強大な存在
「確認だが、報酬内容についてはどんなものでもいいのか?」
こちらの問い掛けにアレシアは首をすくめ、
「要望については何であれ聞くことにするが、私自身の権限を超えていた場合はどうなるのかわからないぞ」
「わかった。それでも構わないという前提で話すけれど……まず質問だ。人間が神族にとって象徴的な存在である主神と会うためには、どうすればいい?」
その言葉で、アレシアは怪訝な顔をした。
「主神に……?」
「ああ。人間がかつて神族の主神に会ったことはなかったはず。けれどそれを成すには、何か方法がないかと思ってさ」
「会って、どうするんだ?」
「話がしたいんだ」
――主神、というか神族はこの大陸ひいては世界の魔力動向などを監視を行っている。これは魔王が出現することを観察しているわけではなく、異常な魔力を見つけるとそれを調査し、問題があれば対処するといったもので、どちらかというと自然災害などについて対応しているという表現が似合う。
神族は自然と共生し、その自然と向き合うために魔力を観察している……のだが、それはつまり神族はこの世界のことをつぶさに把握しているということ。俺が魔王だった頃の部下に安住の地を用意するのなら、彼らが住める良い土地を探す必要があるけれど、神族から土地に関する情報をもらえば早いし確実なわけだ。
ただ、普通に話をしても情報はくれないだろう。しかし主神と会うくらいに神族に対する権限を高めることができれば、望みが叶う可能性が上がるわけだ。
もっとも、神族側が魔族達に土地を提供するために情報を渡すとは思えない……が、そこは考えがある。とにかくまずは会える段取りをつけなければ。
「……正直、主神に会うというのは私が提供できる内容を遙かに超えている。そもそも、上層部ですらそれを認めるかどうかわからない」
「例えばの話だが、魔王ロウハルドを倒せば叶えられるか?」
「わからない。それこそ前例がないからな」
「なら、今後も大陸各地にいる魔王を倒し続ければ、いつかはいけるかもしれない……かな」
「本気なのか?」
彼女の問いに俺は頷き、
「ああ」
「……主神にあって何か望みを叶えると?」
「いや、会って話がしたいだけだ」
さすがに俺の目的をアレシアに話すわけにはいかないな。
「それだけのために、と思うかもしれないが、俺にとってはどんな宝よりも価値のあるものだ」
「……理由はわからないが、会わなければならないというわけか。けれどフィス殿が語った通り、前例のない話だ。魔王を倒し続けて願いが叶えられるかどうかもわからないぞ」
「ともかく俺は頑張るしかないな。で、だ。アレシアには勇者フィスが主神に会いたがっている、ということを伝えてくれればいいよ。主神自身の耳に入るかどうかはわからないけど、俺の目的が神族に浸透すれば会える可能性は多少なりとも上がるだろ?」
「それが、報酬か?」
「ああ」
アレシアは多少沈黙し……少しして、
「わかった。フィス殿の望みならばそれでいこう。しかし両者とも、欲がないな」
「金銀財宝を手に入れることだけが欲ってわけでもないだろ」
「そうだね」
俺の言葉にメリスは同調。そこでアレシアはまたも苦笑した。
「人間達の王からすれば、物欲で動かせないから厄介だと思うかもしれないな……まあいい。両者の願いはわかった。できる限り履行させてもらう」
「頼む」
その時、俺達は町の外へ出る。ロウハルドを討つための旅が始まった。
旅の行程自体は平和そのものであり、また魔王アスセードが消え失せたことにより人々の表情も明るくなっている。もっとも脅威が去ったわけではないため、兵士などの警備する姿はずいぶんと多く見られた。
で、肝心のロウハルドの所在についてだが、この国の北部……他国と国境が接している場所に山脈が存在しているのだが、根城としているのはいくつもの国境が接する山間部の一角。なぜそんな面倒な場所なのかという疑問もあるのだが、そこは基本人が寄りつかない場所になっている。
「ロウハルドの本拠は、おそらく彼が力を与えた者が用意したのだろう。いくつもの国が絡む国境であるため各国は対処しづらい。人間側がどうするか協議する間に準備を済ませ、アスセードが先陣を切る形で動き出した」
アレシアが歩を進めながら解説を行う。
「そして向こう側もアスセードが敗れたことにより動き出しているようだ」
「俺達のことは把握していると考えていいのか?」
こちらの疑問にアレシアは「おそらく」と答えた。
「そう考えてもらっていいだろう。神族が動いていることに加え、フィス殿やメリスさんについても……あの戦いそのものを見ていたかどうかはわからないが、アスセードだって自らが生み出した魔物で連絡するくらいはやるだろうからな」
「そうだな……もしロウハルドの前に魔王を自称する存在が前に出てきたらどうする?」
「本来、ロウハルドの手勢と一度に戦うことを前提に考えてきたが、もしかすると本命に辿り着く前に手勢と戦う可能性が出てくるな」
魔王が、か……そういえば、
「ふと思ったんだが、アスセードは魔王を自称していたな?」
「ああ、そうだな」
「魔王ロウハルドという存在がいるにも関わらず、自らを王と自称していたわけだ。ロウハルドは怒らないのかな?」
「ロウハルド自身は表に出てこないため自らのことをどう呼称しているかわからないな。それと部下であるはずのレドゥーラとザガオンの両者も魔王を自称している。つまり、彼らからすればロウハルドは魔王の上位存在ということになるな」
「魔帝とでも呼べばいいか?」
「便宜上そう呼ぶとしようか」
王侯貴族の頂点に立つ存在、といった感じだろうか。ふむ、そう考えると絶対的な存在の下で魔王達が暴れているという構図になるわけで、確かにこれは人間では荷が重いか。
「魔王ロウハルド……いや、魔帝ロウハルドは表立って出てきたわけではない。しかし従える魔王達を討てば、おそらく外に出てくるだろう。暴虐の存在……絶対的な力を持つ敵。神族としても本腰を入れるし、その準備も始めている」
「神族側で大々的な動きがあるのか?」
「そうだ。以前ヤツには痛い思いをした……といっても私は直接見たわけじゃないのだが、そのことを憶えている神族も多いのだ」
どうやら相当気合いを入れている様子。それが空回りしなければいいけど。
神族のバックアップさえあれば、戦いは楽に進められるか……で、魔帝ロウハルドについてだが、今の俺で勝てるのかどうか。
「――ロウハルドの詳細についてはあるの?」
メリスが問い掛ける。肝心のロウハルドの情報は、
「ああ、その説明がまだだったな……暴虐の存在と言われていたわけだが、ロウハルドの最たる特徴は永遠と成長し続ける能力にある」
「永遠に……?」
「魔物や人間を含めた生物を食らうことで、ロウハルドは魔力の器さえも大きくすることができる」
俺もそれについては知識として把握している。暴虐の魔王とアレシアは語ったが、本当の異名は『暴食の魔王』だった。暴食などと言えば大したことがないようにも聞こえるが、それこそ彼女が語った生物や魔物だけでなく、魔力の秘めた武具などすら食うその能力は、もはや悪食という概念すら超えている。
「現在はおそらく、魔物を食らい力を溜めているところだろう。もしロウハルドが動き出せば、十分な力を得たということ。その時間を稼ぎ、また良質な魔力を提供するためにアスセードは動いていた可能性もある」
つまり、倒すのならできるだけ早くというわけだ。
メリスは説明を受け考え込む。もし戦うことになったら……と、想像しているようだ。俺も同じように思考を開始し――旅は進んでいった。