよな?」
「うん」
そうであれば、的確に指示を出すだろう。ひとまずまずい状況からは立て直せるかもしれない。
「それと、もう一つ……あの混乱の中でも、伝言が」
「……伝言?」
それはもしや、と思った矢先、マーシャは小声で告げた。
「準備は整った。この伝言が届いた時、実行すると」
――間に合わせたというのか。
それは俺にとって値千金の情報だった。ノルバがとうとうやってくれたらしい。
魔王には聞こえていないためか、何も声を発しない。ただ俺の反応には気付いたようで、
『何かあったか?』
問い掛けに、俺は……呼吸を整え、
「そうだな……確かにあった。それも」
声を発する寸前、魔力を感じ取った。発動したようだ。
「お前を倒すための、作戦が始まったんだ――」




