主神と魔王
『全てを、私の色へと染める。それが第一だ』
偽のヴィルデアルは俺の質問に対しそう答えた。
『世界を蹂躙し、全てを私に従わせる。人も、動物も、神族も全てだ』
「神族とまできたか……彼らがそう簡単に従うとは到底思えないんだが」
『力はある。従わせるだけの力と、手段が』
手段、か……この様子だと神族を強制的に従わせるとか、そういうやり方があるってことか?
荒唐無稽のようにも聞こえるが、決してあり得なくはないと思う。なぜならヴァルトは神族の成り立ちも知っている。原点を知っているが故に、何かしら技法を編み出している可能性はある。
ただ、これは一つ問題を孕んでいる。神族に対し何か策を講じることができるのであれば、今回ヴァルトを閉じ込めるための結界を破壊することができるのか?
もしそうなら、この時間稼ぎも無為になってしまうのだが……ふむ、少し突っ込んだ質問をしてみるか?
「ずいぶんと自信ありげだな」
俺はヴィルデアルへそう応じた。
「どちらが強いかなんて、正直俺にはわからないが……主神が黙って従うとは思えないが」
『主神、主神か……』
どこか嘲るように、魔王は語る。
『貴様らは、主神がどういう存在なのか理解できていない……その認識が、全てを物語っている』
「主神が何者なのか、知っていると?」
『ああ、そうだ。そして私は、神族をどうやって倒すべきか、知っている』
魔王の魔力が膨らむ。それと同時に周囲で戦っていた騎士や兵士がわずかに固まる。
『人間共に邪魔されて神族にまで手を伸ばすことはできなかった……が、今度こそ、奴らもまとめて蹂躙してくれる』
……さすがにその具体的な方法まで語ってくれることはないか? 情報次第では動きを止める必要性も出てくるけど。
それと、ヴァルトは現在の主神が誰であるか理解しているのか? ノルバはヴァルトのこともよく知っている。彼だって相応の準備をもって今回の作戦を実行しているはずであり、ヴァルトの方はそれをわかっているのかどうか。
さすがにノルバのことを尋ねるわけにもいかないが……それでも、探ってみるか?
「……俺は、主神と顔を合わせたことはある」
そう口を開くとヴィルデアルは『ほう』と小さく呟いた。
『神族と手を組んだことのある勇者だ。相応の態度をとったというわけか』
「俺に期待している、ということなんだろうが……ともあれ、そうやって主神と顔を合わせた時、凄まじい力を感じた。あんたと比べても、強大な力だ」
『――ははははは!』
哄笑が、戦場に響く。
『それが疑問を呈する根拠か! ならば教えてやろう。現在の主神……確かに人間の貴様らから見れば、驚異の存在だろう。だが、この私にかかれば造作もない……取るに足らない存在だ』
絶対の自信。何かを根拠にそう語っているのか。
『今の主神は、幾度も代替わりをした末の、置物のような存在。貴様が感じた魔力は事実なのだろうが、私にとっては脅威ではない……私を滅したければ、初代主神でも持ってくることだな。であれば、対等にはなるだろう』
「……初代、だと?」
少し仰々しく応じる。この発言だけを切り取れば、ヴァルトは現在ノルバが主神に返り咲いていることは知らないことになるが。
『そう、初代……この私を追い詰めたのは初代くらいだな。貴様が神族をどれだけ知っているか知らんが、今の神族は見るに堪えん。この私ならば、一年も経たずして蹂躙できる』
ずいぶんな自信だな……さすがに神族の現状を精査できるような行動は起こしていないみたいだが、神族が動き回っている際に、戦力的な情報収集くらいはしているのだろう。それを踏まえれば、各地に出現した魔王に手を焼いている状況については把握している。となれば取るに足らない存在だと判断してもおかしくはない。
ただまあ、核心的な情報は握っていないな……もし今の主神がノルバであると知っていたなら、さすがにもう少し警戒するだろうし……いや、ノルバではないと判断したからこそ、こうして動き出したと言えるか? 俺に加えノルバ……ヴァルトという存在を知る者がもはやこの世にいないことを認識し、行動を開始した。魔王を復活させ、さらにこの戦いで何かしら目的を果たそうとしている。
俺達が会話を行う間に、周囲の状況が変わり始める。魔王が出現し士気も高まっていた魔王軍だったが、次第に人間側が押し返し始めていた。その理由としては俺が魔王を押し留めていることだ……さすがにヴァルトとしても面白くない展開のはずだが、まだ現状に対して明確な動きはない。
メリスやチェルシーについても周辺に加勢して敵を存分に倒しており、問題はなさそうだな……と、ここでヴィルデアルは口を開いた。
『奮戦しているな。人間としては希望があると考えているのか』
「……そちらは悠長だな」
『そう見えるか? 確かに、人間側からしたら……私が現われたことで、一気に終わらせようと考えていると感じたか』
「違うのか?」
『正解ではあるが、決して私だけが切り札、というわけではない』
まだ援軍が……? 疑問に思っていると魔王はさらに語る。
『私が人間の王を滅することで大勢はひっくり返る……が、それをさせまいと人間は死を賭して突っ込んでくるだろう。勇者フィス、貴様もいるからな……それでやられるとは到底思えんが、場合によっては逃げられる可能性もある。それがもっとも面倒であるが故に、相応の対処が必要だった』
「今はその準備の時間だとでも言いたいのか?」
『ああ、そうだ。なぜここまで話をしていたのか、わかるだろう? なおかつ、勇者の技量を確かめる……結果、私を追い詰めるような力もない。少しは楽しめそうではあるが……今の魔王ヴィルデアルを、倒すほどの力はない』
「本当に、そう思うのか?」
剣を構える。だが挑発的な言動に対し魔王は、
『演技は通用せんぞ……さて、どうやら準備は整ったらしい。そろそろ終わりにしようか』
……さすがに魔王そのものを野放しにはできないため、俺はヴァルトが放った策に対応するのは難しい。ただ、リリーやチェルシーは動き始めている。彼女達に期待するしかないか。
その時、魔王軍の後方から新たな軍勢が現われる。その直後、戦場に雄叫びがこだました――




