戦う理由
「ロウハルドを守護する魔王をまずは叩く……そして我ら神族がヤツを倒す。具体的な作戦はまだ決めていないが、その戦いに二人の実力を見込んで手を貸して欲しい」
「ああ、俺は構わない」
「私も」
俺とメリスは相次いで答える……俺はともかくメリスがなぜこうまで魔王に執着するのか。
「では早速だが、明日にはこの町を離れることになる」
そしてアレシアはまとめに入った。
「旅に必要な物があれば、私に言ってくれ。明日までに調達しておく。二人は今日一日英気を養い、旅に備えてほしい。それと報酬については、確認をとらなければならないため明日まで詳細は待ってくれ。ただ、この討伐に見合うだけのものを用意する」
――そこから俺達は要望をいくつか伝え、宿を出た。一日暇になったので自分の宿に戻ってゆっくりするかと思っていると、
「……よろしく、フィス」
メリスが話し掛けてきた。こちらは「よろしく」と答えると、彼女はそのまま立ち去った。
――どこまで干渉しようか悩んでいたけど、神族を通して接することになりそうだ。
さて、問題は俺のことを話すかどうかだが……元々部下と出会っても喋らないつもりだった。理由としては……俺の目的の一つに部下や同胞が平和に暮らしていく場所を与えることがあるわけだが、それには人間としての名声がいる。ここで魔族と接触があるなんて話が上がれば、目的の達成が難しくなるからだ。名声が高まれば余計に身辺については注意を払う必要があるだろう。よって話をする時は、それこそ策が成功しバレても問題ないと判断できた時が望ましい。
ただ、メリスについては……人間として転生しているのでカウントには入らないといえば入らないんだけど、転生なんて技法を用いている以上は、十中八九仲間がいるはず。その仲間が魔族である可能性は高いだろう。加えて彼女自身がなぜ魔王を討つのかなど、事情が不明瞭であることも大きい……だからこそ話すかどうかの結論を保留にしているわけだ。
うーん、ちょっと罪悪感もあるが、彼女について調べてみようか。俺はネズミを生み出してメリスの後を追う。といっても始終ついて回るわけではない。
人間に転生した点が俺の配下であった者と関係しているのなら、どこかで連絡をとっている可能性がある。それをネズミで確認する。
連絡をとるのはいつになるかわからないが……相手が魔族であるなら真っ昼間にはしないだろう。たぶん夜遅くとか、そのくらいの時間帯ではないか。
だから彼女の後を追わせて宿を見張る。もし連絡をするなら、夜更けに宿を抜け出すかもしれないからだ。
「というわけで、今日は休むとするか」
一方で旅の準備をアレシアに任せた俺はやることもない。よって休もうと自分の宿屋へと足を向けた。
――そして夜。俺はベッドに横たわり天井をじっと見据える。その視線の先はネズミを通して映る夜の町。
観察しているのはメリスが宿泊する宿。時間帯は深夜を迎えたくらいで、もし情報のやりとりがあったとしたら、このくらいの時間かもしれない――
そう思っていた時、宿を出る人影が一つ。ネズミの目を通して注視し――メリスであることを認める。
「大当たりだな」
呟き夜の町を歩くメリスの後を追うべくネズミを動かす。暗がりを走らせメリスに気付かれないよう、慎重に。
そうして辿り着いた場所は、町の中心分にある公園。林なんかも存在する場所だが、さすがに人気はない……いや、待て。
林の影、月明かりの下にうっすらと人の姿が。
「王の謁見はどうだった?」
そうして聞こえた声は女性のもの。聞き覚えがあるし、頭の中でどういう顔なのかも思い浮かぶ。
そこでメリスは魔法の明かりを生み出した。といっても光は非常に小さく、彼女の周辺だけを照らすくらい。そして人影が彼女に近寄り、姿が克明となった。
紫色のローブを身にまとった妖艶という表現が似合う黒髪の女性。暗がりの中で怪しく光る真紅の瞳は、平穏な夜の町中に不気味さを際立たせている。
名はマーシャ=オルディフ。俺が魔王だった時に忠誠を誓っていた部下の一人であり、魔法実験などを行う魔法開発者だった。
そしてメリスの友人でもある……うん、彼女ならメリスを今の状態にできるような魔法を所持していてもおかしくはない。
「別に、何事もなく終えたけど」
返答するメリスは肩をすくめ、
「それより、次の仕事。神族と手を組むことになったから」
「そう。メリスは今完全に人間の体だから、神族と行動しても魔王の部下だったことはわからないでしょうから問題はないわね。ま、好きなようにやればいい……ちなみに体はどう?」
「特に異常はないよ」
「そう。けれど無理はしないでね」
その声音は、無茶をする友人を心配するもの。城にいた時は暴走するマーシャをメリスが止めていた形だったが、今は立場が逆転したように思える。
「次の相手は……魔王ロウハルド」
そう語るメリスの呟きには、静かな烈気が存在していた。そんな様子を見ながらマーシャは反応する。
「ロウハルド――百年以上前に暴れたという魔王か」
「今回戦った魔王アスセード以上の力を持っている……ヤツに歯が立たなかった以上、もっと強くならないと」
「けど決戦までそう遠くないわ。どうする気?」
「以前話していた道具を使おうと思ってる」
「あれ、か……連続使用はできるだけ避けるように」
「わかった」
切り札、かな? もしかするとアスセードとの戦いでも俺の介入が遅ければそれを使っていたのかもしれない。
考える間に話題はロウハルドの部下に移っていく。
「それと、ロウハルドの部下に憎き名を見つけた……レドゥーラとザガオン」
「アスセードよりはマシだけど、陛下の名を利用して色々暴れていた輩ね」
……あー、これはもしかして。
頭の中で推測をする間に、メリスはさらに語る。
「ここまで陛下の名を悪用した自称魔王を成敗してきたけど、今回は力を得た私でも厳しい戦いを強いられる……」
「こちらは全力でバックアップするわ。けど無理は駄目よ」
「わかってるけど……絶対に、ヤツらは倒す」
どうやら、メリスは俺とまったく同じことをしているらしい。俺が滅んだ後に色々調べて、俺の名を利用して悪さをしていた自称魔王が原因で俺が勇者に討たれたと結論を導き出した。よってそいつらに報復するべく、メリスはマーシャに頼み力を得るため転生した……こんなところかな?
人間になったのはたぶんその方が動きやすいからだろうか……うん、おおよそメリスの立ち位置については理解した。
そこから両者は状況の報告を始める。どうやらメリスと会話するマーシャは分身であり、本体はどこかに引っ込んでいるらしい。さすがに具体的な場所が会話の中で語られることもなかったので、俺が独自に探すのは難しいかな。
一通り互いに報告を済ませ、一時沈黙が生じる。俺の方も頃合いかなとネズミを消そうとした時、
「しかし、本当に陛下のことになったら見境がなくなるわね」
と、マーシャは突然苦笑を伴い語った。
「レドゥーラ達の名前が出た途端、その顔つきが一変したわよ」
「……陛下がしてきたことを踏みにじる行為が許せないだけ」
「今もその心には陛下がいるってわけか」
「何が言いたいの?」
問い返したメリスに対し、マーシャはなぜかニヤニヤする。
「陛下がなぜ討たれたか……その理由を知って私の隠れ家に駆け込んできた時、私は特段理由を聞かなかったわよね」
「マーシャはその時友人が望むのなら、という言葉で引き受けてくれた」
「けど、大きな戦いが差し迫っているし、何より陛下の功績を踏みにじってきた魔王との戦いを重ね、今大きな戦いを迎えようとしているわけで……その理由を改めて確認しておきたいな、と」
なぜこの時になって、というのはもしかするとメリスのことを心配しているのかもしれない。顔つきが変わるような相手で、アスセードとの戦いでは苦戦した彼女。次は危ないかもしれない……だから理由を聞き、助言でもしようかといった感じか。
それに対しメリスは沈黙する。単純に考えれば忠誠を誓っていた陛下に代わって復讐するとか、そんな理由か。
しばし、両者は沈黙を守る。どちらが先に発言するか……やがて口を開いたのは、マーシャの方だった。