激突
翌朝、俺達は支度を済ませ北部戦線における前線へ向かう。そこには既に王もいて、周囲を精鋭クラスの騎士達が固めていた。
「報告では、敵兵が動き出しているらしい」
俺達が来たことで、王は呟いた。
「で、どうやらその中には魔族もいる……まずは様子見、ってことかもしれないな」
「正面から戦うんですか?」
問い掛けると王はこちらに笑みを浮かべ、
「まあな……さすがに最初は前線に私が出張るわけではないのだが。しかし敵はそれをやるために相応の戦力を投入してくる」
断定的だった。敵が自軍の情報をつかんでいることを認識しているが故の結論か。
「だから、こっちとしては打てる手がそう多くない……この状況を打開するためには、相手に読まれても予想外の動きができる選択肢が必要だ」
「その一つが俺達……ですか?」
王へ尋ねると彼は「まさしく」と応じた。
やがて、敵影が見え始める。周囲の騎士達がにわかにざわつき始め、周囲の警戒をするように各部隊が指示を出し始めた。
小競り合いをしに来たのとは明らかに違う、明確な進軍。王が来たために一気に決着をつける……予測は、見事的中していたというわけだ。
「壮観だねえ」
横にいるチェルシーが声を上げる。
「正直、自分が兵士の立場なら尻込みしていただろうねえ」
「そんな悠長にしていていいのか……?」
「ここまで来てしまったらなるようにしかならないさ」
どこかのんきに語るチェルシーではあったが、目がまったく笑っていない。彼女なりに警戒しているということか。
一方でメリスもまた表情を厳しくして間近に迫ろうとしている敵を見据えている。慌てている様子などは微塵も感じられないし、先日の悩んでいた姿はどこにもないが……果たして内心はどう考えているのか。
なんだか魔王ヴィルデアル絡みなので、仲間もギクシャクし始めているか? チェルシーについてもどのように考えているのかわからないし、口から出る言葉は楽観的なものが多いのだが、彼女だって魔王ヴィルデアルの配下だったわけで、思うところはあるはずなのだ。
懸念を抱く間にも戦いの準備は進んでいく……勇者フィスのことは既に敵にも知られているため、いきなり魔王が出てくる可能性も否定できない。あるいは、幹部クラスの魔族か……考える間に、いよいよ敵が間近へと迫ってきた。
その段階に至り、味方側も布陣を整える。前衛の兵力については敵が上。この調子だと質についても上か。こうなると不利な戦いを強いられるし、敵の攻勢が強ければこの一戦で終わる、などという可能性もゼロではない。
そうなったら、俺達は……ここで王が剣を抜き放ち、掲げた。同時、剣先からまばゆいばかりの光と、魔力が溢れた。
「我が剣の下に集う戦士達よ! この力は魔を払う神の剣なり! この私と共に、戦場を駆け抜けよ!」
同時、周囲の騎士達が声を上げる。勇壮な叫びは周囲にこだまし、兵達にその声の力が伝播していく。
この辺りはさすが王、と言うべきか。不安だらけだった戦場を一気に活性化させ、戦えるまでに引き上げた。
兵達の動きも迅速になり始める。ただしこれでも果たして戦えるのかどうか……不安はあるが、やるしかなさそうだ。
「フィス殿」
と、ふいに王から言葉が向けられた。
「そちらはひとまず待機だ。まずは相手の出方を確かめねばならない」
……計略などを予測し、もしまずい事態となったら俺達が動くわけか。
マーシャからの報告では、罠の類いはないらしいけど……俺も念のため調べてみたが何も発見できなかったので、例えば裏切り者がこちらの邪魔をするとかはなさそうだ。
まあ現状情報が筒抜けである以上は、そういう援護すら必要ないのかもしれないな……やがて双方が対峙する。まだ敵も味方も動き出さないが、時間の問題だろう。
いよいよ始まるが、ヴァルトはこの戦いでどこまで王へ迫るのか……ここまで進軍してきた以上は単なる牽制では終わらないだろう。
俺達はすぐ動かないという形ではあるが、それがこの戦いにどういう風につながっていくのか……やがて魔物達が一歩分前進する。負けじと兵士達も槍を構えながら魔物達を威嚇する。
いつ均衡が破られるのか……事の推移を見守ろうとした時、俺は朗々と叫ぶ魔族の声を聞いた。
「――国の王よ! 降参するのならば今のうちだぞ!」
その姿は一般的な冒険者……人によっては勇者という呼称で呼ばれるかもしれないほど、気品を持っている。魔族なのにも関わらず異様ではあるのだが……。
そして魔族はこちらには勝てないから、さっさとあきらめろと主張しているのか……無論それを王が聞き入れるはずもなく、配下の騎士達へさらなる指示を送る。
例え情報が漏れているにせよ、王の采配によって状況は大きく変わるかもしれない……実際、士気は目に見えて上がった。このまま戦争を開始しても、多少は抗える……可能性はある。
「――後悔することになるぞ!」
さらに魔族からの声。俺はここでメリスやチェルシーへ顔を向けた。見覚えのある人物なのかどうか……しかし二人とも首を左右に振った。
まあ俺の方も記憶にない存在だったので、さっさと倒してもいいだろう……ただ距離があるので、もしやるなら遠距離攻撃か奇襲による攻撃か。
「フィス殿」
そこで、再び王の声が聞こえた。
「もう間もなく始まる……覚悟はいいか?」
「愚問ですよ」
「……すまないな」
謝罪の言葉を述べた後、王は剣を天高く掲げ……それを、振り下ろした。それによって兵士や騎士が雄叫びを上げながら、攻撃を開始する!
戦争が、始まった……もう後戻りはできない。そして最初の激突については、どうやら人間側が優勢のようだった。
ただ、一度でも押し込まれてしまえばあっけなく逆転されるくらいのもろさは存在しているはずだ。だからこそ、味方側は兵の供給などを絶やすことなく、勝ち続けなければならない。
そして魔王軍も呼応するように牙をむいた。とはいえ槍を武装する兵士達へと踏み込むのは容易ではなかったはずだが……それでも突き進もうとする。その大半は串刺しにされて終わりだが、さすがに数が数なので全てを押し留めるのは苦しいか。
俺達の出番はまだ先だろうけど……ともあれまずは戦いを観察しながら、狙い目などを探してみよう……そう俺は心の中で決意した。




