手紙と助言
王は依頼承諾に礼を告げ、ひとまず明日に備え休むように言い渡された。よって俺は自分の天幕に戻ったのだが……、
「ん?」
荷物の近くに手紙らしき物が一つ。何だろうと思い手に取ってみると、
『一読したら処分してください』
そういう文字が。誰からだ?
首を傾げながら手紙を読むと……あ、これはどうやらノルバが置いていったものらしい。
「いつの間に……というかここに来ていたのか?」
あるいは分身とかで魔王に気取られないようにしたか……? 色々疑問に思いながらも文面に目を通す。
『現在、仕込みについては急ピッチで作業を行っています。進捗状況としてはおよそ七割ほど。ここからさらに速度を上げて数日以内に完成させる予定です』
おお、思ったよりも早いな。
『しかし、魔王ヴィルデアルに気取られないように処置を行う必要性があるため、場合によっては期間が長くなる可能性があります。ただ状況的に急がなければならないのも事実。できる限り作業速度を速め、何かしら問題が生じれば連絡を行います』
今回みたいな手紙を用いて、ということか。
『北部の戦場に王様が来ていることはこちらもわかっています。そして現在、神族自体は国内に入っていますが色々と問題があり北部への到着には多少日数が必要です。そこにはどうやら政争的なものも絡んでいる様子。魔王の息が掛かった者が神族の進軍を遅らせるよう処置を行っているのが真実でしょう』
うん、つまりはそういうことだな。
『敵の狙いは王を打倒することに絞られたと考えて良いでしょう。それを成した後に何をするのかは不明ですが、敵の行動についてある程度推察ができたことは良いことです。こちらは相応の対策が打てるので』
確かにそうだが、神族はまだ北部へ到達していない。ならばどうするのか、
『現状、我ら神族では動きが大きく制限されているため非常に厳しい状況にあるのは間違いありません。それを打開するのは早期には厳しく、もしそれができた時には既に大勢は決しているでしょう。よって、神族本隊は重要な局面に参加することはおそらく不可能……しかし、援護ならば可能なはず』
つまり仕込みと同様、密かにこちらの支援をするということか。
『この手紙を置いたように、既に北部の戦場付近には配下を紛れ込ませています。もし魔王がそれに気付いていないのならば、おそらく一両日中には戦争を仕掛けてくるでしょう。勇者フィスにはこのことを伝える――と、配下には教えているため、もし何かしらの形で遭遇したとしても、事情説明の必要性はなく、従ってくれるはずです』
そういう支援に出たか……しかしそれだけでは大局をひっくり返すには足らないのだが、
『無論、派遣できる神族の数には限度があるため、この支援だけで魔王に挑むことは無謀でしょう。魔王軍がどれだけの兵力で攻め込むかわかりませんが……少なくとも王を押し潰すだけの軍勢が来るはず。それを打開するために、こちらも他にできる限りの支援をする予定です』
そう記された後に、支援の詳細が書かれていた。
「ふむ、なるほど……これで足りるかどうかはわからないが、現状を踏まえるとこのくらいが限度ってことか」
ノルバとしても干渉できるギリギリのレベルか……ともあれ、偽魔王ヴィルデアルを封じ込めるための処置は施しつつあるようなので、魔王と交戦してもおそらく逃がす可能性は低いだろう。
なら俺のやることは……神族からの支援を考慮し、策を練る。とにかく王が敗れることは士気にも関わる。俺やメリスは単独になっても生き残れるにしても戦争を止めることはできなくなるので、王が存命である上で勝負をつけたい。
できることは何か……それを悩む結果に。マーシャを呼ぶべきかなあ、と思っていたら俺の天幕に尋ね人が。メリスだ。
「フィス……」
「ん、どうした?」
手紙を懐にそっとしまいながら応じる。
「何かあったか?」
「ううん、色々考えた結果を伝えておこうと思って」
「……魔王ヴィルデアルについて?」
コクリと頷くメリス。きっとこの国へ向かっている間もずっと、悩んでいたのだろう。
「その、陛下の存在を目の当たりにしてから……私自身、動揺したのは事実だし、それをきちんと話しておこうかと思って」
「……その表情から察するに、あまり良い話ではなさそうだな」
メリスは首肯。なんとなく言いたいことは予想できる。それは、
「私は、その……もし陛下が本物であると判断できたら、自分を抑えられないかもしれない」
「言いたいことはわかる。でも、それを俺に言う理由はあるのか?」
「一つ、覚悟して欲しい。もし抑えきれず反旗を翻したのなら……私を、斬る覚悟を」
沈黙が生じる。その間に俺はじっとメリスに視線を合わせ、彼女の言葉を待つ。
「……正直、陛下を前にしたらどうなるのかわからない。だから、今のうちに言っておこうと思って」
「理性すら飛んでしまうのか?」
「わからない。でも、そんな可能性だってあり得るから」
――相当思い詰めているな。メリスが脇目も振らず偽魔王ヴィルデアルの所へ行くなんてないとは思うのだが。
とはいえ、彼女がそう主張するのは不安を抱いてのことだろう。それなら、こちらとしてもフォローしておかないと。
「……できるだけ、止めに入れるようにだけ頑張るよ」
告げる俺に対しメリスは黙ったままこちらを見返す。
「再会できるかもしれない……高揚してどうなってしまうかわからないというのは理解できる。けど、そうだな……不安になるのも無理はないし、言いたいことはわかるけど……魔王と相対したら、一度落ち着いてどうすべきか。今一度考えてみるのもいいんじゃないか?」
答えとしては偽物確定だからな。ただ今俺が本物だと主張しても、マーシャがいるとはいえ混乱する可能性もあるからあまりやるべきじゃない。
だから、このくらいしか言えないけど……メリスは一時沈黙する。とはいえ俺の言葉はきちんと飲み込んだようで、やがて彼女は小さく頷いたのだった。




