軍事衝突
翌日以降はさらに旅を進めいよいよ北部へと足を踏み入れる。それにより周囲の空気は一変。都に程近い宿場町では、快晴にも関わらず暗雲が立ちこめているかのように人々の表情は暗く、また無機質になっていた。
「なんだか笑うことすら許されない空間だねえ」
そんな評価をチェルシーが行う。俺達は宿を取って情報収集を行うと、北部の最前線では傭兵や冒険者達も戦争に参加するべく集まっているとのことだった。
「戦力を少しでもかき集めて戦おうってことか」
「相手は魔王ヴィルデアル……噂が噂を呼び暴君という称号を得ている以上、とにかく備えを、ってことかしら」
マーシャの意見にメリスは「そうだね」と同意しつつも、なんだか不服そうな顔つき。偽物である可能性も十二分にある以上、あまり良くは思っていないのか。
とりあえず彼女の表情については置いておくことにして……俺達が赴いて軍に入り込むのはそう難しくなさそうだ。あと現在神族側も動いてはいるみたいだけど、まだこうした町まで情報は来ていない。国と折衝している段階だろうか。
「このまま都へ入るか? それとも無視して北へ向かうか?」
都の様子を確認するのも一つだが、向こうには俺達がいるって情報がある以上は、行くとそこでつかまる危険性もあるからなあ。ここの案配は難しいところだけど……、
「干渉してくるなら、どこにいたってあっちからやってくるさ」
と、チェルシーが応じる。
「私達はこのまま北部へ進んで問題はないじゃないかい?」
……俺達の目的は時間稼ぎ。となればさっさと北へ進み、敵の攻防を食い止める方を優先とすべきか。
ま、功績を上げれば必然的に向こうから来るだろうし、この辺りは別に考えなくてもいいか……そういうわけで都には入らず、俺達は突き進むことに決定。なおかつ都を迂回し、北部へ向かうことにする。
「集めた情報によると、やっぱり北部の方が魔物の動きも活発らしいから、戦闘が一度や二度あるかもしれないな」
警備をしているようだけど、前線に兵士を張り付かせているような状況でさすがに手が回らない場所もあるだろうし――
俺達は都へ到達する街道は使うことなく北へ。その間にも情報を集めるのだが……現在はまだ小競り合い程度。小康状態は続いている。
「まるで魔王は何かを待っているかのようだ――」
そんなセリフを商人から聞いたりもした。主神であるノルバの情報と照らし合わせると、もしかして兵器が稼働するための準備をしている? ヴァルトが用いるくらいの兵器を頭に思い浮かべると、色々と資材が必要なはず。それをきちんと扱うために北部の拠点で色々やっている……と考えることもできそうだ。
本当はもっと情報を探りたいところなのだが、相手はヴァルトだからな。俺が直接戦って正体がばれるなんて可能性はないにしても、最大限の注意は払っておきたい。何しろ今はアイツを倒せる好機……千年以上も続けた戦いに終止符を打つために、慎重に慎重を重ねる。
神族側の計略が成功するまでは、できることなら俺は魔王ヴィルデアルと対峙することは避けるべきだろうか? ただ事態はいつ動くかわからないし、場合によっては俺は勇者フィスとして真っ向から対峙する――その覚悟はしておき、大丈夫なよう準備をしておこう。
そんな風に考えながら俺達は北へ進路を向けるわけだが……大きな変化が訪れたのは、三日後のことだった。
北部の戦線まであと二日といったところで、北で商売をしていた商人からとある情報を入手した。
「魔王軍が一部、動いたらしい」
酒場で集めた情報を告げる席。俺の言葉に対し全員の表情が硬くなった。
「それが命令を無視して手柄を立てようと逸った結果なのか、それとも魔王の指示なのかは不明。ただ間違いなく、小競り合いではなく明確な軍事衝突があった」
「そこから戦端が切り開かれたわけではないのかい?」
チェルシーの問い掛けに俺は首を左右に振る。
「ひとまずその場は収まったようだ……人間側が防戦に徹し、激突することを避けた面もありそうだ」
「というか、たぶん戦っても勝てないとわかっているんだろうね」
メリスの横槍。うん、人間側がまずいと悟ったことで、被害の拡大は防げた。
「幸い魔王軍は多少人間側に損害を与えただけで撤退していった……商人が騎士から聞いた話では、こちらの戦力分析をしているのではないか、と」
「兵士の質を確認しているってことかい」
チェルシーは口元に手を当て、考え込む。
「陛下ならやりそうだけどね。少しの軍勢で能力を探るってくらいのことは、慎重になるならやってもおかしくない」
「問題は今回の戦いではっきりと人間に犠牲者が出たことだ……マーシャ、そちらの同胞が混ざっていたなんて情報は?」
「さすがにそこまではわからないけど……もし逸った魔族なら、独断専行で攻撃した線もあり得る。ただ同胞がそれをやるかどうかは微妙ね」
こればかりは魔王軍の内部を調べないとわからないが……いよいよ、覚悟が必要な気はしてきた。
本当なら同胞を手に掛けたくはないのだが……。
「――もう一度言うが、俺は勇者フィスとして戦う」
まずはそう明言する。
「例えメリス達の同胞であったとしても、俺は剣を向ける。それは了承してくれ」
「当然だね」
「わかってる」
チェルシーとメリスが相次いで答える。残るマーシャは黙って頷いたのだが、彼女だけは少し俺の言葉の意味を違うように受け取っているだろう。
すなわち俺の配下であった者達であっても、斬らねばならないという覚悟。
「あと少しで、戦線に到着する。臨時ではあるけど冒険者ギルドが機能しているらしいし、俺達のことは国側もすぐに把握するはずだ」
そう切り出す。正直国側とどうこう言っていられる空気ではなくなりつつあるな……ま、これは仕方がないか。
「よって、間違いなく俺達はすぐに戦える……危険だが、魔王ヴィルデアルが本物かどうかを確かめるには、絶好の機会でもある」
正直、戦いがどうなるのか読めない不安はあるけれど……やるしかない。胸中の様々な疑問を押し殺しつつ、いよいよ俺達は戦場に足を踏み出すことになりそうだった――




